探された皇女の見目
お読み頂き有難う御座います。
やっとこさ体調が少しばかり戻って参りました
「アローディエンヌったらあ! カニを選んだんだねえ。あ、私以外の蝶々に止まられたくないからかなあ! んもう! 律儀で照れ屋でそんな所まで魅力溢れちゃうなあ! 常に新しい可愛さ溢れるんだからあ!」
「……サジュ、その窓からアレキを放り出せ。
大きさが足りないなら今壁を崩す」
「いや、ちょっと此処って壊して良い他人ちすか? まー、もうちょいであちらさん来ますし。来なきゃどーすっかなあ。オレも待たされんの嫌いだし」
此処は、アレカイナ連合、シーランケードの領事館。
部下からアローディエンヌの報告を受け火花を飛ばし喜ぶアレッキアの傍で、地面を揺らし心底苛つくルディ。そして苦笑いしつつも止めないサジュが居た。
到着した途端、見目麗しさに気圧された使用人達がざわめいていたが、今は違う意味(恐怖)で慌てふためきざわついている。
「おおおおおお待たせ致しました! ドゥッカーノ第一王子殿下、ユール公爵閣、下?」
大汗を掻きながら飛んできたアレカイナ連合の重鎮のひとりは、アレッキアに目を留め……違和感を覚えつつも、デレデレと相好を崩した。
「……態々呼び出した割に遅参だな。頭か足が悪いのか?」
「ヒッ!」
しかし、ルディのにこやかな嫌味とアレッキアの眼光にて、直ぐに恐慌状態に陥ったようだ。
おお、弱っち……! とサジュはコレなら何か有っても即座に逃げられるなと判断した。
「それで、何用だ。輸出も輸入も先月合意した筈。何も動かさんぞ」
「い、いえ……その、ほんの、ご挨拶で御座いますよ。ところでその……お美しい御令嬢は、殿下の奥様で、ヒィィィ!」
モッ……メシャア! ……ボトッ。
その一瞬で、重鎮の座っていた椅子の直ぐ下の床が凹んで、重厚なカーテンが消え……床で燃え尽きた。
「こんな趣味の悪い妻は持たん」
「招待した人間の経歴も忘れる頭なら、要らないな」
「ヒイィィィ! た、たたた……」
「あーあ」
火の粉は炎となり、床と壁はガタガタと鳴り始めている。
コレは止めるべきだろうか、とサジュは考えたが……ルディとアレッキアを同時に止められる人間は、自分ではない。やってみたいが、室内に高価な物が多そうなので弁償は困るなと思っていた。
「先輩混じってくれりゃ面白かったんだけどな……」
「お、おいそこの護衛! 何をボケッと突っ立ってる! は、早く何とかせんか!」
へっぴり腰の使用人が、何故か静観していたサジュに怒鳴ってくる。
「何でオレ? 自分で止めろよ」
「お前の主人だろうが!」
サジュに向かって使用人が何人かで掴みかかってきたので、避けついでに倒れ込んだ背中をつい蹴飛ばしたり踏んでしまった。力任せに制圧して、ふと我に返る。
「あ、やべ。何も壊してねえよな」
「正当防衛だから仕方あるまい」
「マジっすか、じゃあブチのめしていい感じっすか?」
「その前に……おい」
「ひ、ヒイィィィ! ぼ、暴力は……」
「その暴力を余すところなく使い、追っているのは傀儡皇女か?」
「ヒッ……」
「カイガラ皇女って何すか、ルディ様」
控えめに襲い掛かる使用人達を無力化しながら、サジュは聞き慣れない単語に小首を捻る。
「カイガラじゃなくて、傀儡。操り人形。お飾りの主人に据えたいんだよ。この屑共は」
「へー。つかアレッキア卿、どっからその茶器持ってきたんだ?」
何時の間にかアレッキアは他所の家で優雅にカップを傾けている。
この家の物のようではないから、自前だろう。何時の間にか、ユール公爵家の使用人も控えているようだ。一体何処から……と見回すと、窓が全壊して、壁も半壊している。此処から入ったらしい。
「オレも後でくんねえ? 喉渇くな、此処」
「畏まりました、バルトロイズ子爵様」
「サジュでいーって」
「お前らは呑気が過ぎるぞ」
「た、たす、助け……」
ルディはニコヤカに、重鎮とその薄茶色の瞳を合わせた。
床が不自然に隆起し、簡易的な椅子のようにその体を持ち上げて、拘束しているので身動きが取れない。
「ベアトゥーラ・ロクシ。
かの『皇女』が他国に逃げ込んでいたら捜して連れてこいと、態々この私を呼びつけたのだろう? 勘違い甚だしいんだぞ」
壁がブチ抜かれたせいで吹き込む風に吹かれ、煌めくルディから放たれる言葉は、優しく、甘く……実に刺々しい。
「あ、ルディ様がキレてんな」
「ショーンは何時でも喧嘩っ早くて大人気ないからね」
「アレキにそっくり返す」
「アレ? でも、シーランケードって自治領だよな。帝国でもねーのに何で皇女?」
「多少は勉強したね、騎士サジュ。このシーランケードと隣接するイウタヤロ海底火山は元々帝国だったんだよね」
「へー……。海底火山? 海なのに火山かー。ヤベーな」
「水棲の獣人が多かったらしいぞ」
「へー」
「な、何でも差し上げるのでお助けええええ!」
外国の若く丸め込めそうな要人がお忍びで来たから、ちょっとばかり用事を済ませてやろうと企んだアレカイナの重鎮は高い代償を支払う羽目になったのだった。
「……何だか、あっちの丘の方から煙のようなものが。まさか、……火事かしら」
「野焼きですかしら? アレ、早くお野菜は実りますけどあまり土地に良くないんですのよね。雑草なら良いんですけど」
「詳しいのね、ドートリッシュ」
そして同じ頃。アローディエンヌとドリーはシーランケードの商店街に居た。
勿論、護衛にたんまりと囲まれている。
「いえいえ、そんな! あ、アレは! キャベツ味の焼き菓子だそうですわ義妹姫様!」
「焼き菓子キャベツ……? 刻んだキャベツ入りの焼き菓子……? 焼き菓子……?
地味に惜しい微妙なお好み焼き風ね……」
「ゆで卵が載ってますわね! イジェとアウル坊っちゃんには無理かしら……」
「固形物は未だ避けた方がいいわね……。シアンディーヌは何でもかんでも齧るけれど」
出掛ける前に、己の寝ているベッド迄齧っていた娘の事を思い出したアローディエンヌは頬に手を当てた。表情は全く変わらないが、困っているらしい。
義妹姫様ったら、今日も控えめに微笑ましいわ! とドリーが感動していると、目の端に鱗の付いた大きな尻尾が映った。
「あら? 勿体ない。魚が棄てられてますわね勿体ない」
「まあ、ゴミ箱を誰か荒らしたのかしら……」
その時、ビタビタ、と尻尾が動く。まさか、生きている? とアローディエンヌが怪訝に思って少しばかり近付くと……。
「見つけたぞ皇女……!」
「はっ! 義妹姫様に何すんのよ!」
ビタターン!!
大きな声がしたと思ったら、背後で見事な音と共に、何者かがドリーに投げ飛ばされていた。
「全く! 治安の悪い街ね! これだから都会は怖いのよ!」
「……つ、強いのねドートリッシュ……」
「そんな! こんな弱々しい自己流護身術でお恥ずかしですわ!」
「よ、弱々しい……かしら。まあ、他にも……。お疲れ様、護衛の皆」
「お労りのお言葉! 肝に銘じます奥方様!」
ボターン! ビターン!
見回せば、他にも転がされている者達が居る。お礼を言っている間にも護衛達が伸したようだった。
「……それにしても、この転がってる大きい魚……獣人ですかしら」
「……滅茶苦茶大きい魚にしか見えないけれど、そうなの? 狙われているのかしら」
皇女、と呼ばれていた気がするが、何魚なのだろう。
アローディエンヌの目には……真っ青な鱗が輝くコブダイがグッタリと転がってるようにしか見えなかった。
「……怪我をしているなら、手当をするべきよね。魚獣人って担架で運んでいいのかしら。鱗とか……」
「魚を買ったら、濡らした新聞紙で包んで持って帰りますわね。傷みますし」
「新聞紙……」
それで良いのだろうかと思ったが、アローディエンヌが逡巡している内に、濡れた新聞紙でグルグル巻きにされた魚が運ばれていったのだった。
「魚の獣人って、人魚じゃないのね……」
アレカイナ連合は獣人の多い国です。
住人は何時でも人型とは限りません。