助け舟を出せば見返りが欲しい
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義姉さま、ルディ君、サジュの三人密室トークですね。
「それで、どういう風の吹き回し? 結婚して頭に砂でも詰めてマシになった? 花咲か令嬢に花でも咲かせて貰った?」
「お前に協力したつもりは一切合切無いんだぞ。アローディエンヌに、だ」
此処は、アレカイナ連合国シーランケード。温泉で有名な小都市に建てられた……曰くつきの館である。
因みにこの場には、現地人はひとりもいない。
嘗てアレカイナ貴族だった血を引くひとり……アローディエンヌは、娘と息子の世話の為に、席を外している。
「アローディエンヌは、柔軟で、ある程度の悪辣を見逃す善き者だからな」
短く切られた金髪に薄茶色の瞳の、華やかな王子めいた容貌の青年……実際ドゥッカーノ第一王子のルディが、飄々と微笑みつつ、肩を竦めた。
「馬鹿じゃないの。
アローディエンヌは善意とかそういうものを超越して、全てに於いて素晴らしいんだよ。何、その程度の取ってつけた褒め言葉。全く価値ない」
伴侶を讃えつつ、ルディの褒め言葉を心の底から嫌そうに貶すのは、燃えるような赤い髪に薄い青の瞳を持つ、退廃的な美女。
今は美女だが、美男にもなれるアレッキア。どちらが本当の姿なのか……謎だが、本人は伴侶の好みに従い男に重きを置いている、らしい。
「何で僕がアレキと同じ感想を抱く必要がある。気持ち悪いんだぞ」
「……いや、相変わらず仲悪ィな。こんないー家ん中でモメんの無しッスよ。姉さんもちっちぇー子も居んだし」
青い髪に焦げ茶の瞳……右目を眼帯で覆う精悍な騎士、サジュが一応形だけ宥めるも、アレッキアは鼻で嗤う。
「こんな縁起と建付けの悪い湿気た家、遠慮なく燃やして構わない。今、私のだしどうしようが勝手だろ」
「ふむ? そうなのか。念願の家に早速ウロウロしているが」
「え? 何がッスか?」
「アローディエンヌの伯母とやら、だな」
「んん?」
アローディエンヌの伯母、とは先程の話に出てきた……女のことだろうか?
ウロウロしているとは……どういう事なのか。ルディにしか見えないと言う事は、死者なのだろうか?
いや、そもそも伯母……血縁ではないと話は終わったのでは無いのだろうか。
サジュは意味が分からず、首を傾げた。
「ん? どーゆー事ッスか? さっきのって騙りのニセモンだったんじゃ」
「ディエットは孤児を一族に加えるから、基本的には血縁関係を重視しない。でも、最近は金欠と人数不足で、血族婚を繰り返した」
中々に凝り固まった一族のようだ。
という事は……やはり、アローディエンヌの親族だったのだろうか。
そりゃ面倒だし、アレッキア卿なら間違いなく燃やすよなあ、とサジュは納得した。が、モメそうなので口からは他の考えを出しておく。
「へー。それって、繰り返すとヤベー奴だろ。牛でも病気のが生まれんだよ」
「流石農家騎士だな、サジュ」
「いやー、褒めても何もねーッスよ! 実家では酪農も畜産もやってましたし、当然です」
「農家騎士呼ばわりはいいの? 変な騎士サジュ」
「まー、そん位程度なら褒め言葉だろ?」
「……変な感性。不意打ちでショーンを殴ればいいのに」
「やんねーよ。それで、何で義妹殿を庇ったんスか?」
「好ましいからだが?」
「……はあ? ……横恋慕は死ねよ」
「しとらん。しても良かったが、ミニアからの微塵切りを防ぐのは面倒だ」
彼の妻……コレッデモン一の天才剣士と名高いミーリヤからの攻撃を防ぐ自信が有るのが、大変怖い。
よく実力を目の当たりにしていたサジュは、考えるだけで冷や汗が出た。条件反射だろうか。
「あっそう。気持ち悪い。花咲か令嬢には伝えとく」
「人妻を令嬢呼ばわりも失礼な話だぞ」
「渾名にツッコむな、面倒」
「まー、確かに。義妹殿も渾名だしなー」
「ああ、可愛い私のアローディエンヌ! 雨の器も私由来の渾名も可愛い!」
「……間違っても救わんが、救いがたいんだぞ」
「ま、まーまー。つか、ルディ様。その、見えてるガチで死んでるヤツ……本気で、義妹殿の血族なんスか?」
彼の視線が誰もいない方向に留められているのを見て、サジュは訊ねた。
「母親の姉……孤児を伴侶にするのは嫌だった、と言う感じの文句を色々垂れ流しながら喋っているぞ。窒息死者と焼死者の声は聞きづらいが」
「グロいんすか?」
「死骸がか? 死者がか?」
どう違うのだろう。
「聞いてどうするの、騎士サジュ」
燃やした本人は全く気にならないらしい。何なら柳眉を顰め、怪訝そうに見てくる。そんな様も匂い立つように美しい。その様は少しだけ、近々結婚式を上げる予定の女性……レッカに似ている。従妹だから当然なのか。
一瞬クラっとくんのも分からなくもねーな、とサジュは思った。因みに彼はアレッキアの持つ魅了の話は話半分にしか聞いていないので、この暢気さである。
「いや、何となく。まー、見えねー風景とか興味あんじゃん?」
「見えなくていい。只でさえでも有象無象が彷徨いて、視界がウザいのに。不愉快な景色は増えなくていい。ショーンと一緒とか吐き気がする」
「そっくりそのまま返すんだぞ」
「まーまーまーまー。落ち着いてくれっての」
即座に喧嘩腰になるふたりを、サジュは宥める。これ以上二人が高揚すると、物理的に彼らを閉じ込められるレルミッドを呼んでこないと収拾がつかないかもしれない。
だが、ドゥッカーノ王城でないと彼の力は存分に振るわれない。口の悪い彼を放り込むと、余計にややこしい。
「そもそも、此処の家は舞台だから居着きたくもなるだろう」
「舞台ィ?」
「三文芝居の、燃えた家……いや、舞台装置か? ディエット家が劇的に燃やしたり地割れに落とし込んだりしているが」
「えっ、家を!? マジ勿体ねー!」
「盗み聞きとか趣味悪すぎ。コレだから死人と駄弁る習性の奴は気持ち悪い」
「お前にも色濃く流れているがな」
「だからモメんなっての! あー、先輩連れてきてーな……」
ヒラヒラと何時の間にか舞う火花と、地味に揺れる地面にサジュは辟易する。
「相性が悪ィのは分かってっけど、せめて身内がいない場所でやってくれません? 何ならオレもふたりと戦ってみてーし」
「止めない辺りが戦闘狂だね、騎士サジュ。まあ、どっちにしろ、アローディエンヌに恩を売っても無駄。私が排除する」
「サジュと戦うなんて、割りに合わんから嫌なんだぞ。
アレキ、金銭の絡む恩返しは要らんぞ。何かあればアローディエンヌの善意を上乗せするくらいでいい。金銭を積んでも得られんからな」
「……ウザったい……。
事故でこのショーンだけ燃やそう……。騎士サジュ、消火宜しく」
「おいおい、いや、アレッキア卿!」
火花と揺れが増え、あわや大惨事……と言う所で、乱暴なノックの音と暢気な大声がした。
「若様ー! サジュ! 後、白フード! ちょっと大変でしたわー」
「ほう……? 大変そうな声色ではないんだぞ」
「ドートリッシュ夫人? 何かいい事でも有った?」
「何だ? どーした、姉さん」
サジュが扉を開けると、おんぶ紐を装備して娘のイジェノアを背負ったドリーが興奮して拳を握りしめていた。
「あ、お話し中すみません! さっき、変なのが押しかけて来たので軽く殴り飛ばして……いえ、撫でて来ましたのよ!」
「うわ、また変なのが来たのかよ」
「ほう、子連れで立ち回ったのか? 相変わらずコレッデモンの女性は規格外だな」
「そう、よくやったね」
「お褒めに預かり光栄ですわ! 若様!」
「褒めてないんだぞ」
「白フードはいいのよ! じゃ、なくてよ。何故か町の方で火事が起きたらしいんですのよ」
火事が、と聞いて。
自然と、ルディとサジュの視線はアレッキアに集まった。
「何。私をアローディエンヌ以外ジロジロ見るな、減る」
「アレキ、遠隔で燃やしたのか?」
「何の話? 証拠でもあるの?」
「そうよ白フード! 滅茶苦茶眼の前で喋ってた若様を疑うなんて酷いわ!」
「ふむ? サジュの姉君はアレキの手先だから憤慨するのだろうが、まあどうでもいい」
「若様の手先って何よ!? そんな小器用な物になれるもんですか、失礼ね!」
ドリーの怒りのツボは中々に変わっているようだ。
「末端という意味だが、まあいい。それで、余所の火事の何が大変なんだ?」
「野次馬にでも行きたいってのか? 姉さん」
「失礼ね! 何か……偉い人が手紙を寄越してきたらしいのよ。若様と、白フードにお目にかかりたいって。執事さんが玄関で対応してるわ」
聞いた途端に面倒、と同時に眉根を寄せ、嫌悪感を出す様は滅茶苦茶似ていた。このふたり、指摘すると烈火の如くキレるが、似ている所も結構有るのだった。
「ほう? ……僕は単なる観光客なんだが。家主の公爵に対応させるべきだな」
「私は休暇中。放浪王子が行けよ」
「あ、義妹姫様が『行かないなら私が行きますわよ、義姉さま』ってお伝えしてくださいって忘れてましたわ」
「行く」
「単純なやり口だが、効果的だなアローディエンヌ。流石、悪役公爵使いが上手い」
「お前も行くんだよ、悪辣王子。騎士サジュ、ソレ、担いで連れてきて」
「……げ、マジで?」
そして、別室でモメている最中。
「義姉さま、ちゃんと対応してるかしら……」
「あもももうー、おかしゃま? シアン、シアン、レギたまにめちょーしたいのー」
「……」
「めちょーって何なのかしら。あら、アウレリオ、ヨダレが」
アローディエンヌは、我が子ふたりに膝を占拠されていた。まだ小さいからいいが、小柄な彼女は結構な確率でふたりに圧し潰される。なので、使用人が然りげ無く気配を消しつつ支えているのだった。
「……ま」
「まもー!」
「あっ、アウレリオが若干喋ってた! ……シアンディーヌと通じてるのかしら。あ、有難う」
謎言語に首を傾げながら、使用人から濡れた大判ハンカチで息子の口を拭いてやる。
「いちゃいいちゃい! アウル、いちゃいー! レギたま……レギちゃまあああん!! しゅきー!」
「……はっ!」
「……嫌だわ。シアンディーヌのその泣き叫び方、義姉さまそっくり。アウレリオのその……鼻で嗤うやり口も義姉さまそっくり」
色味は自分と似ていないこともないが、概ね伴侶の悪い所そっくりの我が子に……若干の危機感を感じるアローディエンヌだった。
果たして、シアンディーヌとアウレリオは平和的に育つのでしょうか。




