ディエンヌはもう居ない
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悪役令嬢に何故か箪笥に閉じ込められたアローディエンヌです。
……うーむ、パタンと閉まってからというものの、やはり出られないわ。伴侶に箪笥に閉じ込められる体験って中々無いわよ……。変な体験ばかりだわ、本当に何なのかしら。
悪役令嬢の伴侶って……意味不明に振り回されるものなの? あー、悪役令嬢の伴侶に話を聞いて回りたいわ……。オルガニックさんくらいしか知らないけれど。
1の不破ミズハと2の日向アリアに伴侶は居るのかしらね。繋がってないかなあ。
とまあ、イラッとはするけれど。ちゃんと後で出してはくれるんでしょうけれど……ね。イラッとするわね。閉所恐怖症なら大変な事態よ。義姉さまは、何を考えているのやら。
それにしてもこの箪笥、謎よね。……マジックミラー的な造りなのかしら。
外が滅茶苦茶クリアに見えるわ。……高そうな、でも変な家具よね。そもそもひと一人入れて、座るスペース付きがおかしいのよ。
椅子まで中に造り付けの箪笥ってアリなの?しかもちょっと固めで座り心地も悪くないし。
義兄さま……いや、義姉さまが注文したのかしら?
……でも、少しばかり趣味が違うのよね。
何かこう……ダークな少女趣味っていうのかしら?この箪笥の中の割に明るいから見える黒とショッキングピンクのクッションが、派手なのよ。暗いトーンの色を纏いがちな、義姉さまの趣味じゃない。
「貴女は何方?
此方は、私の家なのだけれど何故勝手に入って来られたの? 姪とは、何方のことかしら」
あ、箪笥を調べてる間に……よく分からない侵入者に義姉さまが喋っているわ。
あれ? 義姉さまの喋り方、何時もとちょっと違うな。まさか、私の真似?
……私って、あんな喋り方してるのかしら。
まあ、どう喋ってても義姉さまだけどね。
「貴女よ、灰汁色の髪のディエンヌ」
……灰汁色の髪のディエンヌ? 誰?
アク色……悪色に聞こえそうな灰汁色ね。
……亜麻色の髪の何とやら……じゃなくて、滅茶苦茶地味なのよね。
しかし、目の話は魅了無効の件で幼少期からツッコまれまくったけれど、髪の色に関しては初めてかしらね。記憶に薄いわね。
どうでもいいけれどこの髪の色、レアなのかしら。うーむ、そんな事……言われた事すらないわ。類似した髪の人は一杯居るでしょうし。
そもそも其処に居るのカラバリ気味の義姉さまだし、本来の髪の色じゃなくても良いのかしら。
判定がいい加減よね。
……って、その……あの侵入者の差してる人物ってもしかして私の事なの!?
え、ガチの親戚? 本当に?
……め、面倒臭あ……。今更何をしに来たのかしら。
長年放置しといて……いや、来なくて良かったのだけれど。
「アローディエンヌよ」
「いいえ、貴女はディエンヌ。次なる私達の指導者になるのよ」
……あの自称親戚……何なのかしら。
指導者?
……職歴とか一切無い一介のモブ女に、何をスカウトしに来たったって? 胡散臭いわ……。
うーむ、ガチの親戚なら関わりたくないタイプではあるけれど。
……義姉さまに御任せするってのも、何だか違う気がするわ。
ちょっと此処から出してくれないかしら。
流石に自分で物言わなきゃ気が収まらないわわ。
「義姉さま、アレッキア! 出してくださいな!」
……あれ?
……結構叩いてるのに、びくともしない。
モスモスって、何故かドアから跳ね返ってくる!! 壁にクッション性が有るみたい……。
何なのよこの箪笥!! まさか、魔法!?とか!? ま、また意味が分からない事をして!!
「おかしな方ね。突然忍び込んで来て、何なの?
その、何だかよく分からない指導者になれと? どういう事かしら初対面よね?」
「初対面ではないわ。貴女は選ばれしディエットの一族なのだもの。責務を果たすべきよ」
「選ばれし……何?
おかしな事ね。
アローディエンヌの親族はもう軒並居ないわ。ユール家から出されたお金を争って散り散りになったのに」
えっ、そうだったの!?
まあ、子供の頃に体よくお金で売られたんだろうなー、そうだろうなあーとは思っていたけれど。
……ということは、そのディエット家? とやらが、本当に私の親族なの?
ふーむ。
女神神殿の『神官』であらせられたアローリットお祖父様繋がりの遠い親戚に、ルーロくんが居るとは聞いてるけれど……。
祖母の方の一族ってことかしら?
そもそも『神官』の血筋って……父親か母親か。
……どっちだったのかしら。あ、親の髪の色が私と同じだったり?
凄ーくどうでも良かったから、覚えてないわー。
「元々の地位に戻れず、おめおめと負債を押し付けに来たのでしょう?」
「ち、違うわ。私は、失敗など……」
……してるみたいね。滅茶苦茶挙動不審の極みだわ。
しかし、あの義姉さまの口調……。私あんな優しげで圧! な口調なのかしら。嫌だわ、直さなきゃ。
でも義姉さまが言うと……迫力有ってとっても普通に怖いわね。
「そもそも貴女は何方? ディエット……さん?」
「……貴女が継ぐまでのディエンヌよ」
いや、継がないわよ。
何勝手に後継者にされてるのかしら。ふざけないで欲しいわね。
「アローディエンヌは継がないわ」
「継ぐのよ」
「そもそも、貴女はアローディエンヌの何? 誰なのかしら」
「新たなるディエンヌの伯母よ。貴女の母親の姉」
「……子供の頃の記憶はあるし、私を邪険にしていた母親の事は朧げだけれど、貴女に会った事……無いわね」
丁度そう思ったら、義姉さまがそのまま言ってるわよ!?
しかし、……何で私が子供の時に親戚に会った事有る無しを義姉さまが知っとるのよ。母親の事も。
調べたのかしら。やりそうよね……。まあ、驚かないけれど。
「アローディエンヌを売ったお金で、出資者の言われるがままに公演をしていたのかしら。
でも、出資者は雲のように消えた。自分を大事にするかなりの吝嗇家だったようね」
「な、何故知って……」
え、どういう事かしら。
この人、劇団を率いてる人か何かなの?
無理よ。
益々継ぐ気無くなるわ。私に演劇関係の素養が欠片も有るとは思えないし、マネージャー業務も無理。プロデューサーとかもっと無理。
……しっかし、義姉さまはどうやって探らせてるのかしら。変なあくどい事して、善良な方を巻き込んだり、迷惑を掛けていないと良いのだけれど。
「少し目についただけの他所の家を潰す業務は、そんなに誇りあるものかしら」
「国家に仇なす敵よ!」
「そのお題目は強力?
都合の良いことばかり見える目になれるね。楽しそうじゃない。
向こうに非を押し付けて、必ず負ける裁判を避けられてお得だものね」
「あ、熱い!! 何、この火花は……ディエンヌは、水属性では」
……ど、どういう事かしら。
……察するに、この伯母……?
いえ、ディエット家は、偉い人の手先になって演劇で人を嵌めたって事? 無実の人を?
……て言うかもうすっかり義姉さまね。ガッツリ地が出て来てるわ。
……火花出てるし。
「何にでも例外は起こるもの。お前が無能で跡継ぎを投げ出したいと思ったように」
「わ、私は無能じゃない!! 他でもない血族のお前に、誇り高き仕事を任せてやると言ってるの!!」
「蹴落としたい相手に愛玩動物をけしかけて、婚約破棄させるのが誇り高き仕事? ああ、婚約者も用意するから問題ないのか。騙される方だけが悪いと」
ま、待って待って!! 情報多いわ!
え、どういう事かしら。
つまり、没落させたい相手に婚約者とハニトラ要員を宛てがうって事!?
片方じゃなくて、両方やらせ!? 私の親戚ってそんな外道な人材派遣を生業にしてるの!?
えええ……。
そりゃ隅から隅まで恨まれるわ……。嫌だなあ、そんな一族。
でも、何で劇団を?
さっき、スポンサーがケチだった話が出ていたわね。没落したのかしら。
でもまあ、離散して何よりだわ。過去の汚点なんて知られてなさそうだから、スッカリ忘れて残った人達と劇団やって暮せばいいのに。
しかし、一族的に賠償とかそういう話なのかしら。それなら私も関わるの?
私だけなら兎も角、シアンディーヌとアウレリオは守らなきゃ。
「何故知っているの!? いえ、そんな悪辣な事はしていないわ! 私達は仕える方々の為に露払いをしているだけよ!」
「仕える奴は没落して、アレカイナから出されたのよね?」
「ち、違うわ……」
「救えもせずに、隣へ逃げたわよね。アローディエンヌを売り払わせたのもその時、だったかしら?」
「あの時は再起の時だったのよ! ちゃんと一族で迎えに行かせるつもりだった! ねえ、ディエンヌ! 信じて頂戴よ。売り払ってなんて……」
……いや、腹立つわね。誰が信じるのよ。
当時も来て要らんわよ。
「……はは、おっかしい。貴女の一族って、本当に誇り高いのかしら」
「何ですって!? ギャッ!! 熱い! 熱いぃぃぃ!!」
え!? あっ! 義姉さまの……私の髪の色のカツラが何時の間にか消えて……燃えてる!?
何してんのあのひと!
「そんな、赤い髪……!? 青い瞳の……」
「ああ、イラッとして燃えちゃったか。残念。上手く出来てたのに」
「赤毛の女、お前は誰なの!? ディエンヌを何処へやったの!?」
「芝居と同じ科白か? ディエンヌは何処へ……さあね? そんな女は全員今まで通り土の下じゃない?」
「殺したの!? アレが居ないと、私達の破滅じゃないの!!」
……いや、滅茶苦茶言ってるわね。
あの変な親戚モドキもだけど、義姉さまも。
あの親戚モドキの人、熱っとか言ってるけれど……。まさか燃やしてないわよね?
もうちょい不法侵入とかで穏便に罰せる方向へ行かないかしら。
「馬鹿だねえ。何を縁に来たのやら。本当に芝居通りだね。
ディエンヌはもう居ない。お前達のくだらない希望はもう居ない」
どんっ、て。
あーあ、……突き飛ばしてる。
しかし、倒れた顔を見ても……私の顔にも、あやふやな記憶の親にも似てないわね。
何の感慨も湧かないわ。
此処に血縁の有無を調べられそうなシステムが有るか無いかは知らないけれど……。
「あっ、開いたわ! 義妹姫様、お疲れさまですわ!」
「え……ええ?」
後ろが、後ろが滅茶苦茶開いたわ!!
壁じゃ無かったの!? この箪笥、後ろからも開くの!?
「ど、ドートリッシュ!?」
「はい! ドートリッシュ・ムニエ・モブニカですわ!」
……開いてるわ。滅茶苦茶箪笥の壁側だと思ってたのに……。いや、それが普通よね。
でも、開けてくれたドートリッシュの笑顔は今日も眩しいわね……。つい動かない顔すら笑顔になりそう。
「所で、サジュが何故か王子連れで来ましたのよ!」
「えっ、王子!? それは、どちらの方?」
「白い方ですわ!」
えっ、王子……!? ふたり居られるけど、どっちなのかしら。そ、そもそも何故……王子様が此方にお出でなのかしら。外交で立ち寄られたとか? やだ、遊びに来てる分際でお待たせしてるの!? 義兄さまじゃない、義姉さまがあっちで残酷行為に勤しんでるのに!!
どうしよう! この箪笥、あっちの扉全く開く気配無いし!
何か扉が曇ってきたし!
「ええと、あのね、ドートリッシュ。ルディ様はよく白いお召し物をお召しだけれど、ティム様は御髪が白いわよね……?」
「あっ、失礼しました! 白フードの方ですわ! 会いたいと言ってましたから、義妹姫様にお伺いに参りましたの!」
「私に!? そ、それは滅茶苦茶重要ね!? すぐ行きましょう!」
知らん親戚モドキよりもお近くの知り合い……いや、ルディ様も親戚に当たるわね!!
優先順位! お待たせするなんて滅茶苦茶不敬だわ!!
と、テンパった私は……滅茶苦茶部屋から出てしまったのよ。色々言いたかったのに!!
謎の箪笥は隣の部屋と繋がっていたようです。




