悪役令嬢令嬢は舞台を用意する
新年明けましておめでとう御座います。
本年もどうぞ良しなに。
此方はあまり更新しておらず誠に申し訳無く。
「アローディエンヌう、この前の芝居だけどお」
「え。続きが上演されますの?」
えーとこの……他国にいきなり連れて来られたバカンス……でいいのかしら。シーランケードという、漸く吹き出さなくなった名前の保養地に来て、もうすぐ一週間が経つわね。早いわ。
で、来てすぐ見に行ったお芝居だけれど……意外と詰めて上演するのね。まあ、一時間位の短めのお芝居だったからスピーディーなのかしら。
まあ、私は標準的なお芝居の長さを知らないからね。前世の映画の上映時間基準で考えてしまうのだけれど。
「アレの続き、観たい?」
「そうですわねえ……」
「んももまあー、おかしゃまー」
「……」
んんー。
観たいといえば、観たいけれど……。
膝にしがみつくアウレリオとくっついてくるシアンディーヌを放置して迄行くのもねえ。階下でイジェノアちゃんと戯れているであろうモブニカ伯爵夫妻に預けるのも、使用人に預けるのも心苦しいわ。
「うーん、微妙ですわね。子供達を置いて行って迄は」
「アローディエンヌは子供達と僕がとおっても! 大事だもんねえ」
「そりゃそうですわよ。たった四人の家族ですもの」
「ふふう! そうだね! たった四人のね!」
何なのよ。
それにしても義兄さまったら、楽しそうに笑うわねえ。無邪気と言っていい位なのに、毎回嫌な予感しかしない。……何がお気に召したのかしら。破壊行動に繋がるような事にならなきゃいいけれど。
「まあ、最後を観ずに帰るのも勿体無い気もしますけれど」
「そっかあ。どんな結末だと思う?」
「ど、どんな結末……? そうですわねえ」
急に言われてもねえ。
ハニトラ? で婚約破棄した男性が、所業を悔いて火事に巻き込まれて死んだ所で終わったのよね。
で、色んな時代に婚約破棄されるディエンヌって女性の正体は不明……。
何かこう……奇を衒ったエンディングになりそう。……いや、凝ったエンディング?お、思いつかないわね。
「亡霊の仕業、だったりしたら不気味ですわよね」
ベタベタな事しか思いつかないわ。然もなくば集団幻覚エンディングとか。それもねえ。
「死者なんかより、生きてる人間の方が怖いけどねえ」
「そりゃそうですが……義兄さまは結末をご存知なんですの?」
「うん!滅茶苦茶つまらないよ! ブチ壊したいの我慢したんだよお! 褒めてえアローディエンヌう!」
「ブチ壊しい!?
いや、何で褒めなきゃなりませんのよ! お芝居が合わなくてもブチ壊さないのは当然でしょうが!!」
「そんな事ないもん!」
「やめてくださいな!」
じ、実際炎上させる気だったの!? やっぱり碌でも無いわね!
「それで、アローディエンヌう」
「何ですか義兄さま。劇場ブチ壊しは無しですわよ」
「ディエンヌ・ディエットの行く先を……。アローディエンヌはあ、この綺麗な目で、結末を見届けたあい?」
え、えらく拘るわね。あのお芝居が嫌いなんじゃないの? その拘りは何なのよ。てか義兄さま、近いわよ!睫毛と鼻がくっつきそう!
しかし、結末……ねえ。
ベタな内容だものねえ。この膝の上で暴れる我が子を放置してまで見たいかと言われれば……やっぱり気が引けるわね。
「いえ、別に」
「だよね!」
「もあーん! ねむねむなのーおかちゃまー! あん! いちゃい! アウル、いちゃいのお!」
ああ、見てなかったらまたモメてるわ。この姉弟は仲が良くなれないのかしら……。性格的に合わなさそうではあるのだけれど、こんな赤ちゃんからなんて……。
「あっ、アウレリオ! シアンディーヌを叩いたの?」
「……」
み、眉間に皺が凄いわね。深い青の眼力が強い……。アウレリオの抗議の視線が痛いわ。まさか、同じ色の目の私もこんなんなのかしら。
「シアンディーヌの手がアウレリオに当たってたよお」
「そうなの? シアンディーヌ、アウレリオを先に叩いたの?」
「もあー!? ぶつかっちゃのおー! シアン、もあー! いちゃいのやー!」
「……」
「よしよし、アウレリオ痛かったの? シアンディーヌも最初に謝らなきゃ駄目よ」
「むもまも!」
……よ、よく見てるわね。滅茶苦茶私をガン見されてたし、義兄さまは子供達を全然見てないと思っていたのに。どんな視野してるのこの人。
「じゃあ、子供達を寝かせてから……」
「は? 何でですの?あっ、ふたり共!?」
「お預かり致します、奥方様」
ボケっとしてる間に、使用人がテキパキ子供達を連れて行ってしまったわ。
早すぎる。また気配を感じられなかった……。
「私が舞台に立って、ブチ壊してあげよおかな」
「はあ?」
舞台に、立って?
いえ、それよりも。
ぶ、ブチ壊す……って、どういう事よ!?
え、あの劇場を炎上させるって事なの!? 何で!?
滅茶苦茶過ぎやしない!?
「そんなにあの演目が気に入らなかったんですの!?」
「うん、気に入らなあい!」
「いや、別に旅先の劇場なんですから捨て置けませんの!?」
「ふふう、無理!アレはアローディエンヌの害になるもおん!」
「何でですのよ。……うえっ!?」
む、むちゅうって! く、唇に滅茶苦茶柔らかい感触と、舌が!
いきなりき、キスをしてくる必要有った!? しかも滅茶苦茶の、濃厚な!!
「ひどおいアローディエンヌう! 愛する私とのキスを不味そうな声でえ!」
「ま、不味そうって何ですのよ!?
えっ、あっ、義姉さま!?」
髪の長さは変わらないけれど……。背は低くなって胸は出て腰も締まってて……退廃的で蠱惑的な色気が漂う悪役令嬢……女性の体になってる! 相変わらず出る所出てスタイルも良くて腹が立つわ! 何なのよチート悪役令嬢は! じゃなくて!
今、目を開けて閉じただけよ!? 何時の間に変わってんの!? 本当に音もなく予兆もなく変わるわよね!! 未だに分からないわ。どういうメカニズムなの!?
「ふふう! アローディエンヌ驚いた声、かーわいい!」
「いや、驚きましたけれど……可愛くは有りませんわね」
「んもお! アローディエンヌは今日も可愛いのお!」
「ぐえっ!」
抱きつかれたその弾力と柔らかさに、イラッともしてしまったわ。くそっ、相変わらず格差の理不尽に憤ってしまうのよね。勝てないモブだと解っているのだけれど。
「ふふう! そろそろ来るだろうねえ」
「え、何がですか? 何で突然当然のように着替えだしますの」
何なのよ急に。
そしてさっき迄部屋から出てた使用人は、何処から出てきたのよ。
て言うか此処、リビングよ!? こんな所で生着替えをしださないで欲しいわ。
「義姉さま、お着替えなら自分のお部屋で」
「何で?カーテンは閉めてるよお」
あっ、何時の間に!? さっき迄サンサンと日が室内に入ってたのに、暗い! 早いな!
しかし豪快にバッサバッサと……!!
「いやだから、何で此処で脱ぎますのよ!! 私、出ますから」
「えー?居てよお!
アローディエンヌになら見られて悪いところなんて無いよ?」
いや、何時の間にか使用人も居ないし!
何か、何だか、あざとい! 脱ぎながらウィンクをするな!! 何かもう、目が潰れそうよ!んもう!
「後ろ向かなくていいのにい! 初々しいアローディエンヌ可愛い!」
「はあ!? 良いから、さっさと着替えてくださいな!」
ゴソゴソ着替える音がまた! んもう!
……いや、夫婦……今義姉さまだから、何かしら。取り敢えず伴侶の着替えにワーワー恥ずかしがるのもどうなのかしら。
……いや、恥ずかしいもんは恥ずかしいのよ!
「じゃあん!」
「……それ、カツラですか?何でそんな黄色なんですか?」
フワフワした……背中位の長さのカツラね。どっかで見た灰色がかった黄色……シアンディーヌの色かしら。私の色でも有るけれど。
……シアンディーヌが大きくなったらこんなのになるかしら。……この変な悪役令嬢的な迫力が少ないといいわね。
「染色は向かないみたいで作らせたんだけどね。カツラなら出来そうって! アローディエンヌの髪色を目指したんだけどお」
「えっ、私の髪色!? 何でそんな無駄な事を……」
「無駄じゃないよお!」
「何故、私の頭の色を模す必要が有りますのよ!?」
「まあまあ、其処で観ててえ! 私、頑張って演じるから!」
「何を……ぎゃあ!?」
滅茶苦茶横抱きにされた!!
え、私、義姉さま……アレッキアにも軽ーく抱えられるようなチビなの!?
え、それに何此処、もすって。
「此処に居てねえ、可愛いアローディエンヌう」
「はあ!? 何ですか此処!? た、箪笥の中!?」
……え、どうなってんのよ、此処は。
さっき座ってた長椅子の後ろにあった派手な硝子の嵌まった箪笥よね!?
小部屋みたいになってて、クッション椅子みたいなのあって座れるようになってる! しかも、外が何故か見える!! 凄い、滅茶苦茶クリア!! じゃ、無くて!!
「じゃあ、観ててね」
「え、何ですの!? いや、説明!!」
パタン、って。
……え、何。
私、義姉さまに閉じ込められたって事!?
「ちょっと義姉さま、アレッキア!?」
「迎えに来ましたよ、我が姪」
……いや、誰!?
何か乱入者迄来た!? 子供達は無事なの……よね!? よくモブニカ夫妻をスルーして来れたわね!?
この、地味な黄色の髪の女性は……一体何をして義姉さまの不興を買ったのかしら……。
基本的に悪役令嬢の家に押し入る=酷い目フラグです。




