二日目に出遭う
お読み頂き有難う御座います。
アローディエンヌは義兄さまとまたお芝居を観に来たようです。
「ディエンヌ、何処に居るのだディエンヌ!! 早くこの書類に署名せよ!
愛する私の為に、すべてを擲って!! 私に尽くせ」
狂乱した婚約者が彷徨うのは、かつては夏の花の美しかった庭。
だが水を撒く者もおらず、全ては枯れ果てていた。
「愛する私の為だぞ!!」
踏みしめる地面は雑草で荒れ果て、その歩みを遅らせる。
「ディエンヌ……」
この庭を、ふたりで歩き回り……。
歩き回り、何をしたのか。艶のない、黄色の髪が翻り……。
「……様」
此処でディエンヌに酷い言葉を投げつけ……、彼女からの愛を踏み躙り……。
婚約破棄を告げた大広間で、何を叫んだのか。
余所の女に愛を語り……余所の女。
「……ヌ、……ットは、……だ」
余所の女も、何処だ。
あの女は、誰だったのだ。
愛に殉じたのに、真心を捧げたのに。何故、どうして傍らに誰も居ない。
家族は、友は……。
家族は彼の責任を取らされ、多額の慰謝料を払えず没落した。
余所の女との仲を応援してくれていた友とて例外ではなく、社交界には戻れなくなった。
全て、ディエンヌのせいで。
いや、違う。
愛してくれたのは、彼女だけだったのに。
「ディエンヌは……何処に」
足は泥に塗れて重い。
美しい庭まで、煤と煙に覆われて……。
目の前が真っ暗なのに、何故かディエンヌが傍らに……。
「ディエンヌ……。笑顔を見せてくれるのか」
幻でも構わない、傍に居てくれ。君だけが……。
炎が肌を焼いて目を焼いて……遂には、力尽きたとしても。
「焼け死に方が現実的じゃなかったあ! ニ幕目も駄作う!」
「……だから、看板の前で酷い感想を言わないでくださいな!!人としてのマナーはどうなってますのよ!」
「忌憚ない意見だよお! 僕、偉いしねえ。ジャンジャン文句言える立場だもん。
あ、アローディエンヌも文句言おうねえ。不服を溜め込むと内臓に悪いからあ!」
今寧ろ、正に! 内臓にストレスが掛かっとるわよ!!
「いやだから! 外面というものが有るでしょうが!! 臆面もなく文句をお外で言わないでくださいな!只でさえ義兄さまはお声が通るんですから!!」
声だけでも注目されているし!! うっ、其処の路地で聞き耳立ててる女性が見えてしまったわ。
「ええー?」
「ええー? じゃありません!」
「でもお、つまんないもん! あんな泥沼で生木だらけの設定の庭に、適当に燃やした家から燃え移った火じゃあ燃え尽くされないよお。あの演出イマイチ!
せめて油でも撒くか、冬にすべきだよ。
それに、あんなヌルい火なら人体が燃えきらないよお。時間からおかしいもん。魔力と火力が足りてなあい」
いや燃え方とかどうでもいい!! お芝居にリアリティなんか、追求してないのよ!! 後、物騒!
「止めてくださいな! お芝居に変なツッコミは要りませんのよ!!」
「あ、僕なら出来るよお! この劇場で試してみるう?雨とか降らないかなあ。やってみよおかなあ」
「はあ!? 止めてくださいな! 変な実践は要りませんのよ!」
また火花がチラチラ義兄さまから漂ってきてるし!!
ああ、義兄さまをガン見してた通行人が、デレッとしたまま悲鳴を上げて走り去っていくわ……。
……何なのかしらね、この変な光景は。
「それにしてもさあ、浮気者の考える理想の女って気持ち悪いね」
「まあ、それは同意しますけれど」
あの婚約者役の俳優さん、とっても演技上手だったものね。あの自己中な演技は、滅茶苦茶腹立たしかったわ。
「お金と愛を無尽蔵に注いで放し飼いにしてくれる女を正妻に配置してえ、頭の悪い見掛け倒し女の愛妾は他人のお金で飼い殺し後処分かなあ」
「飼いご……言い方! その言い方は獣人さんに失礼ですわ!」
「えー、アローディエンヌったらあ慈悲深いんだからあ!」
「いや、慈悲とか言う問題ですの!? それに、シアンディーヌも獣人でしょうが!」
娘の種族にも関わるというのに……。いえ、娘でなくても獣人さんへのヘイト行為は滅茶苦茶許せないわ。
「シアンディーヌはアレを選んでるじゃなあい」
「はあ!? アレって失礼な! レギ様ですわよ」
「まあ、シアンディーヌは逃さないだろおけど。まあ、手は貸すけどね」
何か不穏な方向になって来たな……。果たしてシアンディーヌは穏当な性格に育ってくれるのかしら。半分は義兄さまの血だしなあ。私の血なんてあの悪役令嬢という濃さを打ちのめせそうにない……。
今は大人しすぎるアウレリオはどんな伴侶を選ぶのかしら。あの子も夢の中ではまあまあ濃かったけれど。……まあ、夢通りに育つとは限らんわね。うん、夢は夢……なのかしら?
「どしたのお? アローディエンヌう?」
「いえ、アウレリオはどんな方を見初めるのかしら、と」
「ええー? アウレリオの好きに選べばいいよお。まあ、十親等以上離れた他人がいーけどお。下手に近い親戚はやだあ!」
「はあ!?十親等……!? そ、そんなの有りですの!? 最早無関係に近いのでは」
「うーん、その辺から湧いて出た先祖とか子孫と番う可能性有るかもしれないしい?」
「先祖はその辺から湧いて出ませんわよ……」
そんなミラクル……有ってたまるのかしら……。
剣と魔法のファンタジー系の筈なのに、ちょこちょこSFじみてくるのよね……。ていうか湧いて出てくるならお墓の下!? そ、それは困るわね!!ホラーじゃないの!
「きゃあん!」
「え?」
何かしら、このわざとらしい作り声。え、劇場から漏れ出た声?次の公演が始まってんのかしら。ちょっと離れてるのに、凄い声量とテクニックなのね。いや、そんな訳無いか。叫びもしてないのに大声すぎるわ!!
「いったあ……ギャアアア!!熱い!!熱いいいい!」
「えっ、本当に何事!?」
本気の大声!! じゃない!悲鳴!? どういうことなの!? え、さっきまで普通に……ええ!?
「そこの篝火に突っ込んだみたいだよお。アホだよねえ」
「そんなことが起こるんですの!?」
さっき横通ったけど、固定してなかったってこと!? 危なっ!!
って、あの人? 火だるまになってるじゃないの!! どういうことなのよ!? いや、野次馬も右往左往してるけれど、消防設備……そんなもんないか!? 川は!?
「み、水を」
そうだ、忘れがちだけど、私は水属性!!
し、神経を集中させて……胸? お腹? に力を入れるんだったかしら!? どうだっけ!?と、取り敢えずやってみる他ないわ!!
「え、えいっ!」
「あ!? わっ、勿体無い!!」
「は?」
パショッ。ビャッ!
え?
……えーと。
何故、義兄さまが頭から水を滴らせてるの。アレ?何で……?
私、義兄さまに掛ける気無くて……消火活動……するつもりだったわよね?
まさか、掛かりに行ったの!? 何故に!?
「凄い凄いアローディエンヌ!! 凄い量のお水出せたねえ!!」
「す、凄い量……?」
何処がなのよ。凄い量って……何時かのソーレミタイナで、レルミッド様とドンパチやってたサジュ様位の威力では?小さい桶、いや精々カップで掛けた位の量よね?
あ、向こうの方でお店の方? に桶の水をぶっ掛けられてるのかしら。
……服と髪が焦げたみたいだけど、生きてるわね。それは良かった……のかしら。
「ふふう! アローディエンヌの魔力の水って心地良いねえ!」
「え、ええ? ええと……」
「もうちょっと時間有ればなあ。凍らせて取っておきたあい!」
「え……やめてくださいな。どうでもいい!!」
「何でえ! アローディエンヌの魔術の進化じゃなぁい!」
「進化……こ、コレが?」
多分、滅茶苦茶喉が乾いていたらガッカリするような量よね。義兄さまの頭から滴る量を見る限り。バケツいえ、多めに見てもカップ二杯分位かしら。うわ、少ないわ……。
「……取り敢えず、拭きますわよ。風邪を引く前に」
「ええー?」
「ええーじゃなくて!」
「でも拭いてえ!」
………態々屈んでくるのが腹立つわね。くそっ、最早背は伸びないのかしら。私だって未だ若い筈なのに!! 背を伸ばすには、カルシウム摂ればいいの!?
「……小魚かしら」
「アローディエンヌ、お魚が食べたあい? 此処内陸だし、流通も萎びてるしゴミみたいだからなあ。川魚は微妙だねえ」
「だから、貶すのは止めてくださいな!」
って、あれ?あんなに騒ぎになってたのに……。何か静かよね?店の人達も呆気にとられたまま……。
「もう居ませんわね、燃えてた方……。お医者様に診て貰われに行ったのかしら?」
「あんなに燃えたら、その辺に留まれなさそうだよねえ」
そりゃそうか。怪我が酷そうだったものね。早くお医者様に掛からないと。誰が消火したのかしら。私よりもマトモで素早い水魔術の使い手が居たのね、きっと。
「アローディエンヌに触れようとするからあ、罰が当たったねえ」
「え」
まさか、何時かのように、変な人が私に触ると燃え上がるシステム!?
……でも、あの時……変なシステム発動は、ルディ様に初めてお会いした時だったかしら。絡まれてもないし、誰にも触られてないけどなあ。何でかしら。
って、いや。
「義兄さま」
「管理不行き届きって怖いよねえ」
……あの篝火の根本……燃えて分からないけれど不自然に折れてる? まるで、元から折れてた? それとも元から傷を付けて圧し折ったみたいな……。
「ちょっと、まさか」
「僕、寒いかもお!早く帰ろお!」
「ちょっと、手を引っ張らないでくださいな!!」
何だか……義兄さまが企んだとしか思えなくなってきた!!
「その辺の店で使用人に変なお菓子を買わせておいたから、家でお茶しよお」
「え、何ですの。変なお菓子とは」
「何かよく解んないザリザリした砂糖の塊らしいよお」
「それは最早お砂糖そのものなのでは」
まさか、落雁とかそういう系? この辺和風なんだか和洋折衷なんだかだし、有るのかしら。別に好きでも嫌いでも無いなあ。温泉有るけれど、ベタにお饅頭とかじゃないのね。野菜を蒸してるのは見たけれど……特に売られても無いなあ。温泉地の割に、商売っ気が少ないようね。
「お、お待ちくださいな。其処の、灰汁色の髪の……お嬢さん!!」
「え?……え?」
灰汁色……とは。
あ、私の髪の色だっけ。何かこう……地味ーな灰色がかった黄色の髪。
……量産系のモブに相応しい地味さなんだけれど、地味に他人では見ないのよね。まあ、灰色がかった茶色とかいろんなカラフル頭が居るこの世界では、誤差なんでしょうけれど。横に燃えるようなド真っ赤の髪が居るから、常に全然目立たないわ。
「……いいから、早く来なさいよ!!」
え、何この偉そうな声。多分別の人を呼び止めてるのよね?それにしても失礼だな。
大体、此処、他国だしそんな呼び方で私を呼び止める知り合いが居る訳ないわ。きっと強引なセールスか何かね。横に耽美な美形が居るのに、私に声を掛ける訳が無いわ。
「行きましょうか義兄さ……アレッキオ」
「うん!」
「ちょっと!」
観光地は物騒よね。喧嘩が起きないと良いのだけれど。
結局、使用人に囲まれるようにして、別荘へ帰ってくることになってしまったわ。
……あれ。さっきはひとりふたり居た筈なのに、使用人が十人位居ない?
……ステルス力、怖いわ……。
アローディエンヌに危害を加えようとすると、カウンターで呪いこと、徴が発動して燃やされます。
掛けたのは勿論悪役令嬢ですが、アローディエンヌ本人の同意はありませんでした。
本編の方に出てますね。久々に発動しました。




