異国のお芝居
お読み頂き有難う御座います。
相変わらず悪役令嬢に振り回されるアローディエンヌです。
「ディエンヌ・ディエット! 貴様の悪辣な行い、最早捨て置けん!!」
「酷いことしたの、謝ってください!!」
舞台は、繊細なシャンデリアがいくつも煌めく、高位貴族が主催する公式の場。
人が沢山集う、美しく設えられた大広間。
紳士淑女が集まり歓談する、和やかなその場所で。
突然誰かが叫ぶのはディエンヌ・ディエットへの糾弾。
「ディエンヌ・ディエット?」
「それは……誰だ?」
「あの令息には、将来を約束した者が?」
騒ぎの原因を作るのは、見目の差は多々有れども、必ず若き貴い身分ながらも遊び人と名高い令息。
そして、彼に恥も外聞もなく寄り添うのは、低い身分、若しくは平民階級の卑しい性根のはしたない娘。
だが、待てど暮せどディエンヌ・ディエットなる人物はその場におらず見つからない。
……困惑と沈黙が破れ、その場は次第に騒がしくなり……催しは大混乱に陥ったまま、強制終了。
騒ぎを起こした若者ふたりは、面子を潰された主催者の怒りを買い、地下牢へと捕らえられる。
令息の突飛な行動に泡を食った親は、後程調査が行われるが……。
奇妙なことに。ディエット家は、今は伝わらぬ滅びた家。
古書を紐解いて由来を探ろうにも、記録は真っ白な沈黙を守ったまま。
さて、皆様。
知らぬもの等居ない存在にして誰も知り得ない。ディエンヌ・ディエットとは、誰なのでしょう。
どうぞ三幕、お付き合いくださいませ。
アレカイナ連合シーランケード。
……あれかいな、知らんけど。
続けると、実に関西弁よね。時々転生日本人を挙動不審にするの、本当に止めて欲しいわね。
でも、顔に出なくて良かったわ。不意に言われたらきっと無意味に爆笑してるわよね……。間違いなく不審者だわ。このモブ無表情顔仕様が、良かったのか悪かったのか。今回は良かったのよ、ね?
で、鄙びた(断じて萎びていないわよ)と言われるものの、充分大きな観光都市……に見えるわね。古いけれどね。
シーズンオフなのか、観光客は少ないみたいだけれどなあ。
建物の様式には全く詳しくはないのだけれど、和洋折衷……みたいな建物が並んでいるわね。よく知らないけれど……こう、重要な文化財的なような。
兎に角、お店なんかの開放された窓から覗くと、部屋の欄間? とかが付いているわね。屋根瓦が和風で……古い日本の洋館って感じかしら。不思議ね。流石に寺社仏閣はないな。其処までちゃんぽんじゃなくて良かったわ……。
でも、何て言うか……転生者の癖に全く懐かしさは感じないのよね。恐らくというか滅茶苦茶ご縁なんて無かったんでしょうね。こういう系の建物には馴染みがないわ。
前世は……間違いなく庶民だったしね。うん、記憶に薄いけどそれは確実ね。
それに味覚もね。前世と近い食生活だったのかしら? そんな馬鹿な。流石にド庶民生活の記憶が張り付いている気がするし、今と比べるべくもない筈よ。
でも、お米とかも別に食べたいとは思わないのよね。
味覚が……現地人なの。
いや、現地人なんだけれど、大体日本人が転生するとお米が食べたいとかなると思っていたわ。
オルガニックさんは前世ご飯求める派なのかしらね。地味に気になるから、お会いしたら聞いてみましょう。あんまり会う機会無いけれど……。
「アローディエンヌう。
君の瞳に映る景色は、綺麗だよねえ。その青に痺れちゃうなあ!何を見てても綺麗だけどお! 僕を見てえ!」
「いや、ややこしい見方せずに、直に景色を見てくださいな」
……意味が分からない。普通に景色を眺めてほしいわ。
はあ。今は夕暮れ時だから、緑に揃えられた瓦が黒く見えるわ。
……まあ、所詮私の教養なんて薄くて鑑賞出来る素養も無いから、そんなレベルの感想なのだけれど。
朝に家を出たばかりで他国(遠くらしいし)だから、脳が混乱してるのかしら。
……国を超えるのに手続きは正当だったなのか、景色よりもそっちのほうが気になるわよ。
手続きは役人の方がやってくれるらしいけれど……どうなってるのかしら。関所とか、そういうの……。ああ、モヤモヤするわ!! 変なVIP扱いとか、申し訳なさ過ぎるのよ!!
「アローディエンヌう?」
「……はい?
何ですのよ、義兄さま」
くそう、黙って考え事して歩けないな……。
でも義兄さまを放置すると煩いから、脊髄反射で返事してしまうわ……!!
「お芝居、つまんなかったねえ。あの演目大失敗だったなあ。前日の演目にすれば良かったねえ」
「はあ!? そんな酷いことを、大声で言わないでくださいな!! しかも、看板の前で!」
どういう理由よ、それは!!
しかも、私が滅茶苦茶仏頂面だから、余計に誤解を招くじゃないの!!
「ちゃあんと演目観た上の感想じゃなあい!
お話好きなアローディエンヌを黙らせる程つまらなくさせるなんて、許せなあい!」
「違います!!黙ってたのは、その。
アレカイナに着いた途端、急にお芝居に連れて来られるとは、思いませんでしたから!」
ま、まあ適当な反論だけれど、本当に! それよ!
……あの凄い量の荷物を荷解きとかしなくて、本当に良かったのかしら。……まあ、私が役立てるとは思えないけれど。それでもねえ。女主人として荷解きの采配を……しなくて良かったのかしら。……したことが無くて凹むわね。貴婦人レベルが滅茶苦茶低いわ。
それに、子供達を使用人とモブニカ伯爵夫妻に託してきて、本当に良かったのかしら……。
ルーロ君一家は、……と言うかドートリッシュが、別荘を探検すると凄く楽しそうだったわ。子供達もね……。
仲良くて良いことだけれど、流石に子供三人抱き上げは……いえ、シアンディーヌは背中に貼り付いてたわね。ドートリッシュって、本当に力持ちよね……。
流石にルーロ君がアウレリオを引き受けてくれたけれど、其処はイジェノアちゃんじゃないのかしら。
「アウレリオ坊っちゃんは、繊細ですからね。
ガサツな扱いするなよドリー」
「していないわよ。アウルお坊っちゃまへは産まれたての仔牛のように、フワッと丁寧に扱っているわ!」
「だから、公爵令息を牛扱いするなよ!」
「えっ、じゃあヒヨコの方が良かったのね!? そっと掌に」
あの時は……滅茶苦茶素早くアウレリオがルーロ君に抱かれていたから、目を疑ったわね。奪い取るって感じだったわ。アウレリオも……全く動じてなかったけれど。
「奥方様、俺が責任を持ってアウレリオ坊っちゃんをお守りします」
「……」
「そ、そう?
有り難いけれど、イジェノアちゃんの方を気にかけてあげて欲しいわ……」
「イジェノアは抱っこ紐の中で寝ておりますので」
「一度寝ちゃうと、結構起きませんのよ!」
「この通り、ドリーの大声でも起きませんし」
「酷いわルーロさま!!」
「ゼノア、おねむねむなのー?」
それに、ドートリッシュは、全く重さを感じない動きだったわね。軽やかすぎたわ。全く動きにブレが無かったもの……。シアンディーヌが背中やら肩で動いてるのに……。どうバランスを取ってるのか、運動音痴には皆目見当がつかなかったわ。
きっとあれが、真の運動神経というものなのね。良いなあ。
「お気になさらず。イジェノアにはドリーの非常識なコレッデモンの、いえ、モブニカの血が入っています。
何せあのサジュ殿の姪ですし。多少転がっても怪我も無くて風邪ひとつ引きませんよ。防御結界も貼ってますし」
「えっ、そりゃそうだけれど……そうなの? 凄いけれど……結界?」
あの抱っこ紐? が特別なのかしら。イジェノアちゃんたら、滅茶苦茶スヤスヤ寝てるわね。
サジュ様は騎士だから丈夫なんでしょうけれど、モブニカ伯爵家の方々も、特別丈夫なのかしら。
それと結界って何かしら。結界ってひとに張るものなの?解らんわ……。
「もあーん、あっちのにのぼるのー。ぎざぎざなのー。ドリー、いってー」
「了解致しましたわ!シアン様、あっちの扉の模様も登りやすそうですわよ!
見てイジェ、天井が高すぎるわね!! お家がもう一軒入りそうだわ!」
まるで手足のようにドートリッシュに命令するとか、何をやってるのよシアンディーヌは!! 思い出しただけでもヒヤヒヤしたわ!
「えっ、ちょっと、シアンディーヌ!! ドートリッシュに我儘を言っては駄目じゃないの!!」
「じゃあ任せたよ、ルーロ」
「お任せください」
……いや、思い出すと……本当に良いのかしら。
義兄さまは……気にもせず、滅茶苦茶機嫌良く私の手を握ったままだしなあ……。今もだけれど。
「アローディエンヌと名前似てるけどお、似ても似つかない駄目女だったねえ」
駄目女……あ、ええと、さっきの演目の話?
え、名前? えーと、役柄の名前と私と名前が……似てる?
ディエンヌと、アローディエンヌ。
……印象は違うけれど、似てるわね。
しかし、この急なお芝居鑑賞がそんな理由で選ばれた演目だったとは……。
でも義兄さまって、気紛れだし。結構適当な所も有るのよね……。
「女優さんは美人ですし、私とは似ても似つかない感じでしたわね」
「ええー?居直り蜂みたいな顔だったじゃなぁい!」
「何ですの、その変な名前の蜂は……」
女優さんを蜂って……。比喩にしては、マニアックが過ぎないかしら。自分が蝶々呼ばわりされてるから、蜂が嫌いとか?……まあ、蜂どころか気に入らないものは何でも焼き尽くす、いえ焼き落とす迷惑な習性だけれど……。
「その辺のお、間抜けな余所の蜂の巣を乗っ取る蜂だよお」
「間抜けって失礼な。えっ、怖。カッコウの雛みたいですわね」
「そお? カッコウは本来の家主の子供を早い内に始末するから、未だマシじゃなあい?」
「そ、そうでしょうか……」
鳥の雛を蹴落とすシーンとか、結構自然は怖いなって思うけれどね。蜂にも寄生する蜂が……まあ、知らない生き物も沢山居るわね。ファンタジー異世界……いや、ファンタジー現実だしね。……何かしら、ファンタジー現実って。我ながら謎単語だわ。
「それにしても、三部構成の続き物ってナメてるよねえ。
時代と場所が違えど、婚約破棄する相手が全員ディエンヌ・ディエットって女。それ、普通におかしな話だよお。
結局亡霊の仕業扱いとか、脚本つまんないしい」
「次には、面白くなるかもしれませんわよ」
「登場人物全員死んだのにい?」
「どうにかして巻き返しますのよ、多分」
まあ、本音は……どうもって行きようもない気もするけれどね。ハラハラドキドキサスペンス展開を期待させるような、終わり方だったもの。
でないと、誰も続きを観に来ない訳だし。……巻き返し、するわよね?
「萎びた地方の芝居なんてこんなもんかあ。アレなら王都の『他国女神積み物語』の方がマシかもお」
「いやだから萎びたではなく!
って、ええ? ……どんな演目なんですのよ、それは……」
「ひたすら女神って呼ばれてる変な石を積むらしいよお」
「罰当たりでは……」
一瞬、あの顔の怖い女神像で脳内シミュレーションしてしまったわ。
……そもそも積める重さじゃないものね!
ええ、非常識だったわ。とんでもないことね。
……チート持ちならどうにかなりそうとか、思わないことにしましょう!
ええ、ルディ様ならお出来になれそうとか、思わないのよ。不敬だわ。違うことを考えなきゃ!!
「ルーロ君とドートリッシュに、お土産を買って帰りましょうか」
あら、可愛らしい飴が売ってるわね。蜂の巣形で可愛らしいわ。これは、ふたりにいいわね。
蜂蜜は赤ちゃんには向かないから……キャラメルも向かないな。そっちの可愛らしい陶製の蜂スプーン付きの水飴はどうかしら。ウチのシアンディーヌとアウレリオにも。
いや、虫歯になるかな。どうしましょう。
「物品は要らないって言ってたあ。明日、市場で靴と種を探すらしいよお」
「靴と種?
不思議な組み合わせですわね。童話のよう」
「あのふたりを見てる方が、善良で牧歌的かもねえ」
確かに。ほっこりする……けれど、ハラハラドキドキする時も有るわね。
何と言うか……不思議なカップルよね……。天然ボケ?なドートリッシュと真面目なルーロ君、正反対なのにお似合いなのだけれど。
「でもお、家族で過ごすのって良いよねえ。煩い親戚の顔も見ないで済むしい」
「またそんな失礼なことを……」
でもまあ、悪役令嬢義兄さまのやることだものね。
……裏があるに決まってるって、忘れていたのよ。
無意味に連れ回す時も有ります。




