10.魂に巣食う沼(レルミッド目線)
お読み頂き有難う御座います。誤字報告、拍手誠に有難う御座います。
今回ミーリヤとカータのコンビなので三人称ですね。
元凶のあの人も出てきますし気持ち悪い表記も御座います。
「御免くださいませぇ」
「おじゃましまーす。人いないね」
家の者を置いて、ミーリヤとカータはバルトロイズ邸の中へ歩を進めた。
他家なら使用人が忙しく立ち働いているであろう時間帯に、屋敷は静まり返っていた。
「いらっしゃいませ、お嬢様がた。私は執事のバースと申します。バルトロイズ邸の使用人は少のう御座いまして」
家主や養い子が自分で何でもやってしまうので最低限しかいない、と執事は説明してくれた。
「まぁーそうなのぉー。私ぃ、マデルちゃんのお友達のぉミリアーナ・ダンタルシュターヴ」
「おれ、カータ」
「はい、マデル様より伺っております。ご丁寧にお名前を有難う御座います。しかし、コレッデモン王国の方々が当家に御用で?」
「詳細はぁ省くけどぉ、此方にぃお世話になってるぅガーゴイルのレッカちゃんにぃ御用なのぉ」
「レッカお嬢様に?」
「今の所ぉ命を取ろうとかぁ思って無いわぁ。外交問題にぃなっちゃうしねぇ」
「はあ……。畏まりました。レッカお嬢様はお庭にお出でです。いらっしゃるか見て参りましょう。お茶を」
「いいえぇ、人を待たせてるからぁお構いなくぅ。此処でぇ待たせて頂くわぁ。レッカちゃんの方をぉお願いねぇ」
少々怪訝な顔をしながらも、執事はミーリヤの指示に従って階段を上がっていった。
その後ろ姿を見ながら、ミーリヤは耳の毛繕いを始めたカータに話しかける。
「カータちゃんはぁ、コレッデモン王国のぉ神様を知ってるぅ?」
「たいらかにわかちあうかみ?知ってるよ。おさかなの獣人で狩人の神様だよね」
「そぉそぉ。賢いわねぇ、レトナちゃんったら教えるの上手ねぇ」
「んー、獲物をわけわけする神様なんだよね」
少し何かを思い出したのか、カータが何かを毟るような仕草をしてみせる。
「そぉうぅ、平等でぇ不平等な神様ねぇ。あぁんまりぃ私はぁ好きじゃないけどぉ」
「神様よくわかんない。アレカイナにもいたけど、おれもコティもおなか一杯にしてくんなかったし」
「おなか一杯はぁ大事よねぇ」
ゴキャアアアアアアアア!!!
ミーリヤがカータに頷いた瞬間、邸内に甲高い悲鳴のような鳴き声らしき音が、大規模な家鳴りをお供に響き渡った。
「……てき?」
「敵……だとぉなぁんにも考えずに斬っちゃえばいいんだけどぉ」
ばらばら、と天井から降って来たカータの頭からチリや埃を払ってやり、ミーリヤは頬に手を当てた。
その間もキシャアアアゴアアア!!と鳴き声が響いている。
「うるさいね」
「失礼だけどぉ奥へ上がっちゃいましょぉかぁ。どっちからぁ聞こえたかしらぁ?」
「こっち」
三段飛ばしで階段を軽く登ったカータは、二階の廊下の一角を指す。
その間も家鳴りと鳴き声は響き続けるが、何故か家自体は揺れていない。
パタパタと走るカータに続き、ミーリヤも綺麗な縁取りと布で作られた花に飾られたヒールで続く。
「その靴すごいね」
「お気に入りなのぉ」
「レトナはぺったん靴がいいんだって」
「まぁそぉー。乙女心ねぇ」
ミーリヤは密かに少年と身長差を気にしている親友の健気さに微笑み、カータが指し示す扉を優雅に開け放った。
「しつじさん無事?」
カータは壁際に倒れ込んで意識を失ったらしい老人に駆け寄って、息を確かめた。
見た所外傷はないようで、気絶しているらしい。
服を引っ張り、扉側に移動させた。
「あぁらまぁー。お世話になってるぅ余所様のお家を壊すなんてぇ……いけない子ねぇ」
中は、こじんまりとしては居るが、ありふれた貴族の家らしい寝室……だったようだ。
しかし今は重厚な家具がひっくり返り、布団やカーテンのような布類は破かれて見る影もない。足元には綺麗に生けられていたであろう花瓶が水と細長い葉と蔓の有る小さい花を床に溢して転がっている。
だが、それ以上に目を引くのは……床と壁に、その上に浮かぶものだった。
「……わがキャアしのキキ……じゃまキグキイイイ!!」
「何言ってんだかぁ分かんなぁいわぁ」
聞き取りづらい鳴き声が室内に響き渡り、ミーリヤは眉を寄せた。
青や黄色、赤。様々にまじりあう原色に床と壁が染まっている。
染まっているだけではなく、うぞ、うぞ……と蠢いて留まり、形は解け、溶け、漂って落ちている。
そして、その中心には……半分金色で、半分まだらに染まる小さい羽根を持つ魔物……、ガーゴイルが浮かんでいた。
この時間帯に日が入らない室内を点していた蝋燭は消えてしまったらしく、光源はその蠢く沼のようなもののみ。
その光源も色が混じり合い、中途半端な薄暗さも手伝ってガーゴイルの詳細が見えない。
「あぁれがガーゴイルのレッカちゃんねぇ。初めてぇ見たわぁ、魔物系獣人。お珍しいのよねぇ」
「おれもアレ以外見たことないかなあ」
「……おめめに二股の滴……照明が暗くて見えないわねぇ」
「そーなの?あの半分金色のガーゴイル、右目に二股のしずくあるよ」
夜目が効くカータが浮かぶガーゴイルの右目を指摘する。
一瞬薄赤いような気がしたが、チラチラと光る原色の沼で照らされ、ミーリヤには確認できなかった。
「あのぉ沼みたいなのと同じ形ぃ?」
「うん、アレといっしょ」
ミーリヤには見えなかったが、カータは力強く頷く。
「獲物獲物私のキィィイイイ獲物オオオオオ。私がァキェキキキ……!!」
「お耳がいい人がぁ倒れちゃいそうなぁ高音域な声ねぇ」
「しろい蝶々はこまるね。おれもおみみ痛い」
よしよし、と彼の黒い毛皮に包まれた犬耳を撫でながら、ミーリヤはドレスの隠しボタンを外し、足にベルトで止めた細い剣を外した。
「そぉねぇ。ヤだわぁ完全にぃ混ざっちゃったぁ?」
「まざったら取れないの?」
「どぉしよぉかしらぁ。カータちゃん、後ろ取れるぅ?」
「あい、いーよ」
耳を揺らして頷いたカータはぽん、ぽんと低めに跳ねて……壁を蹴り、あっという間にレッカの背後の少し後ろ、未だ沼が浸食していない出窓に降り立った。
「キュキ!?」
呆気なく後ろを取られたレッカが目を剥いた。
カータを呆然と見つめるその目は片方が茶色で、もう片方は……薄赤く、二股の滴が揺らいでいる。
「うん、半分薄赤くてふたまたの滴。近くで見るとぬたぬたしてる。こんなんだっけ?」
「!!」
「触っちゃぁ駄目よぉ」
「あい。でもうごかないね。何で?」
急に鳴き声を出さなくなったレッカを不審に思い、カータが首を傾げる。
「どーするの?首でもしめる?」
「……か、かーた……!?」
「あい?」
「かーた……たすけて……キィイイ……」
よろよろと、二股の滴に覆われていない金色の腕を伸ばし、カータに触れようとする。
ボロボロ、と茶色と薄赤い目から涙が零れ落ち、フラフラと翼が力なく揺らされる。
やがて、レッカは二股の滴の沼に座り込んでしまった。
「……あらぁ、正気が残ってる?」
「……いや、変なのが頭に残る……おねがい、たすけて……」
「変なのがぁ頭に残るぅ……?それってぇどんなのかしらぁ?」
「かーた、かーたぁ……」
ミーリヤの言葉に反応せず、カータを泣きながらじっと見つめ手を伸ばすレッカに、彼はうーんと唸り、二カッと笑った。
カータとレッカのかつての関係は聞いていたが、変な展開になってきたわねぇ、とミーリヤは首を傾げる。
「あい?やだ」
キッパリと……カータはレッカの助けを求める声を断った。
「……どう、して?」
「いっかい寝た位でかれしづらしないでって言ったよ?」
「それは……あのときは……キキ……はずかしくて……いえ、違う……かーたじゃない。今は、今は……サジュ……キキグギギキキ」
「あぁらまぁ。レッカちゃんにはぁ新たな恋が芽生えてるのにぃ、中の邪魔者がぁ何かしてるって感じなのかしらぁ?」
「うっ……」
震え出したレッカは力を失い、床に倒れ込み……そうになったが、何故か音もなく浮き上がる。
そして……ぐらぐらと蠢いていた二股の滴の沼がすうっ、と揺らがなくなった。
ゆらゆら、ふわふわと俯いたまま動き出すレッカに、ミーリヤは剣の鞘を払い、切っ先を向けた。
当てられた殺気に顔を上げたレッカは目を見開いたまま、裂かれたような口を歪める。
「クキキキキ……」
「その声、趣味悪いわぁ……」
「……ガーゴイルじゃないね、レッカじゃ無いね?なかみは……」
「……お前ラ、じゃナクて……わたシを愛すル、あのひトたちを出シて。楽しク暮らスの」
レッカから絞り出されたのは、金属を擦り合わすような声だった。
「わたしの邪魔をしナいデ。余計なコとしタ役立たズは燃エちャった。あの皇女ハ動カせナいし。今度はこレを使うンだカら……折角……ワタしを愛スる神官サんがくれた、このすテキなちカラ」
「……くたばったぁ後もぉ、とんだぁ勘違い女ねぇ。コレぇ、何時までぇ付き合わなきゃいけない訳ぇ?」
「……アら?ケキャキャキャカ!!」
ふう、と溜息を吐き、ミーリヤは苦々しくレッカの意識を乗っ取った何かを睨む。
だが、何かはケタケタと笑い転げた。
耳障りな高音域の鳴き声に、カータが首を傾げる。
「うるさいね、この声。喉噛んじゃだめなの?」
「お腹ぁ壊しちゃうわよぉ」
「キキキゲキッ、……汚い棄て犬に、奴隷デしょ女……?わタしは、王女サまよ?ワたし、ローりラを」
「……まぁ名乗られちゃったぁ。……知ってるわよぉ、偉ぶった礼儀知らずのくたばり損ない」
喋り切る前に言い捨てたミーリヤに憤慨したのか、キイキイとローリラは鳴き声を上げた。
「キククキキ!!何て、酷イ!!無礼ダわ!!ドウして!!」
「煩い、こっちは失礼な輩には名乗らないわよ」
「下賤な奴隷の分際……酷イ、酷過ギるの。奴隷なノにぃ!!」
「……ふぅ、未だかしらぁ」
「あい、あきたね。穏便ってあきるね」
溜息しか出て来ないミーリヤとカータを交互に睨み、震えていた何か……ローリラはミーリヤに目を向けた時、何かを見つけたかのように目を剥いた。
「アあ?どウして?おまエから騎士サまの匂いガ……?」
「……騎士様?……ルディちゃん?え、私から?」
「あい、しろの蝶々のにおいするね」
「……えぇ……?そうなのぉ?まぁ、やだわぁ」
ルディの匂いが自分から漂っているらしい。
その事実に今の状況も忘れてミーリヤは赤くなった。少しだけ剣先がブレそうになったが、其処は気合を入れて動かさないようにと、練習と鍛錬を重ねた体が覚えているようだ。
「返シて。わたシを……腕を捧ゲてくれルほど愛シてるノよ」
「あぁ?」
物理的に何か音がした訳では無い。
だが、ミーリヤのこの声が絞り出された瞬間、ブチって何か鳴った気がする、こわかったと後にカータは語った。
「……キキ!?」
ぶん、とローリラの耳元で空気を切り裂く音がする。
窓は閉まっており、風は吹き込んで来ない。家具や何かが倒れた訳でも無い。
其処には……。
「……コれは、こレは!?」
「……あ、つるだ」
ローリラの傍でうねうねと動いているのは……二股の滴の沼ではなく、人の腕位の太さの巨大な蔓であった。まるで生きているかのようにローリラ……レッカの手足に纏わりつく。
慌ててローリラは二股の滴の沼を動かそうとしたようだが、全く手足が動かないし、ビクともしない。
「ひッ!?キもちわルい!!イやっ!!放シて!!」
「……あぁら嫌だ、さっきの沼の方がぁ気持ち悪かったしぃ、それにぃ」
ぴょんぴょんと蔓を辿ってカータがミーリヤの傍に戻る。
「置いて来たよ、緑のりんご」
「うふふぅ、ご苦労さまぁ」
「その笑いかた、レトナに似てるね」
「お友達だしねぇ」
「放しテ放スのヨオオ!!キイイイイイ!!」
頭と首以外の全身を蔓で覆われ、絞め上げられたローリラは甲高い鳴き声を上げる。
「私の男を返せだなんて……お噂の通りぃ、性根が腐った女ねぇ。生きてたらお花に埋もれちゃわせて、国ごと撫で斬りにしてやったのに」
「ふむ、この僕を『私の男』扱いか。しかし、撫で斬りなあ。それでは僕もレルミッドもティムもレッカも生まれて来ないぞ、ミニア」
「あ、もういいの?」
苛々としたミーリヤを意に介さず、何時ものように自分の調子で声を掛けたのは白いフードを被った人物であった。
「……!?ちょ、ル……」
「しいー、ミニア」
耳朶にいつもより甘めの声が注がれ、冷たい指が彼女の唇に触れ、言葉を奪い、口紅が少し拭われて行くのを……柄にもなくミーリヤは呆然とされるがままになっていた。
「……騎士サま!!来てくれたノね!!ワたしよ、ローリら……」
だが、その雰囲気をけたたましい声が引き裂き……彼はレッカの姿を乗っ取ったローリラに向き直る。
「四分の一、初めまして、でさようなら、だ」
バルトロイズ邸の一角の部屋に、眩いまでの黄色の光が満ちた。
散々色々他人の感情を掻きまわし、良い所を掻っ攫っていく系見た目正統派王子、ルディ君です。
正統派王子らしくないとは思っております。
次でこの騒動も終わりますかね。
 




