傭兵団エンペライズ
コーブルフ帝国、EEZ内海上。一面に広がる波の中を力強く掻き分けて進む六隻の船が見える。その六隻は一般的な船とは異なり、甲板上には何本もの金属の筒が伸び、その内前後に付いている何本かは他の筒とは大きさも長さも異なっている。俺が乗っている船に関しては全通甲板で周りにはハリネズミのように金属筒が延びている。
そんな、目の前に広がる風景を見張り台の柵に寄りかかり、眺めていると、
「どうしたの? こんな所で黄昏て」
と、声をかけられる。そのまま、声の主はコツンコツンと金属の床を鳴らしながら俺の横に来て、白い軍服に身を包んだ少女が桃色の髪をなびかせながら俺と同じ方向を見る。
「フィーナか。いや、この艦隊も大きくなったもんだなぁ、と思ってたんだよ」
本名、フィーナ・スカリーナ。階級は大将。あ、ちなみに俺は元帥。トップだからね。
話を戻そう。フィーナはこの国の貴族から家出したお転婆娘で銀髪ショートカットで猫耳を頭に付けた猫人族少女。俺がこの世界に来てから一番長く過ごしている。
俺がこの世界に来たのは約四年前。当時高専生だった俺は下校中、ふといつもと違う道を通ったら、いつの間にかこの世界の街に転移していた。転生トラックに跳ねられたとかそんなベタなものではなく、気づいたら転移していた。そして、ラノベ知識を持った俺がこの世界に来てテンプレの様にギルドに行き、初めてパーティを組んだのがこいつだった。
ちなみに、この世界には魔王と呼ばれる存在がいない。ならば何故俺がこの世界に来たのか、それは分かっていない。だが、この世界には魔法を使った近代文明が栄えていた。ならこの技術と、高専で学んだ知識を活かして成り上がってやろうと思い、この艦隊、というか傭兵団〈エンペライズ〉を作り上げた。と言っても、初めは航空機一機からの始まりだったけど。
「確かに。この艦隊の初めはこの空母一隻だったもの。護衛艦隊を造らずに先に空母を作った時は海に出る度ヒヤヒヤしたものよ。ま、当の計画の張本人は空で航空機飛ばしてはしゃいでたんだけどね」
おっと、会話早々ジト目ですか? 視線が痛いぜ。
「ロマンを追い求めた結果だ。仕方ない」
「なぁーにがロマンよ」
「ひゅまなひゃっひゃから、ほおをひっふぁらないでふれ(訳:すまなかったから、頬を引っ張らないでくれ)」
「まったく。最初傭兵を始めた時もそうだけど、本当にヒヤヒヤしっぱなしよ」
「まあまあ、なんだかんだで成功して来てるんだから大丈夫だって。ポジティブに行こうや」
「あなたの場合ポジティブ過ぎるんだと思うんだけどね。…それにしても壮観ね、この艦隊」
「ああ。全部俺の設計した艦隊だ。壮観に決まってる」
「駆逐艦の吹雪、夕立。巡洋艦の羽黒、利根。戦艦の金剛。そしてこの旗艦、空母加賀だったわね」
「ああ。かっこいいだろ」
言っとくが決して趣味ではない。某擬人化これくしょんの推しをこの艦隊で集めようとかそんな事は思ってない。一艦隊の数も一緒だけど、決して趣味とかそんな事では無い! でも、まだ色々作りたい艦はある。
「まあね。それにしても、成長したよねぇ。このエンペライズも。この艦隊に加えて、陸上に機械化大隊と航空中隊がそれぞれ一個づつ。創設四年で一国の軍隊規模だもの」
「それがあなたの隣の閣下の手腕よ。私たちはそんな閣下を尊敬している」
別の声が聞こえ、見張り台の入り口を見るとライトグリーン色のロングヘアをなびかせながらこちらを見ている場違いなメイド服を着た少女が居た。
「嬉しい事言ってくれるじゃないか、サフィ」
サフィ・アルトリン。階級は少尉。隣国、フィリアン共和国の元工作員。簡単に言ったら、元スパイだ。このエンペライズが創設二年目の時、軍備増強で団員募集をかけた際にしれっと入団した少女だ。
サフィ達が入団した頃、俺達が暴れ回って妙に知名度が上がったせいで諸外国からスパイが送り込まれてしまっていた。実際、その時入団した団員の内、約三割がスパイだった。まあ、全員縛り上げて(内容は言えない)今や逆スパイにしちゃったんだけどね。だから、そのついでに元スパイを纏めて諜報部を創ったりもした。遊び心だったんだ。
あ、そうそう。エンペライズの階級は実力ポイント制で昇進ができる。要は貢献度によって昇進ができるって事だ。そんな制度だから、軍みたいに上官には敬語必須、などはなくは各個人に任せている。まあ、大抵上官には敬語使ってるけとね。…軍出身者が多いからかな?
「いえ、事実を言ったまでです。閣下のお力は私には到底計り知れません」
まあ、諜報部所属の元スパイ達の欠点として俺を心酔してるって所があるけど、害は無…俺を見る目が怖い以外は無いから放置している。縛り上げでやり過ぎたかな?
「持ち上げ過ぎだって。それで? どうしてここに?」
「そうでした、艦長が艦橋に戻ってきて欲しいと言っています」
「その伝言を伝えに来てくれたのか。ありがとう」
「勿体なきお言葉です」
跪かないでいいから。
「じゃあ戻るか」
「そうね」
艦橋に戻ると、中にいた俺の部下達が一斉に敬礼する。この世界仕様じゃなく、地球仕様のだ。俺も敬礼を返して艦長に話しかける。
「艦長、どうしたんだ?」
「団長、お呼びだてして申し訳ございません」
エンペライズ第一艦隊、旗艦加賀の艦長アスタ・ファシリット。階級は大佐。金髪のイケメン。正直、その顔と俺の顔を交換して欲しい。こいつは俺が帝国の首都に行った時に就職に失敗して酒場で飲んだくれていて、丁度文官が欲しかった俺が雇った奴だ。アスタは能力はあるのに就職出来なかった。何故か、それは試験をすると緊張で半分以下の力しか出せないからだった。試験で緊張は大敵だからな。試験は緊張せずに受けてなんぼだ。俺もそれで高専に合格出来たしな。
「気にするな。それで? 何かあったのか?」
「ええ、先程金剛からレーダーで複数の飛行物体が写ったので直掩機とパトロール機を出して欲しいと、それに吹雪からかなり小さいが海中で何かが動いている音が聞こえる様な気がすると通信がありまして判断をお願いします」
なるほどな。飛行物体はどうにかなりそうだが、海中の物体が気になるな。
「アスタ、お前はどう思う」
「私は飛行物体は何とか成りそうな気もしますが、海中の物体が気になります。この東の海域に危機する程の魔物はいないと思いますが」
うん、大体考えは一緒だな。
「直掩機を出しておこう。念の為に攻撃機と爆撃機に出撃準備もさせておく。パトロール機は俺とフィーナ、サフィで出る。全艦に通達、第一戦闘配置だ」
「了解しました。全艦に通達! 第一戦闘配置! 攻撃機、爆撃機それぞれ出撃準備! 直掩機、パトロール機は準備完了次第発艦せよ!」
艦内にベルの音が響き渡る。
「フィーナ、サフィ出るぞ。急いで格納庫に向かえ!」
「「了解!」」
俺達は艦橋から出て、走って階段を降りていると艦内にいた部下達が走り回っているのが目に入る。それぞれの配置位置に向かっているのだ。俺達も走って甲板下の格納庫に降りる。
格納庫に降りると緑の塗装が施され、主翼と機体中心には赤い丸、垂直尾翼にはエンペライズの紋章がついているプロペラ機体がズラリと並ぶ。ここにある機体は三種類。大日本帝国海軍が運用した艦上機の攻撃機の流星、爆撃機の彗星、そして、零式艦上戦闘機、通称零戦だ。と言っても外見と機銃口径が同じなだけで出力、強度、防弾性能は全て向上させているから、零戦改、流星改、彗星改とそれぞれ言っても過言ではない。ちなみに、それは艦も同様だ。今回は零戦に乗る。パトロール機だからな。マニア向けに言うと今回使う零戦は五二型だ。
ここで、知らない人へ豆知識。零戦の〇〇型は最初の〇が機体の改良した回数、二番目の〇がエンジンの改良回数を表しているんだ。
話を戻そう。格納庫内は爆弾や魚雷を運搬する整備士とその補助をするゴーレムが行き交い、パイロット達が自分の機体に乗り込み操縦席で機器のチェックをしている。ゴーレムのおかげで人員削減出来ていてある意味助かる。まあ、新興企業だから出来たんだけどね。しかも、ゴーレム増やして足りない人員を補給する方法だから反対もない。リストラしたら恨みを買いかねん。
そんな考えをしながら走っていると、自分の機体の前に着いた。
「フラック! 俺の機体は万全か!?」
「あったりまえよ! お前さんの機体だ、百二十パーセントの実力は出せるぜ!」
フラック・セルタン。階級は少佐。ドワーフ族のムキムキオッサンで加賀の整備士長だ。やっぱり、この世界のドワーフも鍛冶好きというか機械好きなんだろう。陸上基地時代、零戦が飛んでいるのを見たドワーフのある村がこぞって基地に、あの乗り物に触らせてくれと乗り込んできたんだ。その後、勉強させて一番腕がよかったフラックが俺の専属になったんだ。
ちなみに、今の陸上基地の周りには多くの種族が住むひとつの大きな村になりつつある。
…音煩くないのかな? 話を戻そう。
「上出来だ! 機体の機器のチェックはするから、そのままエレベーターに載せて甲板に上げてくれ!」
そう言いながら、俺は主翼に飛び乗り、操縦席に入る。そして座席にかかっていた対Gスーツを着る。対Gスーツは旋回の時にかかるGに身体が耐えれるようにする為の特殊な服だ。まあ、大戦時の戦闘機を使った戦闘にそんなものは必要ないが何しろなるべく身体への負荷を減らしたいから装備させてもらった。
「よし、動かせ!」
フラックの号令で周りに居たゴーレム達が主翼を押し、機体を動かす。加賀には前方と中央、後方に機体を甲板に上げたり格納庫に降ろすためのエレベーターが付いていて、発艦時は中央と後方から甲板に上がる。今回、俺は即発艦組なので中央を使う。エレベーターまで動かされている間に機器のチェックと、ラダーやエルロンなど機体を動かす為の部品が動くかどうかの目視チェックなどを済ませる。エレベーターで甲板に上がると先に上げられていた彗星や、流星が後方でプロペラを回しながら待機していた。そして、フィーナとサフィの零戦も。無線のスイッチを入れる。
『これより、未確認飛行物体の確認作戦を開始する。呼称は俺がゼロワン、フィーナがゼロツー、サフィがゼロスリーとし、小隊名はヴァルキリーとする。尚、本作戦が討伐作戦に変わらない限りは武器の使用は禁止する』
『ゼロツー、了解』
『ゼロスリー、了解』
『管制より各発艦機聞こえるか?』
無線から管制官の声が聞こえる。元々加賀にはそんなものは無いが、近代化できる所は徹底的に近代化した為、管制室もその時に作った。
『感度良好。聞こえるぞ』
『全機の無線感度良好を確認。風向き130度、風速5メートル。発艦に問題なし。ゼロワン、Clear for take off』
『ゼロワン、ラジャー。Cleared for take off』
左手に掴んだスロットルレバーを前に倒し、エンジンを全開にする。機体は甲板上を加速しながら一直線に進む。一気に艦首まで来ると、甲板の区間が終わり少し海面が近づく。しかし機体はスピードに乗り上昇を始め、完全に飛行状態に移る。そのまま高度五千メートルまで上昇する。後ろを見るとフィーナやサフィに加え、直掩機隊も随時発艦していた。上から見ると艦隊が加賀を中心に輪形陣になっているのが分かる。かっこいいな。
ん? 発艦する時に英語を使っていた理由? かっこいいからだ。もう一度言う、かっこいいからだ。え? せっかく日本の艦艇なんだから管制もそうしろって? はっ、手旗信号を覚えろと? 馬鹿言ってんじゃねぇよ、覚えるのムズいんだよ。かっこよさを重視して何が悪い! 楽して何が悪い!
出撃して30分。高度五千メートルの空に響き渡る三つの魔導レシプロエンジンの駆動音とプロペラの風を叩く音が操縦席の中に響き渡る。煩くも心地良いと感じる音だ。興味のない人々からしたらただの騒音、または戦いを彷彿とさせる音なのかもしれないが、俺はこの音が好きだ。
『ゼロツーから各機。十時の方向に敵性生物をコンタクト。数七』
ヘルメットと一体型のベッドホンから凛とした知的な女性の声が聞こえる。
『ゼロスリー、ラジャ。こっちもコンタクトしたわ』
そして、その声に反応する様に活発そうな女性の声が聞こえる。
『ゼロワン、ラジャ。こちらもコンタクト。ドラゴンなら仕方ない。パトロールから作戦変更。飛行生物の討伐作戦に変更。各機、遅れるんじゃないぞ?』
『はっ、私が遅れる訳ないでしょ? あなたこそ落とされるんじゃないわよ?』
『ほー? 貴族から家出したお転婆娘が何を言う』
『なっ! あなたそれは言わない約束でしょ!?』
『ハッハッハ! 悔しいなら俺より撃墜数を上げてみろ!』
『言ったわね! いいでしょう、その勝負、私の名にかけて勝って見せようじゃないの!』
『閣下、はしゃぐのも構いませんが、戦闘のご準備を』
いなされてしまった。
『ハイハイ。全機、ウエポンズフリー、エンゲージ』
『『了解!』』
足で挟んでいた操縦桿を左に倒し、機首を魔物に向け、左手で掴んでいたスロットルレバーを前に押し、エンジンをフル稼働させる。前に見えるプロペラの回転数が上がり、操縦席に響いていたプロペラが風をたたく独特な音とエンジンの駆動音が更に大きくなる。
すると、魔物達も気付いたのか翼を大きく羽ばたかせてこちらに向かってきた。
ちっ、大人しく飛んどけよ。
『ゼロスリーから各機。敵種識別完了。個体名ルビリアドラゴン。全て同じです』
『了解。・・・先頭の奴、口開いたな。ブレス来るぞ! ブレイク!』
機体を水平状態から時計回りに九十度回転させ、操縦桿を手前に引き、飛んできた赤色のブレスから距離をとる。それに続いてブレスが次々と飛んでくる。が、機体を回転させたり、上昇や下降で回避する。
みんなも適切に避けた様だ。まあ、開幕早々殺られるような新人パイロットじゃないしな。にしても、同高度戦闘か。あまりこの機体でそんな戦闘はしたくないんだけどな。しかも、ヘリコプター並の機動力のドラゴンと。まあ、それは仕方ないんだけど。
『あれ? ルビリアドラゴンって七・七mm通用したかしら?』
『はぁ、あなたは本当に学習能力が無いんですね』
会話からジト目が想像できるのは長年の勘だろう。
『うるさいわね! 私は戦闘専門なのよ!』
お前ら、俺が居ない時なんかいっつも言い争ってるが、あれか? 喧嘩するほど仲がいいってヤツなのか? 俺の部屋まで声が響いているんだから。今や加賀艦内の名物だぞ?
『はぁ、ドラゴンタイプは総合的に当たり所が良くない限りは七・七mmじゃあ傷を付けるだけよ。頑張って二〇mmを当てる事ね』
『りょうかーい』
と、言う事らしいのでスイッチを七・七mmから二〇mmに切り替える。決して、隊長のくせに、分かっていなかったとかそんな事では無い。決してそんな事は無い。
そんな事はさておき、それぞれさっきの回避行動で散開してしまった。
『全機、散開したまま各個撃破せよ』
『『ラジャ、散開したまま各個撃破する』』
操縦席から二機の翼から発砲した機銃の曳光弾が見える。その曳光弾は一直線にドラゴンに飛んでいき、着弾する。すると、
グルワァァァ! と、声を上げながら体から血を吹かせ、二体のドラゴンが墜落していく。運悪く、翼の付け根に弾が当たったドラゴンは翼がもげていた。…痛そう。
部下達が頑張ってるし、俺も始めようか。操縦桿を動かし、機首をドラゴンに向ける。もちろん、ドラゴン達もただの的ではなく反撃してくる。といってもブレスしかないんだけどね。近くに行ったたら噛み付かれるから間合いを取っておかないと。飛んできたブレスを機体を回転させて躱し、光学照準器の中にその姿を捉える。そして、トリガーを引く!
ダダダダダ! と翼内機銃の二〇mm弾が発砲音を響かせ飛んで行く。曳光弾も飛んでいき弾道が見える。飛んで行った弾がドラゴンに命中する。どうやらヘッドショットした様だ。やったぜ。残り四体か。
あ、そうそう。ドラゴンと言われるとラスボス級の強さを持つ作品も世の中にあるが、この世界でもそういう奴はいる。でも、全部が全部強い訳じゃなくて今戦ってるやつは中堅クラスだ。高ランクのドラゴンなんて知能が高すぎて戦闘機じゃ無理。ヘリコプターか、それこそ聖剣持ちの勇者様じゃないと。
さて、残りを駆除しようか。
エンジン全開で、発砲しながらドラゴンとの距離を縮める。何発か胴体に命中したが、致命傷にはなってないようだ。血を出しながらも飛んでいる。距離が三十メートル程になった時、口を開いてきた。
口の中が赤くならない所を見ると噛みつきだろう。狙いは翼かな。でも、そんなに甘くはないッ!
操縦桿を右に倒し、機体を回転させて躱し、横を通り過ぎる。後ろを見ると、攻撃が躱されたのが悔しいのか、睨み付けて来ている。
おー、怖い怖い。そんなに睨まなくても良いじゃないか。おっと、反撃のブレスかな? 無駄だァ!
吐かれたブレスを機体の上昇で回避しようとする。しかし、
ゴォォォォ! と、音を立てながらブレスに尾翼が飲まれた。
くっ、さすがに上昇で躱すのは無理だったか。フラグ回収しちまったぜ。塗装が剥げて、先端が溶けているが問題は無い。
『隊長! 無事なの!?』
『閣下、無事ですか!?』
『ああ、無事だ。尾翼を少しやられたが支障はない。むしろ、尾翼で助かったぐらいだ。お前らは大丈夫か?』
『ゼロツー、ノーダメージ』
『ゼロスリー、主翼の右にブレスをもらって片方の機銃が使用不能。しかし、作戦に支障無しです』
『なら、そのまま作戦続行。俺のことは気にせずやってくれ』
『『…了解』』
この借りはしっかり返してやる。
スロットルレバーを一番手前に戻し、出力をゼロにする。そして上昇中の機体を、
「捻り返すッ!」
操縦桿を引きながら左に倒しながら、フラップを展開し、最小半径で180度回転する。急激な機動で身体に物凄いGがかかる。視界が少し黒くなるのを耐え、何とか回りきった。
そのまま一気に急降下する。身体が背もたれに押し付けられる。痛い。しかし、目を開いて照準器の中にドラゴンを捉える。口を開いている。ブレスか。
「だが、もう遅いんだよ。堕ちろ」
引き金を引くと、20mmの弾丸が機体の速度に加え、火薬の圧力で物凄い速度を出してドラゴンの口の中や身体の中に入っていく。すると、ドラゴンは羽ばたくのをやめ、口から小さな炎を出しながら堕ちていく。
「ふぅ。あとは一体か」
どうやら、この戦闘中に二体やってくれた様だ。機体を水平に戻し、残ったドラゴンを見る。ドラゴンはボバリングしながらこちらをじっと睨んでいる。
少しするとドラゴンは何もしないままどこかへ飛んでいった。
スロットレバーを元に戻し機体を水平にする。機銃スイッチを中心にして万が一の時七・七mmと二〇mm機銃の両方が撃てるようにする。フィーナとサフィも俺の斜め45度後ろをついてくる。
『はぁ! 勝ったわね!』
『えぇ、何とか。しかし、攻撃を受けてしまったのは不覚でした』
『何も攻撃を受けるのは不思議なことじゃない。大体、攻撃を受けたのは俺も同じだ。気にするな』
『はい』
『よし、ミッションコンプリート。RTB』
艦隊の方向に機体を動かし、帰投体制をとる。
何とか勝ったな。最初、七体もいた時は正直焦った。でも、何とか勝てて良かった。金剛のレーダー改良して、数までわかるくらい正確にしないと。いっその事これにレーダー積むか。でも、小型化が今のままじゃ難しいんだよなぁ。はぁ。課題だらけだ。くそ、なんか疲れた。帰ったらフィーナをモフってやる。
『あー、あのさ言いにくいんだけど』
『あの、閣下。声に出てます』
二人の通信から驚きの発言! まじかよ!
『え!? あ、気にするな! 冗談だからな!』
『うーん、取り敢えず、帰投したら速攻で部屋に逃げ込むかなぁ?』
『クッソォォォォ!』
何か、サフィの機体から黒いオーラが出てる様な気もするが気のせいだろう。
帰投を初めて15分。
『あと半分だねぇ。ねぇ機体は大丈夫なの?』
『あぁ。少しだけ効きが悪いが支障はない。サフィは?』
『私は、変化なしです。依然として左機銃は使えませんが問題ないです』
『了解。慎重に飛行するぞ』
『『了解』』
無線を終えてすぐ、また別の無線が入った。
『こちら、加賀管制! ヴァルキリー、応答願いします!』
『こちらヴァルキリー、ゼロワン。何か異常か?』
『緊急です。艦隊が海龍シリューベルダと戦闘状態に入りました!』
『シリューベルダ!? そんな馬鹿な!? ヤツの生息域は西の海域のはずだろ? とりあえずそれは置いといて、戦闘状態と言ったな! 状況は!?』
『現在、航空機による攻撃と艦隊による砲雷撃戦の最中です。しかし、何度も避けられ有効打は何度も与えていますが、致命打は与えていません。しかもシリューベルダ出現時に、ウォーターレーザーによって、羽黒の一番、二番砲塔が吹き飛ばされました。しかしそれ以上の損害はありません!』
『了解した』
『よって、ヴァルキリーは空域到達後、戦闘支援を開始してください』
『了解。空域到達後、戦闘支援を開始する。各機。聞いたな? ミッションアップデート。目標、シリューベルダの討伐または撃退。ミッションスタートだ』
『『了解』』
よくも、俺の羽黒を壊してくれたな。この借りはキッチリ返してやる。
シリューベルダ、この世界の西の海域に生息する魔物。瑠璃色の東洋型龍の姿で悠々と泳ぎ、船を見つけては襲う習性がある。そのせいで貿易船が何度も沈められていることから通称貿易殺し、と呼ばれている。
艦隊が見える位置まで飛んでくると魚雷攻撃と爆撃の水柱が見える。なんで艦砲射撃してないんだ?
『ねえ、ゼロワン。あれだよね?』
『ああ、何発か当たった痕があるし、出血箇所も見える。有効打は与えている様だな』
『しかし、依然として倒せていないようです。かなり体力があるものかと』
『そうだな。10分でまだ倒せてないのを見ると致命打は与えていないようだ。加賀管制、こちらヴァルキリー。残り5分で戦闘領域に到着。到着次第、支援を開始する』
『こちら加賀管制、了解。現在、魚雷や主砲、爆弾は何発か命中しておりこちらが優勢です。では、ご武運を』
『ゼロツー、ゼロスリー。最後の仕事だ、気を引き締めてかかるぞ』
『『了解』』
スロットルレバーを使い、出力を全開にする。機体のスピードが上がり、どんどん艦隊が大きく見えてくる。
大きく見えてくるにつれ、大きく細長いものが見えてくる。シリューベルダだ。海面から東洋龍独特の顔を出し、艦隊を見ている。そのままならかなり大きな強敵のように思えるのだが身体の所々に赤い液体が流れていて、弱っているようにも思えてくる。
その側面に独特なシルエットをもつ三機の編隊が低空で近づく。流星だ。三機の流星編隊はある一定の距離から上昇を始めるのが見えた。編隊がいた海面を見ると白い三本の線が見える。それを見たシリューベルダがそれを避けようと動き始める。しかし、避けるより先に三本の線の内一本が尻尾に到達するとと大きな水柱を上げる。
ギュルァァァ…。痛みからなのか叫び声が微かに響く。その上を見ると急降下する四機が見える。彗星だ。四機の彗星は急降下で距離を一気に縮めると胴体の爆弾倉を開き五〇〇キロ爆弾を投下する。
叫びながら上を向いていたシリューベルダが落ちてくる爆弾を見ながら口を開く。すると一瞬青く口が光り、一筋の水線が伸びる。固有魔法、ウォーターレーザーだ。水線は四つの爆弾を切り裂き空中で爆発させる。しかも、爆弾を貫通して伸びる水線は丁度その場から離れようとしていた二機の彗星の胴体、主翼の片方をもぎ取る。中のパイロットは風防を開いて飛び降り、落下傘を開き脱出する。よく海面を見てみると何機か撃墜されていて、パイロットも何人か浮いている。
あーだから艦砲射撃出来てない上に爆撃の位置が偏っているのか。
クソッタレが。俺の大切なものや仲間を傷つけやがって。許さん。
俺は降下を初めて照準器の中にシリューベルダの姿を捉える。そして照準器の中心にその頭部を収めて、引き金を引き、機銃を撃つ。四本の弾道がシリューベルダの頭部に伸び、着弾する。しかし、火花を散らすだけで特にダメージはない。それはフィーナとサフィも同じのようだ。
えぇい。やはりこいつには豆鉄砲か。でも、こっちを睨んでるし、囮としては役に立つだろう。
『ゼロワンから各攻撃隊へ、魚雷、爆弾を使用した機は即帰投し補給した後、即攻撃を再開せよ。囮はヴァルキリーが引き受ける』
『団長! しかしそれでは全ての攻撃がそちらの小隊に向いてしまいます!』
『安心しろ、この中じゃあ一番長く乗ってるんだ。そうそう当たるものでは無い。いいから急げ! 俺達だって体力の限界って物があるんだ!』
『『『『了解!』』』』
なんか立っちゃった様な気もするが、そんなのぶっ壊してやる。
無線を聞いて、雷撃や爆撃を終えた機体が加賀に帰投していく。その機体達に気付いたのか、俺達から目を逸らし帰投機に向かって行こうとする。まあ、速度差は歴然でどんどん離れていくんだけどね。でも、帰投していく機体を追いかければ追いかけるほど艦隊が近づいていく。
『ねえ、早くしないとアイツ本気で艦隊を狙ってくるよ!』
『可能性はあります、急いでこちらに引き付けましょう』
『ああ、そうだな。急ぐぞ、狙うのは顔にしろ!』
『『了解!』』
依然として機体を追いかけるシリューベルダに顔を狙い機銃を掃射する。しかし、海の中にいるからか弾の威力が少し落ちてあまり挑発になっていない。
あーもう! こんな事になるなら潜水艦でも作っておくんだった! 帰ったら潜水艦を優先建造だな。ああ、魚雷に追跡能力を付けるのもありだな。ってかさっき囮になるとか大層な事言った割には逃げられてるし! 威厳が落ちるから上がって来やがれ!
個人的理由で挑発される可哀想なシリューベルダは二〇mmの弾丸を全く気にせずスイスイ進んでいく。しかし、それは二〇mmの弾丸だからである。
『加賀管制より全航空機へ。十秒後に艦砲射撃を開始する! 全航空機は射線上から直ちに退避せよ! 繰り返す、全航空機は射線上から直ちに退避せよ!』
しかし、艦砲射撃の十二・七cm以上の弾丸ではどうだろうか。答えは明白である。
艦隊からシリューベルダまでの直線を飛んでいた全機体が散開して、射線が開く。俺達も例外ではなく、機体を動かし射線から逸れる。すると、主砲から発砲炎が見えその後、すぐにドドドドドドン! と発砲音が聞こえる。
一斉射したな。ここで豆知識。なぜ発砲音がドン! だけで終わらないのかというと射撃する時、衝撃波で隣の弾丸が軌道をそれるのを防ぐため、コンマ何秒の単位でずらして発砲しているからだ。これは連装砲特有の射撃方法だ。
発砲音が聞こえて一、二秒後に何本もの水柱がシリューベルダのシルエットの周りに立ち上る。何発か当たったのか身体に傷が増え血を流すシリューベルダが海面に上がってくる。もう力がないのか浮かんだまま動かない。傷をよく見ると所々貫通してしまっている。傷の大きさから三十五・六cm砲、つまり金剛の主砲が当たったんだろう。
あれ? これ死んでね? 囮…意味無いじゃん。
『ねぇ、囮って豪語してたの誰だっけ? 無視された挙句、艦砲射撃で倒されてるし。ねぇねぇどんな気持ち? ねぇねぇどんな気持ち?』
などと無線からフィーナがニヤニヤしながら煽ってくるのが聞こえる。
『閣下、部下を鼓舞するお言葉流石です』
と素直に褒めてくれるサフィ。その二人の反応を聞いて俺は決めた。
『サフィ、後で何か好きなご褒美をやろう。フィーナ、お前後でモフモフだ。ミッションコンプリート、RTB』
『ご褒美…』
『ねえ待ってよ! 煽ったのは謝るから、モフモフだけはやめて! いや、やめてください!』
叫びたい気持ちを抑えて放った無線と、喚く無線が聞こえるが気にしないでおこう。一体モフモフのどこが嫌なんだろう? 何回もモフっているがその度にだらしなく幸せそうにふわふわした顔してるのに。
その後、さっき帰投していた攻撃隊の着艦を艦隊上空を旋回しながら観察する。流石みんな上達してるな。最初の頃はグダグダで何機か海に沈んだし。実際、俺も上手く着艦出来なかったんだよなぁ。
他の艦を見てみると、金剛、羽黒、熊野は水上機をカタパルトから発艦させていた。撃墜されたパイロットの救助に向かっているのだろう。
そんな事を考えていると並んで飛んでいたサフィが編隊から外れて着艦体制に入っていった。どうやら順番が来たらしい。艦尾から侵入しランディングギアとフラップを展開する。そして尾翼にぶらさがっているフックを甲板に張ってあるワイヤーに引っ掛けて減速し機体を止める。着艦成功だ。
流石。乱れもなく綺麗な着艦だ。
すぐ様サフィが機体から降り、周りのゴーレムと整備員が機体を押してエレベーターまで持っていき、格納庫へ降ろす。そこまで見るとフィーナの機体が編隊から外れて着艦体制に入る。この流れで着艦を繰り返す。
よし、最後は俺の番だな。さっさと着艦してモフらなければ。機体を降下させて加賀の進行方向の真後ろに移動する。
『こちらゼロワン、これより着艦を開始する。誘導を求む』
直線に伸びる甲板の延長線上に機体を移動させ、スロットルレバーを手前に動かし、エンジン出力を下げる。
『こちら管制。了解。これより誘導を開始する。コース、速度共に適正。着艦まで残り五百メートル』
フラップとランディングギアを展開させ速度をさらに落とす。この時、目の前には着艦指示灯と呼ばれるライトが光っている。簡単に言えば着艦する際のコースが適正かをパイロットに知らせる装置だ。今は適正状態を表しているため、そのまま侵入する。
『着艦まで後百メートル』
さらに速度を落とす為機首を上に向ける。これがいちばん怖い。何故なら、甲板が見えなくなるからだ。しかし、これをしないとランディングギアが着陸の衝撃に耐え切れずにに壊れてしまう。ここまで来ると後は勘と経験が物を言う。そして、
「ランディング…ナウ」
同時に機体がドシッ! と音を立てて急減速する。フックがワイヤーにかかったのだ。そのまま、甲板中央を過ぎたあたりで機体が完全に止まる。すぐに風防を開き機体から降りる。そして、甲板上に出てきていたフラックに声をかける。
「フラック! すまん、尾翼に攻撃を食らった! 治しておいてくれ!」
「何? あーなるほど。分かった修理しといてやる!」
「すまない!」
「なーに、気にするな。むしろ仕事が出来て助かる! ガッハッハッ!」
と笑いながらゴーレムと共にエレベーターで格納庫に降りて行った。
仕事出来て助かるとか、社畜かよ。
「さて、フィーナ! サフィ!」
二人を呼ぶと走ってこちらに来る。
「はーい、お疲れ様―」
「お疲れ様でした、閣下」
「お疲れ様。怪我は無いようで何よりだ。で、サフィ。ご褒美は何がいい?」
そう聞くと、サフィはビクッとして顔を伏せながら、小さな声で
「頭を、撫でて下さい」
おう、保護欲がそそられるお願いの仕方だなぁ、おい。
「そんな事で良いのか?」
「はぃ」
「じゃあ、今日は一緒に飛んでくれて助かった、ありがとう」
と、笑顔にサフィのライトグリーンの髪を持つ頭を撫でる。
サラサラしていてで気持ちいい。
「はい、これでいいか?」
「ありがとうございます、閣下」
うん、クールにお礼してくれたのは良いけど、鼻血を止めてからの方が良かったかもね。さて、じゃあするか。
「おい、フィーナ。どこへ行こうと言うんだい?」
そろりそろりと俺から離れようとしていたフィーナに声をかける。
「え!? いや、お部屋へ戻ろうかなぁと」
そんなにビクッと反応しなくても良いじゃないか。そんな怖い事しないから。ね?
「言ったよな、モフるって。なぁーに、ほんの少しだけだ。すぐ終わるよ。大丈夫だから。ね? こっちにおいで?」
「謝ったでしょ? しかもこっちにおいでとか言いながら貴方が来てるじゃない。しかもハアハア言いながら。怖いんですけど、謝ったからね? 許して?」
と、手を合わせてこちらを見てくる。が、
「問答無用!」
「にゃー!」
あ、コラ! 逃げるんじゃない!
甲板の上を全速力で逃げ始めるフィーナ。俺も全速力で追う。しかし、フィーナは獣人。身体能力は人間より高い。俺は引き離されている。でもね?
「ここって、異世界なんだよ。魔法って言うのがあってね。何も魔物を倒すだけが魔法の使い方じゃないんだよ。ピ〇リム! じゃなかった、スピーリア《速度上昇》!」
速度上昇の魔法をかけ、スピードが急激上昇する。一瞬で追い付き、フィーナの前に立つ。
「何でよ! ずるい! 魔法は反則よ!」
「ハッハッハ! 残念だったな! さて、モフモフさせてもらうぞ。ハッ!」
フィーナの目の前に移動し、まずネコミミを付け根から先端までモフる。
「やめぇニャ」
変な声を出して、顔を赤くしてアワアワしだすフィーナ。それでも俺はやめず、耳をモフりながら背後に移動し尻尾を軽―く撫でる。すると、
「フニャン!」
と、声を出して身体をゾクゾクさせながらへたり込む。
ハッハッハ。もう堕ちてきたか。だがまだだ。
へたり込んだフィーナの耳と尻尾を同時に撫でたり、ワサワサと毛並みを崩したり、ソォーっと指でなぞったりする。
「ニャァ、もうやめてニヤァ、フニャァ」
「俺を煽ったバツだ。と言っても気持ちいいんだろぉ? さあ、最後の仕上げだ」
もっと激しくテクニカルに撫でる。そして、
「ニャァァァァ!」
と、艦上に大きく色っぽい声が響いた。
その日、艦内では団長が副団長を飛行甲板の上でまた堕としたとの話題で持ち切りになった。
ん? またとはどういう事だ!
END
異世界無双~自転車と女の子達を添えて~
もよろしくお願いします!