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こぼれたミルク  作者: 若松ユウ
Ⅰ 平穏な日常
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008

 通り雨も夕立も局地的豪雨も、気象用語では驟雨というそうだ。

 朝に湿度が高かった時点で怪しむべきだったのだろうけど、昼までは晴れていたこともあって、すっかり油断してしまっていた。

 通勤通学客で混み合う車内のドア際に立ち、誰かと視線が合わないように窓外を見るともなしに見ていると、降りる駅に近付くにつれ、ガラスに水滴の跡が流れるようになり、キンダーガーデンに着く頃には、鞄もスーツもしっとりと濡れてしまった。

 ホンに急かされたせいもあって、オフィスの入り口に立て掛けてある置き傘を持って出るのを忘れてしまったのが、この為体(ていたらく)の直接原因である。

 

「この時期は、にわか雨が多いですからね。中は濡れてませんか?」

「えぇ。どうも、外側だけみたいです。すみません」


 朝と同じチューリップの描かれたピンクのエプロンをした女性保育士は、園舎の軒先に現れた僕の姿を見るやいなや、獣性を全く感じさせないクマが描かれたバスタオルを取りに走って行った。

 そして、僕が髪やスーツの水滴を拭っている内に、彼女は僕の手から鞄を取り上げ、別のタオルで表面を拭いてから返してくれた。

 タオルを返し、鞄を受け取って中を検めている間に、ミキが僕の存在に気付き、帰り支度をして駆け寄って来た。


「あはは。パパ、ぬれてる~」

「えへへ。会社に傘を忘れて来ちゃってね」

「もう。パパったら、うっかりやさんなんだから」


 どこで、そんな言葉を覚えたのだろうか? 全く以って、子供と言うのは、無邪気なものである。そして、色んな所から様々な事を貪欲に吸収していくものでもある。

 だからこそ、周りの大人は、善き見本となるようしっかりしないといけないのだろうけど、なかなかどうして、上手くはいかないものである。失敗を真似せず、反面教師として捉えてくれると、親としては助かるんだけどなぁ。


「よければ、これを使ってください」

「あっ! えんちょうせんせいのかさだ」


 オッと、いけない。教育の難しさについて一考している場合じゃなかった。

 問題は、今は雨が降っていて、僕には傘が無いことだ。

 女性保育士が持って来た傘は、ふくよかな園長先生の物だというだけあって、大人が二人並んで差しても問題無さそうなくらい大判だ。借りる上で支障があるとすれば、男性の僕が使うには少々派手なバラ柄であるという点だろうか。


「有難いのですが、持ち主が困りませんか?」

「いいえ、大丈夫です。園長先生なら、今日は、もうお出掛けにならないそうですから」

「パパ。かしてもらったら?」


 ここで突っぱねるのは、却って失礼だろうと判断した僕は、大輪のバラを咲かせて帰ることにした。

 家に帰って先に二人で夕食を済ませていると、遅くに帰って来たミネが、エントランスの傘を見て僕に問い詰めてきた。そして、ミキが間に割って入って事情を説明するや、ミネは暫く抱腹絶倒した。

 今日も我が家は、実に平和である。

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