061
季節は進み、冬期休暇が終わり、コートが必要な寒さになってきた。
ミキは、ダッフルコートに加えて、ニット帽とマフラーもするようになった。
さすがのミネも、外出にはトレンチコートを羽織るようになった。
それでも、ホンは頑なにコートを着て来ようとしない。
「寒いよね、ホン?」
「そんなことは、ない」
「本当かな?」
「ヒッ! 何すんだよ」
やせ我慢だろうと思い、僕は、マフラーひとつしていないホンの無防備な首筋に、そっと手袋を外した手を押し付けてみた。すると、ホンは顔面を蒼白に引き攣らせて怒ったので、やはり寒いんじゃないかと確信しつつ、手袋を嵌め直しながら謝った。
「ごめんね。手が冷たいから、温めようと思って」
「俺で暖を取ろうとするなよ。せめて、一声掛けてからにしてくれ」
本気で嫌がっている様子なので、からかうのは、これくらいにしておこう。
そうこうしているうちに、僕とホンは、いつの間にか行きつけとなったカフェに到着した。僕はクラブハウスサンドを注文し、ホンは、店前の立て看板に「寒い日にオススメ」と書かれていたパエリアを注文した。
店内には、薪がパチパチと爆ぜる暖炉があり、セントラルヒーティングが整ったオフィス内とは違った温もりに包まれていた。僕はコートを脱ぎ、マフラーも外したが、ホンは外にいる時と変わらない恰好のままだ。
「暖房が効いてて良かったね、ホン」
「あぁ、まったくだ。生き返る」
ホンが席に着いている間に、僕はコートのポケットからスーツのポケットへと貴重品を移動させ、コートはマフラーと一緒に壁際のハンガーへ掛けた。その時、色々あって忘れかけていた物事を二つ思い出した。一つは、そのまま忘れてしまえば良かったのに。
「どうした、セキ。財布を忘れたか?」
「ううん、違う。ちょっと、用事を思い出しただけ」
「ふーん。それは、仕事関係か?」
「いや、プライベート関係」
「そっか。それなら、覚えてるうちにメモしておけ。俺は、トイレを借りてくる」
そう言って、ホンは前屈みになりながら席を立った。
気を遣ってくれたのか、それとも、ただ単に小用が近かったのかは知らないけれど、今のうちに書き留めておこう。
ジャケットの内ポケットからメモパッドとボールペンを取り出し、二行に四単語を綴った。一つは「義姉、封筒返却」で、もう一つは「春休、遊園地」である。