058
手帳に連絡先を控えていなければ、こんな事をせずに済んだかもしれない。今更になって後悔しても、手遅れだろうけど。
比較的こじんまりとした通信室で、僕は弟の職場に電話を掛けていた。横では、コトが聞き耳を立てている。
「……という訳です」
『へへっ。兄さんの友人も、面白い事を考えるもんだな。よかろう。その作戦、乗った!』
こんな御調子者が局長では、ラジオも先が見えてるなぁと思いつつ、僕は通話口を片手で覆って溜息を吐いた。
すると、瞳をらんらんと輝かせたコトが、僕の肩を叩き、親指と小指を立てた手を耳の横に添え、電話を代わるように求めてきたので、受話器を渡した。
「もしもし。お電話代わりました、コトです……」
この後、二言三言やり取りをしてから、コトは受話器を置いた。
そして、僕の方を向き、腰に手を回すと、廊下へと歩きながら言う。
「あとは、世紀の名詩を考えるだけだよ、セキくん」
「本当に実行する気かい?」
「怖気づいたのか? 責任は、スポンサーが取るから安心しろ。チューニングのミスととして事後処理する算段も出来てる」
「だけど、悪戯じゃ済まない気が……」
「なぁ、セキ」
僕が作戦から降りようとするのが気に入らなかったのか、コトは歩みを止め、選べない選択肢を提案してきた。
「セキに残された道は、二つある。一つ。このまま俺の作戦に乗り、仔犬ともども家族が待つ家へ無事に帰宅する」
「もう一つは?」
「作戦を断る代わりに、タクシー代からディナーに掛かった材料費まで、全額支払う。所持金が足りないなら、その分だけ働いて貰うけど、あのワイン一本で、リムジンが三台は買えると言っておこう。どうする?」
後者を選べば、一生、ここで働き続けなければならない事は、目に見えている。僕も、そこまで意地を張るつもりは無い。
だから、決して能動的ではないけれども、この難局を切り抜ける打開策が他に思い付かないので、反対するのを止めることにした。
「……協力します」
「それでこそ、親友だ。そうと決まれば、書斎に行くぞ!」
コトは、腰に回した手を引き寄せ、ずんずんと歩き始めた。
僕は、早足で歩きつつ、コトと友人になって本当に良かったのかと、疑問に思い始めた。