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こぼれたミルク  作者: 若松ユウ
Ⅴ 冷たい親族と温かい友情
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 ビリヤードでボロ負けした後、サウナで我慢比べ大会に付き合わされ、のぼせた身体を休めてからディナーとなった。

 ディナーについて簡単に感想を述べておくと、ワインがキリッとした辛口だったり、ムニエルの上にキャビアが載せられていたり、グラスや皿を傷付けたり割ったりしないように注意したりと、普段とは勝手が違ったため、どこかぎこちなかった。

 さすがに、フィンガーボールの水を飲むような真似はしなかったが、コトには、テーブルマナーに不慣れな僕の仕草が滑稽に写ったようで、終始ニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 そして、食後の今は、ホームシアターでスパイ映画を観ている。スクリーンでは、二枚目のスパイが、ターゲットの美女と接触し、高度に政治的な駆け引きをしている。


『貴方、その場にいらしたの?』

『いいや、ラジオで。方法は、貴女もよくご存知の筈です』

「ふふっ。まさか、同じ手でやり返されるとはねぇ」


 シルクのローブを着たコトは、僕が隣に座っていることも忘れて映画に夢中になっているようで、先程から独り言を漏らしている。

 映画自体はスリリングな展開で、たしかに愉快なのだが、僕としては、ミネやミキに申し訳ないと思う気持ちが心の片隅にあって、どうにも作品世界に入り込めずにいた。

  

『何か言い残すことは、あるかしら?』

『詰めが甘い、とだけ言っておこう』

「ヒュー。俺も、こんなセリフ、言ってみたいな~」


 いつ、どこで言うつもりなのか、というツッコミは入れないでおこう。

 さて。映画もクライマックスに向かっている所ではあるが、ここで、ディナー中に聞いたコトについての情報を付け足しておこう。

 まず、両親は健在だが、家の事は、ほとんど一人息子のコトに任せていて、今はプライベートヘリで南の島にいるのだという。この話は、テーブルに着く際、背もたれが一番高い椅子に座らされた時に言われた。


「旅行中とはいえ、父親が存命なのに、座る気にはなれないよ」

「それを聞いたら、僕も座ってられないよ。剣が降ってきそう」

「ハハッ。セキは哲学者だな」


 というやり取りをしたことは、記憶に新しい。もちろん、この後すぐに別の席へ移動したとも。大統領の椅子を巡る等というように、椅子には、権力や立場を表す意味合いが含まれているのだと実感した。

 それから、コトの妻は、結婚してから二年目の冬に亡くなったということも知った。静かにシャンデリアが輝く天井を指差し、小さく両手を組んで目を閉じてから、声のトーンを落として告げたコトに、僕は「悪い事を聞いてしまった」と思ったが、コトが「過ぎた事だから、深刻な顔をするなよ」と言うので、気にしないフリをする事にした。

 もともと、レッドアイズは劣勢遺伝で短命傾向にあり、大半がブルーアイズ等との混血で、コトのような純血は絶滅寸前である。

 

「子供は居ないし、養子を取る気もないから、あとは俺の好きなように生きようと思うんだ」


 そう語るコトの表情は、どこか切なさが滲んでいた。近い将来に一人になってしまうと分かっていて、それを受け入れる気でいながらも、社交的な性格のコトとしては、寂しさが隠し切れないのかもしれない。

 

「はぁ~、面白かった」


 振り返っているうちに、映画はエンドロールに切り替わっていた。

 あとは、荷物が置いてあるゲストルームのベッドで、明日に備えて眠るだけ。

 そう思っていると、執事さんが珍しく真っ赤な顔で汗だくになりながら、駆け込んで来た。その手には、何故かミネが使っているハンカチが握られている。


「ご観覧中に失礼いたします。セキ様。つかぬ事を伺いますが、ご家庭で仔犬をお飼いでしょうか?」

「はい。小麦色の仔犬を」


 僕が答えると、執事さんは「やはり」という顔をして、僕について来て欲しいと頼んできた。呼ばれたのは僕だけだったが、コトも「面白そうな匂いがする」と言って一緒について来た。

 執事さんが案内した先に何が待っていたか、おおかた予想が付いていそうだが、一度、ミネ側に視点を移してから、この続きをお話ししたいと思う。 

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