052
冬の空には、鉛色の雲が垂れこめていた。
雪こそ降っていないものの、寄る辺の無い不安も相まってか、心細かった。
凍りかけた路面で足を滑らせないように気を付けつつ、ザクザクと斑に出来た薄氷を割りながら当てどなく道を歩いていると、ハーモニカの演奏が聞こえてきた。
それは、ともすれば木枯らしに掻き消されそうなくらい小さな音色であった。僕は、そのメロディーに、どこか懐かしさを感じ、自然と演奏者の方へと引き寄せられるように歩いて行った。
耳を頼りに音の出所を探る事、数十分。壁には蔦が生え、屋根は苔生した古い邸宅の前に横付けしたリムジンに、銀髪紅眼で、肩まである髪で片目を覆い隠した同い年の男性が居た。
僕は、目を閉じて演奏に夢中になっている彼に向かって声を掛けた。
「今日は運転手ごっこかい、コト?」
コトと呼ばれた彼は、白手袋をした手でハーモニカをスーツの内ポケットに仕舞いながら言った。
「ごっことは失敬だぞ、セキ。正真正銘、国の許可を得た立派な個人タクシーなんだから」
「あぁ、そう。執事さんは元気?」
「早くくたばっちまえと思いたくなるくらい、図太く生きてるぜ。まぁ、乗れよ。ヒーターを入れるから」
そろそろ冷えた耳が痛くなって来ていたので、お言葉に甘え、助手席側に回り、ドアを開けて乗車した。車に乗ってすぐ、コトは運転席横の窓を閉め、暖房を操作し始めた。
「後ろに乗れよ」
「庶民には気が引けるって。第一、タクシーにリムジンを使うなよ。誰も道で手を上げないだろう」
「そうなんだよ。乗り心地を優先したんだけど、裏目だったみたい。これでも、家にある中では一番安いクラスなんだけどさ」
ここまでの会話で、もう勘付いてる事と思うが、コトは、サラリーパーソン家庭に育った僕とは比べ物にならないくらい、桁違いの富豪である。
人懐っこい性格をしているのと、誰にでも分け隔てなく接する態度から、ハイスクール時代は人気者だった。ただ、要領は良いが学習意欲は低いので、成績は赤点すれすれで、虎の巻を一夜漬けしては、テスト終了と同時にデリートするタイプだった。
そもそも、わざわざ学校に通わなくたって、家庭教師を五人でも十人でも雇える財力があり、事実、十二歳まではチューターが居たという。それで、ワンツーマンで勉強するのに向いていなかったため、ハイスクールへ編入したのだという。初めて聞いた時は、次元が違いすぎると思ったものだ。
「で、どちらまで?」
「それが、行く当てが無くてさ」
「何か事件でも起こしたのか? トランクから異臭はしないけど」
「違うよ。話せば長くなるんだけど……」
どこから話せば良いものかと思いつつ、僕は、これまでの経緯についてコトに説明し始めた。