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こぼれたミルク  作者: 若松ユウ
Ⅴ 冷たい親族と温かい友情
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 何を思ったのか、ホンは自分の身内について話し始めたのだ。

 長く同じ職場で勤めていても、お互いの生まれ育ちといったプライベートな事までは知らないし、知ろうとしないのがビジネスマナーだと心得ていたので、結構、新鮮な話が多かった。

 ホンの父親は漁師で、母親は小料理屋を営んでいて、更には姉がいるという事も、すべて初耳だった。車や飛行機には強いが、船の揺れには弱くて酔ってしまうというのも、意外な素顔を垣間見た気がした。知ってるつもりでも、知らない事はあるものだ。

 それから、店の常連や幼少期の同級生の話になった頃には、ホンはメロンを半分平らげる寸前だった。


「交友関係がバラエティーに富んでるね」

「自分が持ってないモノを持ってる奴の方が、変に張り合わなくて済むから気が楽なんだ」

「自分は自分、他人は他人ってこと?」

「そういうこと。――久々のメロンは、美味いな」


 ホンは、食べ終わった皮をゴミ箱に捨て、もう半分のメロンに手を伸ばそうと立ち上がった時、何かを思い出し、スプーンをメロンの窪みに置いた。そして、羽織って来たマウンテンパーカーのポケットをココかソコかとコソコソ物色してから、一枚の光沢紙を僕に見せた。ポップな三毛猫のイラストともに、猫耳メイド喫茶にゃんにゃんイヤーという、キャバレーの店名が書かれていた。以前の出来事を覚えていれば、嫌でも笑いを誘うつもりだと勘付く。なので、ここは、あえて冷静に。


「同じギャグは食わないよ」

「バレたか。手厳しいな、セキは」


 ヘヘッと笑って後頭部を掻くと、ホンはジャケットの内ポケットから、四つに折り畳まれた画用紙を取り出した。

 

「ここへ来る前に、セキの家に寄って来たんだ。そこでミネさんから、セキがここに居る事も聞いたんだが、その話の途中で、ミキちゃんに渡されたんだ。パパにあうまであけちゃだめよって言われたんで、中に何があるかは知らない」


 そう言って、僕の手に画用紙を乗せたホンは、再びパイプ椅子に座り、メロンを食べ始めた。

 一体、ミキはホンに何を託したのかと、期待半分、不安半分がマーブル状に入り交じった気持ちで、慎重に開いてみた。

 すると、そこには黄色と青のパステルで描かれた笑顔と共に、赤のパステルで「よくな~れ、よくな~れ」と書かれていた。

 感動なのか、寂しさなのか、うまく言語化できない気持ちが溢れてきて、思わず泣きそうになった時、ホンは水を差すように、至極呑気に言った。


「気に病むことが娘の無事なら愛はあったかなままだが、もしも妻の浮気なら、愛は冷え切ってるぜ?」

「それがメロンを食べながら言うこと?」

「話題作りじゃねぇか。泣くのは、我が家に帰って再会してからにしろ」


 まったく。急に正論を言われては、噴出しかけた感情も、理性で蓋されてしまう。たしかに、泣いてる場合じゃないからな。

 

「……そうするよ。ありがとう、ホン」

「礼なら、愛娘に言え。俺が書いたんじゃねぇ」


 照れ隠し、かな。この数時間で、ホンの事に、随分、詳しくなったものだ。

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