005
辿り着いたカフェは、外壁に蔦が這い、内装はブラウン系にまとめられた、大人っぽく落ち着いた空間だった。ただ、学生街が近いため、表の通りにも店内にも若者が多く、賑やかな音と声で溢れている。
気難しい婦人や静謐を愛する御仁なら、眉を顰めたり目くじらを立てるところだろうけど、僕としては、これくらい活気があった方が好ましいと思う。息をする音も聞こえそうなくらい森閑としていると、却って緊張してしまう。
「姉さん女房とは、最近どうだ?」
「ミネとは、何とか上手くやってるよ」
大皿に乗ったミートボールスパゲッティーを、右手にフォーク、左手にスプーンを持って巻き取りながらホンが尋ねてきたので、僕は、平皿に五つ並んだエッグレタスサンドの内一つに伸ばしかけた手を止めて答えた。
念の為に注釈しておくと、ホンとミネは面識があり、ミネが僕より三歳年上であることを知っている。
「吼えたり噛みついたりして来ないか?」
「ホン。僕は、虎や狼と結婚した訳じゃないんだよ?」
「似たようなものだろう?」
「全然違う」
全否定してからサンドイッチを手に取って一口齧りつつ、ふとホンの手元を見ると、ワンコインとは思えないほど山盛りになっていたミートボールスパゲッティーが、僅かにトマトソースを残すだけとなっていた。
ちゃんと咀嚼できたのかという心配や、よく胃袋に収まったものだという感心を通り過ぎるくらいの健啖家ぶりに呆れているとはつゆ知らず、ホンは、僕のサンドイッチを物欲しげな視線を送っている。ホンの食欲は、周囲にいる学生と大差ないようだ。それも、アーティスト系ではなく、アスリート系の方の。とても僕と同い年とは思えない。
「予想通り、どのメニューも値段の割にボリュームが多いね」
「そうか? 俺は、まだまだ余裕があるぞ」
そう言いながら、ホンは食道と胃がある辺りを指で丸く描いてみせる。この辺りは、まだ空っぽだというジェスチャーなのだろう。
その動きを見ながら、僕はコーヒーが入ったカップを手前にずらし、サンドイッチが載った平皿をテーブルの真ん中に移動させて言った。
「よかったら、食べて良いよ」
「やった!」
「ただし、二個までにしてね」
「分かった。いやぁ、持つべきものは友だな」
もしも尻尾があったなら、仔犬のように振っているであろう喜びようで、ホンはサンドイッチに手を伸ばした。
この後、僕がインテリアやマスターの熟練技に注目してる隙に、ホンは三つ目のサンドイッチを平らげてしまい、罰として二人分払わせるという顛末が待っているんだけど、それについては、徒に話が長引くだけなので省略しよう。