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こぼれたミルク  作者: 若松ユウ
Ⅴ 冷たい親族と温かい友情
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 三本の矢は、バラバラでは弱いという。でも、長さも向きも違うんじゃ、束になりようが無いと思うんだ。


「わざわざ来てくれなくても良かったのに」

「兄として弟の容体を心配して来たというのに、何だ、その態度は?」

「兄さんが心配してるのは、僕じゃなくて、僕が変な動きをする事で、兄さんのキャリアに傷が付くことでしょう?」

「くっ。相変わらず、可愛げのない」


 これは、一晩明けた翌朝の事だ。下の売店で買ったぺーバーバックを読みながら、もうすぐランチかなぁと思っていた所へ、またもや会いたくない人物がやって来た。

 金髪をポマードで一糸乱れぬ七三分けに固め、糊のきいたワイシャツにスリーピースを着こなし、鋭い蒼眼をしたこの人物は、僕の兄である。一流カレッジから大手銀行に勤め、次期頭取にどうかと役員から一目置かれる存在だというから、下手なことをしないようにと釘を刺しに来たに違いない。また、同居している両親から、偵察に行ってこいと命じられているのかもしれない。

 ちなみに、スリーピースの下は、馬鹿弟とは真逆で、引き締まった身体をしている。ハイスクール時代に鍛え、今でも休日にはトレーニングを欠かさないというアーチェリーの腕前は、衰えを見せるどころか鋭さを増している事だろう。

 いずれにせよ、文武両道でエリート街道を驀進し、健康体に恵まれた超人には、凡人の弱さが共感できる筈がない。


「治るまで大人しくしてなきゃいけないし、療養さえ済めば、すぐに帰るつもりさ。だから、早くロビーで待ってるお義姉さんの所へ戻りなよ」

「言われなくとも、すぐ戻る。邪魔したな」


 そう言って兄さんは、つかつかと革靴を鳴らして去って行った。

 兄さんには、今どき珍しいほど古風で清楚な、三歩下がって夫を支えるタイプの妻がいる。親戚一同の集まりでしか顔を合わせた事がないけれど、どこか愁えを帯びた表情をしている印象が強い。今日も、自分勝手な兄さんに付き合わされて迷惑に思っているかもしれない。関白亭主な兄さんは、自分がどれだけ我慢を強いているか、全く自覚していないだろうけど。


 古代より、雪深く急峻な山に囲まれたこの地は、屈強な騎士によって栄え、近代に最も強大な騎士団によって独立国家となったという歴史がある。現代に騎士は存在しないが、その名残として、大義名分を重んじ、形式的な儀礼を守るべしという国民性が根強く支配している。変化に疎く、時代に取り残されがちだが、長い目で判断する姿勢から、大きな戦禍を被った事は少ない。

 一方、ミネたちの国は、比較的温暖で海洋産物に恵まれた地であり、古代から商人の街として発展してきた背景がある。その為、どこか実利や人情を尊ぶ風潮があり、変化に敏感に反応して対処する術に長けているといえる。ただ、目先の利益に飛びつき易い危なっかしさがあるため、資源獲得を狙う周辺国の策略に嵌められ、何度も紛争に巻き込まれている。


「雪が積もらなくて、世間体を気にしない所は、居心地が良いんだけど」


 息で曇るガラスを片手でひと拭きすると、ビルや家々が立ち並ぶ遥か向こうに、綿帽子を被った山々が見えた。

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