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夕方。東部国際エアポートの外は、ビルも街路樹も信号機も、薄っすらと雪化粧していた。
念の為、丈の長いコートを持って来ておいて正解だった。これが無かったら、タクシー待ちの列に並ぶ間に、風邪を引いてしまっていたかもしれない。
「どちらまで?」
「××総合病院まで、お願いします」
寡黙なドライバーの運転で病院へ向かう道すがら、車内のラジオでは、ミネの国の新党首が、次々と経済政策を打ち立て、また、ハリケーン・リサで甚大な被害が及んだ地域の住民に対しても、いくつかの措置法案をスピード可決させたと現地のリポーターが伝えていた。ラジオ局のアナウンサーは、これに伴って世界情勢が変わってそうだとコメントしたが、具体的にどういう政策や法案が提出されたのかには触れないまま、芸能や文化のニュースへ移ってしまった。
こういう時、向こうに居れば詳細が分かるのになぁと、窓からチラつく粉雪を見ながら、随分と遠くへ来た事を実感していると、夕闇が迫る頃、ようやくタクシーは総合病院の正面へと到着した。
久々にマルを使って支払い、コートを羽織り、トランクを片手に降り立ち、ふとビルを見上げた。病院は五階建てで、多くの部屋の窓はカーテンで閉め切られ、灯りの点いた部屋では、ナースキャップを被ったシルエットが、忙しそうに動いているのが見えた。
「セキさんの事は、電話でも伺ってます。長旅で、お疲れはありませんか?」
「いえ。旅の疲れは、それほど」
「そうですか。それでは、治療の方へ移りましょうか。――君。ここの病室まで案内して差し上げて」
カルテを渡された看護師に案内され、これから数日を過ごす病室へと移動した。
後でさっきの主治医が来ると言い残し、看護師は同室の別の患者が待つ病床へと立ち去って行った。この病室はカーテンで四つに仕切られていて、僕は窓際の一つを割り当てられている。
「真っ白、だな」
空白、純白、潔白。何も無いという事を表すのに、古くから白が使われて来た。
こうして、何もかも真っ白な世界に身を置いていると、自省や追憶、創作が捗りそうだ。漂白されたキャンパスに、何を描こうか。
「いや、それよりも、病気を治すことが先決だな」
大きな独り言を呟き、僕は腕に抱えていたコートをハンガーに掛け、トランクから荷物を取り出し、備え付けの棚や金庫に仕舞い始めた。