004
空調の効き過ぎたオフィスでの午前のハイライトは、会議資料の作成、営業先企業からのクレーム処理、研修社員からの質問への回答の三点。どれも地味なので、詳細は割愛しよう。
現在、時計の針は、長針も短針も天辺を示している。つまり、昼休みだ。
「あ~、疲れた」
「よっ! お疲れ、セキ」
手を組んで腕を伸ばし、大きく伸びをしてデスクワークで凝り固まった筋肉を刺激していると、背後から声を掛けられた。
スーツが悲鳴を上げそうなほど筋骨隆々としたこの男性は、僕と同じ時期に入社した人物で、名前はホンという。
連日の外回りでこんがり焼けた浅黒い肌、刈り上げた茶髪に、凛々しい眉と灰緑の眼、そして、髭を生やしたがっしりとした顎。色素の薄い肌、ミディアムヘア、金髪蒼眼で細面の僕とは好対照だが、何故か気が合うので、公私共に仲良くしている。
「お疲れ。そっちも、今終わったところ?」
「いや、残りは午後に回すことにした。それより、これを見ろよ」
ホンは、牛の腸詰めのように太い指をスラックスのポケットに入れ、一枚の光沢紙を見せた。
「バニーガールズバー、らびりんす」
「ん? あぁ、こっちじゃねぇ」
僕が一番大きな活字を読み上げると、ホンは極彩色のビラを慌ててスラックスのポケットに戻し、反対側のポケットから落ち着いた色合いのチラシを出して見せた。
チラシには、簡単な地図と、おすすめのランチメニューが、口髭を生やしたダンディーなマスターの顔写真とともに印刷されていた。
「ここから、ちょっと学生街の方へ歩いたところか」
「そうそう。いい感じだろ?」
「そうだね。品数も豊富だし、リーズナブルでお財布に優しい」
「だろう?」
「だけど、ちょっとボリュームが心配かな」
「なぁに、食べ切れなかったら、俺が平らげてやるって。よし、決まりだな!」
一人で合点すると、ホンは僕の腕を掴み、オフィスの外へと大幅の早足でずんずん歩き出した。丸太のように太い腕を振り解けないと分かっている僕は、転ばないように小走りになるしかなかった。
こんな感じで、ホンと僕がどちらも出勤している日は、揃ってランチを楽しむというルーティンがすっかり定着している。最初の内こそ、ドラマ好きで妄想力逞しい女性社員が、僕達を見ながら禁断の愛だの偽装結婚ではないかだのと囁いていたものだけど、ミキが生まれたあたりからは、そうした根も葉もない噂は、すっかり立ち消えた。
「おい、しっかり歩けよ。もう引っ張ってねぇぞ」
「あっ、ゴメン」
いつの間にか、ホンの歩くスピードは並足に戻っていた。
僕は、ホンと組んでいる腕から自分の腕を抜き、ふるふると軽く左右に振って痺れを解きつつ、目的のカフェを目指した。