037 ※ミネ視点
最初、相談する先を間違えたと思った。
ミキを空いている部屋のベッドに寝かしつけた所までは、優しいお姉さんを演じてたんだけど。
「それが、ミネと同じカレッジの法科を出て、弁が立つ女なのよ。その口車に乗ったカレが、彼女が新党を立ち上げるのに協力したいから~、とか何とか理屈を捏ねて出て行っちゃったのよ」
「その元カレも同じカレッジだから、シンパシーを感じたのね」
「それよ! あ~、私もミネと同じ進路にすれば良かった」
ソファーに並んで座る私を、マツは両肩を掴んで揺すり始めた。どうして同じカレッジに行かなかったのかという愚痴は、ハイスクールを卒業してから耳に胼胝ができるほど聞かされ続けている。そして、男性関係で失敗したという話も、それ以前から何度も。素面であっても、そこそこ面倒臭い性格をしている。セキが居たら、ここまで無遠慮でないんだけど。
「式に誰を呼ぶかとか、新居はどこが良いかとかも、結構真剣に考えてたのよ?」
「そのようね」
視線をマツから部屋の隅に移すと、スタンド式の間接照明と鉢植えの観葉植物の間に、ポストイット付きの結婚情報誌が、ファッション誌やらと一緒に雑誌の束の上に十字に括られている。その隣のビジネス雑誌や少年漫画は、元カレが置いていった物だろう。束の底には、赤と黒で刷られたチラシか冊子の端が見える。
王子様を待つ少女漫画が好きなマツと、冒険して成り上がる少年漫画が好きな元カレとでは、将来に対するビジョンもプランも違うだろうし、第一、性格が合わない事には、どうしようもない。
私が視線を逸らしたのが気に入らなかったのか、マツは両手を私の肩から頬に移し、無理矢理に顔を自分の方へと向けて言った。
「で、話をミネに戻すけど。それは絶対、ミネが悪い」
「決め付けないで。現場に居なかった癖に」
「その場に居なくたって、一言一句、一挙手一投足まで、まるっと想像出来るわよ。言いたいことは明日言えっていうじゃない。何で思ったことをすぐに口にしちゃうかなぁ」
この部屋の酸素飽和度が低下するんじゃないかというくらい、マツは大きな溜息を吐いた。どっちかと言えば、私の方が溜息を吐きたい所なんだけど。
「悪かったね、胸に留めておけない性質で」
「それで、俎板なのかしら」
「何か言った?」
「独り言よ、十六ハイスクールのジャックナイフ。――ヤッ!」
無論、全部、聞こえていた。その上で聞こえないフリをしたにも関わらず、更に黒歴史を持ち出して来たのだから、一発くらい脇腹にアタックしても罪は無いだろう。
マツは、皮下脂肪に守られた腹を摩りつつ、話を続ける。
「セキくんは、慎重にリスクを考慮してから行動したい派じゃない。どっちかと言えば、石橋を叩き過ぎて渡れないタイプでしょう?」
「そうね。あまりにもハイリスクなら、スッパリ諦める所があるわ」
「それなのに、やらないで後悔するより、とりあえずやってみよう派のミネと、よく今日まで大きな衝突をせずに来られたものだと思って」
「諦めたらそれまでだけど、やってみれば成功する可能性があるもの。たとえ失敗しても、やれるだけの事をやった上なら、諦めが付くし」
「手が後ろに回る事になっても、面会には行ってあげるわね」
「もちろん、違法行為は別よ」
それから、話は脱線し続け、この間の泥酔宿泊時の事へと移った。
「そうそう。この前に泊まった翌朝、あんたの寝顔を見て、セキは驚いてたわ」
「ちょっと、ミネ。どういうこと?」
「だから、私が起こしに行く前に、セキに様子を見させに行かせたの」
「もぅ~、デリカシーが無いんだから」
「それが私だもの」
そして、この後ふたたび話は線路に戻り、マツに「行動派のミネに影響されて、勇気を振り絞った結果であろうセキくんの告白を無にしてまで、離婚する気はある?」と問い詰められ、間髪入れずに「ミネが離婚したら、私がセキくんを貰うから」とまで言われてしまっては、仲直りすると約束するより他に、言うべき事が無い。
翌朝、ミキをキンダーガーデンに預けてから家に戻る時、何故かマツも車に同乗してついて来たのだが、帰ってすぐに鳴った電話に出たのがマツであった事は、本当に良かったと思っている。私が受話器を取っていたら、また余計な事を口走り、泥沼に嵌ってしまっていたかもしれない。
人選ミスかと思ったが、総合的に見れば、あながち誤ってなかったと言えよう。あくまで、結果オーライだろうけど。