033
季節の変わり目は、成人でも体調を崩し易い時期だ。況や、免疫力が発達途上の幼児をや。
「おはなとおてがみもって、おみまいするの!」
「お見舞いに行く、ね。それだと、別の意味に聞こえちゃうから」
ミネから、また帰りが遅くなるという電話があったので、僕がミキの迎えに行った。
ミキは、ミネが来ると思っていたので、ちょっと困ったようだった。というのも、先日に一緒にお店屋さんごっこをしていた三つ編みちゃんが、熱を出して休んでいるので、お見舞いに行きたかったらしいのだ。
そこで、チューリップのエプロンをした女性保育士に事情を説明すると、内緒で少女が住んでいるマンションを教えてくれた。日頃の送迎で、ミキがミネと僕の子供である事が明白であり、ミネは少女の母親と面識があり、どこに住んでいるのか知っている事を分かっていたからこその配慮だった。
最近の保育士は、保護者間のトラブルが起きて園児の通園に支障が出ないよう、細心の注意を払っているのだなぁ。
『どちらさん?』
「ミキです! おみまいしにきました」
だから、それだと意味が変わっちゃうんだってと注意する暇もないまま、先日の少女と父親と思しき男性が、玄関先へと姿を現した。母親は、出勤中で留守だという。
少女は、午前中いっぱい熱で寝ていたらしく、茶色掛った赤毛は三つ編みにせずに垂らしたままで、服装も、パステルカラーのマカロンが随所に描かれたパジャマ姿だった。
ミキは、その少女に園庭で摘んだ花と、画用紙にパステルで描いた絵手紙を渡すと、何故か額の数センチ上で両手を翳し、そのまま円を描くように動かしながら、テレパシーか念力でも送るかのように、ヨクナーレ、ヨクナーレと呪文を繰り返していた。
ただ、僕としては、そんな愛娘の奇行を止めるよりも、少女の父親に一つ質問したくて堪らなかったので、その通りにした。
「つかぬ事を伺いますけど」
「何? あぁ、ちょっと待って! あんた、どっかで見た気がする」
「えぇ。僕も、前に一度お会いしたような気がしてまして、人違いなら悪いのですが、ひょっとして、以前にキッチンカーでホットドッグを販売してませんでしたか?」
「やっぱり! 珍しいお客さんだと思って、頭の片隅に残ってたんだ。な~んだ、娘の友達のお父さんだったんだ。まっ、素性も分かったところで、仲良くしましょうぜ」
「こちらこそ、娘ともども、よろしくお願いします」
お互いに笑顔で握手を交わしていると、ミキは、いつの間にかオマジナイを止めていて、すっかり少女と話し込んでいた。
「わたし、こんどのはるから、ななじゅうななになるの」
「ななじゅうなな? ななさいじゃなくて?」
ミキが話を中途半端に覚えている所為で、意味が通じなくなってしまったようだ。彼女に直接言っても通じないかもしれないので、ここはワンクッション置いてみよう。
「実は、春からミキを七十七ジュニアスクールに進学させる事にしましてね」
「おっ、そりゃ良いや。うちの娘も、そこへ入れようと手続きしたところなんだ」
「へぇ! そうだったんですか」
この親子との付き合いは、今後の続いていきそうだと判明したところで、あとでミキにも噛み砕いて説明しておこう。
ひとまず、なるべく熱をうつされない内に、この場からミキを離す事が重要だろう。