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こぼれたミルク  作者: 若松ユウ
Ⅲ 歪んだ過去と歪な未来
33/67

032

 午前中のハイライトは、先日の会議で新しく決まったという重役の一声で、課長が手の平を返したように、僕たち部下に優しくするようになったところだろうか。ご機嫌取りでやってる事だろうから、長続きするとは思えないけれど、日頃の鬱憤が少しは晴れた気分がして、悪くない。

 

「へぇー。パワーバランスって、簡単に引っくり返るものだな。――もう良いかな?」

「黒が白になったところで、すぐまた黒に戻りそうだけど。――焼き始めたばかりじゃないか。まだ早いよ」


 今日のランチは、この前のカフェではなく、趣向を変えて、一風変わったエスニック料理の店で食べる事にした。

 飲食店に限らず、ホンは、よく穴場スポットを見付けてくるが、そうした探索は、営業がとんとん拍子に進み、当初に予定していた帰社時間まで余裕がある時に行なっているというので、あまり褒められたものではない。

 ついでに言っておくと、案の定ではあるが、今日のホンは、朝から一切の防寒具を身に付けていない。ここにも筋肉武装者が居た。


 さて。この店のメインメニューを紹介すると、大半が鉄板で生地を焼いて作る料理で、しかも、客側が自ら調理して食べるという、なかなか他では見かけないスタイルとなっている。

 一枚目は、初めて利用する僕たちに、デモンストレーションとして、パーマネントの髪を紫に染めた恰幅の良い女性店主が焼いてくれたのだが、鮮やかな手捌きで、みるみるうちに想像を超える形の料理が完成し、僕もホンも軽く唸ってしまった。

 手順としては、ボウルで小麦粉に千切りにしたキャベツや卵を加えて混ぜ合わせ、その生地をパンケーキのように熱した鉄板の上に丸く広げたら、薄くスライスされた肉をその上に広げ、熱が通って来たら先が平たい半円形になったパドルで引っくり返し、両面とも綺麗に焼けたら出来上がりというもの。

 後は好みに応じて調味料を塗り、返しに使ったパドルで切り分けて食べる。テーブルの端に並ぶ調味料は、ソース、マヨネーズの他、海藻を乾燥させた緑色の粉末や、極限まで水分を抜いた魚を(かんな)で削り、木屑のようにヒラヒラにした物がある。メニューを見ると、サーモンやツナといったシーフードの文字が並んでいるので、漁師町で発展した料理なのかもしれない。あくまで、勝手な推論だけど。

 

「せーのっ! ありゃ?」

「ありゃ、じゃないよ。キャベツが飛んでる」

「悪い、悪い。イメージトレーニングは、バッチリだったんだけど。おっかしいなぁ」


 パドルを持ったまま腕を組み、具材が放射線状に飛び散った生地を不思議そうに見るホンを尻目に、僕は壁のハンガーに掛けたジャケットからハンカチを取り出し、顔やシャツに飛来してきた生地の残骸を拭い始めた。この大男は、ある意味、我が家の六歳児よりも慎重さに欠けている。

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