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こぼれたミルク  作者: 若松ユウ
Ⅲ 歪んだ過去と歪な未来
31/67

030

 オフィスでは、守衛に急かされるような形で、全員、午前中に一斉に仕事を切り上げ、混み合うシティートラムに揺られながら一駅前で降車し、無事にミキと共に帰宅する事が出来た。

 キッチンで冷蔵庫やラックに充分な量の食料や飲料水が確保されている事を確認すると、一階の庭から順にハリケーンへの備えを始めた。


「おうち、まっくらね」

「雨戸を閉め切ったからね。窓ガラスが割れると、割れたガラスも危ないけど、雨が降りこんで床が水浸しになったり、吹き込んだ風が天井や屋根を飛ばしたりするから、危ないんだよ」

「まぁ、たいへん」


 昼間なのに電気を消すと真っ暗になるリビングの中で、僕はソファーに座り、ラジオが流すノイズ雑じりのハリケーン速報を聞くともなしに聞いていた。


『大型ハリケーン・リサは、南西海上より、まもなく上陸するとみられ……、非常用電源に切り替える際は、通電火災にも注意を……、食糧と水の確保の為、臨時休業間際の店舗には、大勢の買い物客が殺到し……』


 一方、ミキは、ビニールシートを敷いた上に並べた庭の植木鉢や物干し台の周りを歩き回ったり、室内に移動させた小屋で眠っているナナの顔を覗き込んだりしていた。どうやら、普段、屋外に置いてある物が(ことごと)く室内に安置してあるという状況に、物珍しさを覚えているらしい。ちなみに、ナナは小屋を移動させてすぐに浴室へ移動させ、犬用のボディーソープで汚れを落としてある。

 後は、ミネが無事に帰って来るのを待つばかりだと思っていると、急にゴロゴロドーンと雷鳴が響いた。


「ヒャッ!」

「オオッと。今のは、近かったみたいだね」


 突然の重低音に、ミキは犬小屋の傍でしゃがみ込み、ギュッと目を瞑りながら両手で耳を塞ぎ、小さく丸くなった。

 二発目の雷鳴が響くのも時間の問題だと思い、ソファーから立ち上がってミキの傍へと近寄ろうとした時、轟音で目が覚めたナナが立ち上がり、小刻みに震えているミキの横に身を寄せ、前足の蹠球で膝頭を押しながら小さくクゥンと鳴いた。


「ナナ?」


 ミキが目を開き、ゆっくりと両手を耳から離しながらナナの方を向くと、ナナは小さく舌を出し、ワフッと元気良く鳴いた。

 僕は、ナナとは反対側の隣に腰を下ろし、ミキの細い肩を後ろから腕を回して抱き寄せながら、安心させるように控え目な声で言う。


「ナナは、私がついてるから大丈夫よって言ってるのかもよ?」

「えっ? ――そうなの、ナナ?」


 小首を傾げたミキに対し、ナナは横顔を頬に摺り寄せて応えた。

 ヒトの言葉が喋れないから、あくまで推測するしかないんだけど、あながち間違ってないんじゃないかな。


「エヘヘ、くすぐったい。ナナ、ありがとう」

 

 ミキが笑顔になると、ナナは満足気な様子で立ち上がり、尻尾を振り振り、小屋の中へと戻って行った。


「さっきの雷は、もう遠くへ行っちゃったみたいだね、ミキ」

「あっ! そうね、パパ」

「ココアでも淹れようか。飲む?」

「のむ!」


 この後、琺瑯(ホーロー)の白いミルクパンでココアを作っていると、昼下がりの暴風雨の中を、レインコート、防水パンツ、長靴だけでなく、何故かガスマスク、ゴム手袋をしたミネが帰って来た。

 本人曰く、どの方向に水滴が飛んで来ようとも、絶対に濡れない完全防水装備なのだというが、ドアホールから姿を確認した時、一瞬、通報案件かと考えてしまった事を、ここで白状しておく。今朝、やたら大きなリュックを背負っていた事を覚えていなかったら、確実に電話台へ走っていたところだ。ミネの考える事は、ハリケーンより斜め上をいっている。間違いない。

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