028
前話でリポートカードが登場した事でもあるので、ここで、改めてこの世界の学制について簡単にまとめておこう。しばらく説明が続くが、辛抱してほしい。
まず、四歳になる年と入園する事が出来るのが、ミキが今通っているキンダーガーデン。最大三年間、六歳まで預けておく事が出来る。
その後に続くのが、ジュニアスクール。六年制で、初等教育を学ぶ事になる。
その次は、ハイスクール。後半三年間は、文系と理系とで別クラスになる事が多い。ジュニアスクールと同じく原則は六年制で、この間に中等教育を学ぶ事になる。だが、ここからは原級留置や飛び級があるので、三年で卒業する秀才も居れば、十年以上卒業出来ないままの生徒も居るので、カレッジ程ではないが、学年が上がるに従って、在学生の年齢に差が開いていく。
また、ジュニアスクールとハイスクールは義務教育で、学校に通うにせよ、在宅で家庭教師の指導や通信教育を受けるにせよ、月末にペーパー試験を受験し、一定の成績を残さなければならない。
最後は、カレッジ。文系は三年間、理系は六年間通う事になる。ハイスクールで理系だからといって文系に進めないという事は無いが、その逆は講義や演習についていけない場合が多いので、推奨されていない。どちらを選んだにせよ、ここでは高等教育を学ぶ事になる。
一度、就職してから社会人入学する学生も少なくないので、カレッジのキャンパスは、ハイスクール以上に年齢層が様々である。
キンダーガーデンとカレッジは、希望者のみが通う場所なので、家庭で充分に子供の面倒を看る事が出来るのであれば、わざわざキンダーガーデンに通わせる必要は無く、また、ハイスクール卒業時に本人が進学より就職を望むのであれば、無理にカレッジへ進学しなくても良い。
「それで、そろそろ、どちらのジュニアスクールに入れるかを決めないといけないと思うの」
「そういえば、申し込み〆切は、今週いっぱいだったね。忘れてたよ」
「私も、選挙の投票やら収穫祭の準備やらで、すっかり忘れてた」
ミキが寝静まった後、ダイニングテーブルに二枚の書類を並べ、僕とミネは手持ち無沙汰にペンをクルクル回しながら話し合っていた。
「う~ん。校舎が新しくて、教員も全体的に若々しいのは、七十七ジュニアスクールだけど、距離的には、十八ジュニアスクールの方が近いんだよね」
「そうなの。今のキンダーガーデンに近いのも十八の方だから、七十七に入れると、顔ぶれが変わりそうな気もするし……。ミキは、どう言ってるの?」
「一応、それぞれ正門の前まで連れて行った時に、どっちにするか訊いてみたんだけど、どうしてジュニアスクールに通わなくちゃいけないか理解出来てなかったみたいで、何とも言えない感じだったよ」
「そんなものか。――よしっ!」
ミネは、ペン尻をこめかみに当てて数秒ほど考えた後、ペンをテーブルに置き、電話台の方へ行ったかと思うと、電話帳の横に置いてある貯金箱をひっくり返して振り、一枚の一シルバー硬貨を強引に取り出してからダイニングへ戻って来て、硬貨を片面ずつ僕に見せながら言った。
「女王の横顔なら、十八。百合の花なら、七十七。良い?」
「待って、ミネ。まさか、大事な一人娘の進学先を、コイントスで決めるつもり?」
「甲乙付け難いなら、運に任せてみるのも良いじゃない。せいっ!」
ピーンと軽快な金属音と共に親指の爪で弾かれた銀色の硬貨は、回転しながら放物線を描き、再びミネの手の中に収まった。
「私は、あっち向いてるから、先に見てちょうだい」
「はいはい」
あさっての方向へ顔を背けたミネが、そっと左手を覆っている右手を退けたので、僕はミネの思い切りの良さに戸惑いながらも、硬貨の表面に何が描かれているかを確かめた。