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こぼれたミルク  作者: 若松ユウ
Ⅲ 歪んだ過去と歪な未来
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 今日はホンが休みの日だった事もあり、就業中の出来事に特筆すべき点は無いので割愛する。ランチも、オフィスビルの周辺で移動販売していたキッチンカーで、やたらフレンドリーな茶髪で雀斑顔の男性からホットドッグを買って済ませた。

 ただ、定時直前に仕事を押し付ける方の上司も、午後から遠方で会議に出掛けたまま直帰してしまったので、珍しくストレスの少ない快適な環境で仕事に当たる事が出来た点が、いつもと違う所かもしれない。

 どちらにしても、ミキの迎えに保育所に来ている現時点で、そんな事は、どうでも良い話だ。


「ちょいとにいさん、よってらっしゃい」

「いろみずやさんへ、いらっしゃい」


 二言目の呼び掛けはミキだが、一言目の方は、その友達(ガールフレンド)らしき人物で、茶色掛った赤毛を三つ編みにした女の子だ。

 ここへ着いた時から、とても六歳児とは思えない発言を連発していたので、ミキが急にませた事を言うようになったのは、この三つ編みちゃんの影響による所が大きそうだ。

 

「色んな水があるんだね」


 店を模した小さな折り畳みテーブルの上には、プラスチックのコップが四つ並べてあり、それぞれ中には、青、赤、紫、そして黄色掛ったオレンジの液体が入っている。


「あおは、つゆくさ。あかは、ほうせんか」

「むらさきは、さするべりになってます」


 最後は、百日紅(さるすべり)の事かな。店員役の二人は、一つ一つ指差して説明していくのを、僕は感心して聞いていた。自然の植物から、結構、綺麗な色が出るものだ。


「このオレンジは?」

「おやおや。おきゃくさん、おめがたかい!」

「それは、のんであててくださいな」

「えっ、飲めるの?」


 見た目には美味しそうな色であり、変な匂いもしない。僕は、コップを持ったまま、口元に運ぶべきか否か、しばし逡巡した。けれど、二人が期待を込めたキラキラした視線を送ってくるので、ええいままよと口を付けた。

 一口飲むと、僅かな青臭さと優しい甘みが舌に広がったので、僕はこれまで食べた味のデータを踏まえ、確からしい回答を割り出した。


「人参、だね?」

「ごめいとう! さすがですな、だんな」

「パパ、すご~い」


 二人に手放しに褒められ、何だか照れ臭い気持ちになっていると、ファンシーな象の描かれたエプロンをした男性保育士が、小走りで僕の方へとやって来た。


「お待たせしました~。これが、ミキちゃんのリポートカードっす」

「拝見します」


 キンダーガーデンは、保育施設であると同時に教育機関でもあるので、ジュニアスクール以上で行われるようなペーパーテストこそ無いものの、園内での生活の様子や成長の具合を記録したカードがあり、定期的に保護者が確認してサインする事になっているのである。

 他の園児と円滑にコミュニケーションがとれている事や、リズムに合わせて歌う事が出来るようになった事、外で元気良く身体を動かして遊ぶ事が好きだという事などを確かめると、スーツの胸元からペンを取り出してキャップを開け、末尾の署名欄にペン先を走らせた。

 そして、キャップを閉めてペンを胸元に仕舞ってから、カードを返そうと思った時、男性保育士が、エプロンの下の襟元に、細長く折った大判のバンダナを、緩くネクタイのように締めている事に気付いた。


「お返しします。――どうしたんですか、そのバンダナは?」

「ありがとうございます。――あぁ、これっすか? ミキちゃんに、男の人はお仕事中にネクタイをするのって言われて、結ばれたんっすよ。この歳で、ネクタイが結べるもんなんすね」


 なるほど。ネクタイを結びたがった理由は、ここにあったのか。

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