026
結局、我儘なマツ姫は、意地悪な侍女ミネの制止にも関わらず酔い潰れ、彼女はリビングのソファーで日の出を迎えた。ミネに頼まれて起こしに来た時、彼女が大股を開いて白目を剥いていたのには驚いた。慌ててベッドルームに戻って様子を伝えると、面白いモノが見られたでしょうと、ミネは猫が鼠を捕まえた時のような笑みを浮かべた。ミネは、彼女の寝相の悪さを知っていたらしい。
朝の天気は、昨日とは打って変わって曇天模様で、新聞の気象欄によれば、大型ハリケーン・リサが南西から北上しているそうだ。このまま暴風域に入れば、その後に完全に通過するまで、教育機関は休校、省庁や企業は休業となる。
公共交通機関も運行を取り止めるし、場合によっては停電や断水が起きる事もあるので、これから先、進路情報が見逃せなくなりそうだ。
「チカチカしたりゴロゴロしたりだから、イヤだわ」
「大丈夫よ、ミキちゃん。まだ、遠くの海の上だから、どっか別の所へ行っちゃうかもしれないわ」
早くも雷の心配をし出したミキを、すっかり酔いが醒めた姫が身支度を手伝っている。
気休めを言っている所に水を差すようだが、予報図を見る限り、上陸は避けられないと容易に推測できる。
ミキは雷が苦手で、稲妻も雷鳴も駄目だから、雷雨が小雨になるまでは、なるべく傍に居て安心させる必要がある。ハリケーンが近付くと、驟雨に落雷や突風がプラスされるので、こちらも用心しないといけない。
ハリケーンが通過すると、今度は冬が訪れる。僕が生まれた国ほど寒くないので、嵐が過ぎてしまえば、比較的過ごし易くなる。ハリケーンが来ない代わりに長く辛い冬を耐え忍ぶか、冬になる直前に短く激しい嵐をやり過ごすか、どちらの国にも、良い面もあれば好ましくない事情もあって、悪い事ばかりではないが、嫌な事が全くないという具合にはいかないものだ。
「マツ。この後、駅に向かう前に、ミキをキンダーガーデンに送って行くから、ちょっと遠回りだけど、ついて来て」
「分かったわ」
淡々と追加事項を告げると、ミネは僕の方を見て、また早朝と同じようにニヤリと笑った。これは、ちょっと遠回りの距離が一駅分以上ある事を告げてはいけない、というメッセージなのだろう。付き合わされる彼女には申し訳ないが、朝から軽く運動することで、失恋の傷心中に蓄えられた糖質と脂質が燃焼されるスイッチが入るのではなかろうかと考えられるので、ここは黙秘したままで居させてもらおう。