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こぼれたミルク  作者: 若松ユウ
Ⅲ 歪んだ過去と歪な未来
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 ケチャップでハートや星を描いたり、パセリも食べるように注意したりしたランチタイムが終了し、その後のショッピングも、乾き物の買い忘れもなければ、お菓子買って攻撃に遭う事もなく、実に長閑(のどか)な休日を過ごしていた。

 昼下がりに帰って来たミネも、工科上がりの技術で手際よく小屋を作り上げ、物干し台の横のスペースにピタリと設置した。同時に、しなやかな革製の首輪と太くて丈夫なリードで繋がれたナナは、小屋の出来映えに満足したようで、居心地良さそうに中で丸くなっている。

 余談だが、首輪とリードはミネがホームセンターで買って来た物で、実用性は高いかもしれないが、メスの仔犬に着けるには可愛さが足りない、無骨なデザインをしている。これを選んだ理由として、これが一番犬に優しいからと言うあたりが、実にミネらしい。


 さて。そんな静穏な海に波風を立てる存在なのが、マツという女性だ。

 夕方早々にやって来た彼女は、ミキの前では善きお姉さんの猫を被っていたが、夕食が終わり、入浴を済ませたミキが二階に上がって寝てしまうと、途端に化けの皮を剥がし始めた。厚化粧の下から疲れ目やほうれい線が現れたり、あるいは、室内でスリッパに履き替えさせると、実はシークレットシューズだったと気付くような感覚と言えば、伝わるだろうか。


「どうして、いつもフラレちゃうんだろう?」

「また太ったからじゃない? 何キロよ?」

「ストレートに言うわね。体重は、乙女のトップシークレットです」

「じゃあ、リバウンド」

「おんなじよ~。セキちゃん、助けて。ミネがイジメるぅ」


 簡潔に言えば、彼女は難のある男性に惚れ易く、その後に短期間でフラれ易い、典型的なダメンズウォーカーである。

 それだけでは素っ気ないので、幾つか補足説明すると、彼女はミネの職場の同僚で、かつ、キンダーガーデンからの幼馴染なのだという。もっとも、彼女はミネの事を一番の親友だと思っているが、ミネは彼女の事を腐れ縁だの疫病神だのと言っているので、二人の交友関係には、若干の温度差がありそうだと見ている。

 彼女は下戸なのに飲みたがり、酔うと周囲の人間に絡むという厄介さで、ミネは反対に、何だかんだで面倒見が良く、ボトルを開けても全く酔わないザルである。なので、お酒の席でミネは、彼女の聞き役かつ介抱役に回る事が多かった。まだミキが生まれる前は、タクシーが捉まらず、深夜に家に連れて帰って来るという事が何度もあり、ミネがソファーの背凭れを倒して寝かせている間に、水やタオルを用意したものだった。

 これで彼女が、迷ってるミネに僕との結婚を後押しした恩人でなければ、惚気や愚痴を聞く事は無いんだけどなぁ。


「彼、ミネと同じカレッジの医科を出た秀才なんだけど、最近、女と組んで選挙に出たの」

「あの医者、根暗で陰険だから合わないって言ったでしょ」

「怒ってるポイントは、そこじゃないの! このチラシ、見てよ」


 二人共、よく通る声の持ち主なので、向こうのリビングからこちらのダイニングまで会話が筒抜けなのだが、今は氷を砕くのに忙しいので、聞こえないフリをしておこう。

 ただ、この時に彼女の手元にひらめいているチラシが、赤と黒の鮮やかな物であった事は、見逃すべきではなかったかもしれない。

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