023
フライパンや食器を片付け、コンロの汚れを綺麗にした後は、ミキとイーストパークへ移動した。一方、満腹のミネは、庭で洗濯物を干しながら留守番している。
「パパ! あっちにリスさんがいた~」
「そっか。ドングリでも拾ってたのかな」
茂みの向こうから戻って来たミキは、ラケットを振って興奮しながら、今見た光景を話し始めた。
この公園には、木の実が成る落葉樹が多く植えられている関係で、今の季節は、リスや野鼠、また、それらを狙ったキツネや山猫の姿がよく見られる。ここから住宅地の方までやって来ると、衛生課の職員によって駆除されるが、この広い公園の中に棲息している限りは、異常繁殖でもなければ命までは奪われないとあって、リスやキツネたちも、それなりに学習して大人しくしているようである。
「ところで、シャトルは?」
「あっ、そうだった。とってくる~」
ミキは、再び茂みの方へと走って行った。どうやら、唐突に登場したリスに目を奪われて、何の為に茂みに入ったのかを忘れてしまったらしい。目の前の出来事に対し、強い感動や興味を示せるのは良い事だけど、本来の目的を忘れてはいけない。テスト直前に掃除を始めて、肝心の試験勉強を疎かにするようなものだ。
「パパ! わんちゃん!」
「ん? それはシャトルだよ」
「ちがうの。こっちきて!」
ミキは、僕の手にシャトルを押し付けると、ブルゾンの袖を引っ張って走り出した。僕は、どこへ連れて行く気だろうかと疑問に思いつつ、シャトルをポケットに入れ、小走りで向かう。
「ねっ?」
「なるほど。たしかに、仔犬だ」
ミキが得意気な顔で、こちらを向いたので、僕はミキの発言の意味を理解し、納得した。
シャトルを取りに行った茂みから程近い場所には遊歩道があり、そこの休憩用のベンチの横に、小麦色の毛をした仔犬が、タオルケットを敷いた木箱に入れられた状態で放置されていた。タオルケットは、まだ新しく、ワインが数本入っていたと思しき木箱も、さほど目立った傷跡も無かったので、捨てられてから日が浅いものと推測される。
仔犬は、かなり人慣れしているらしく、ミキが近付くと、前足を簀の子状の板の隙間に掛けて立ち上がり、尻尾を左右に振って喜んだ。
「ひろってあげようよ、パパ」
「う~ん。いざ飼うとなったら、餌やりとか散歩とか、お金と時間が掛かるんだよ、ミキ。ちゃんと面倒を見られるかい?」
「みられるから。かわいいでしょ?」
「今は仔犬で元気いっぱいだけど、ミキがハイスクールやカレッジに通う頃には、この犬は年老いてヨボヨボになるんだよ、ミキ。パパ、ミキが悲しむ姿は見たくないよ」
「へいきだもん。ひろってよ、パパ」
ミキは、箱の横にしゃがみ込み、両手で箱を抱えるように押さえたまま、瞳を潤ませ、こちらへ上目遣いで視線を送って来た。
こうなると、梃子でも動きそうにないので、妥協案を示すことにした。
「じゃあ、こうしようか。さすがに、ずっと飼い続けるのは無理だから、その仔犬の飼い主が見付かるまで、庭で預かることにしよう。それで良いね?」
「それでいい。パパ、だいすき!」
一時的にせよ犬を飼えるという事がよほど嬉しかったのか、ミキはパーッと花が咲いたように喜び、立ち上がって僕に抱きついて来た。
僕は、ミキの無邪気な反応を微笑ましく思いつつ、ミネにどう説明したものかと考え始めた。