022
麗らかに晴れた、休日の朝。
ひと捌けの筋雲がたなびいている以外は、眩しいくらいに、抜けるような青空が広がっている。
朝食が済んだら、ミキを連れて近所の東公園へ行ってみよう。バドミントンの特訓が、まだ途中だった筈だ。
「これを、どうするの?」
「今、牛乳と卵を入れたから、後は、こうやって混ぜれば良いんだよ。混ぜすぎると膨らまなくなるから、適当にね」
ボウルに小麦粉、砂糖、ベーキングパウダーを入れたところに、牛乳、卵を加え、ゴムベラで切るように混ぜて見せる。すると、ミキも僕の動きを見様見真似で再現しようと、小さな手でダイナミックに生地を混ぜていく。
頬や腕に粉を飛ばしつつも、ミキは、いつになく真剣な表情で調理にあたっている。ただ、些か至らない点があるにはあって、混ぜ過ぎの部分や全く混ざってない部分があるのだけれど、その辺は焼く前にそれとなく軌道修正するとしよう。パンケーキ作りは、ここまで非常に順調に進んでいると言える。
ちなみに、ミネも今日は全休で、キッチンで僕とミキが奮闘しているのを、リビングのソファーで科学雑誌を広げて寛ぎながら、チラチラと横目でこちらの様子を窺っている。
「パパ。このくらい? もうちょっと?」
「ちょっと様子を見せてね。……うん。もう良いかな」
ミキの手からボウルとゴムベラを引き継ぎ、軽く掻き混ぜて整えてから、次のステップに移る。少し前にフライパンの表面にバターを塗り、点火して焼きの下準備を整えてある。
「それじゃあ、いよいよ焼いていこうか。まず、パパがお手本を見せるね」
玉杓子に生地を八分目ほど掬い取り、充分に全体へ熱が伝わったフライパンに流し入れ、円を描いて丸くする。そして、生地の表面にふつふつと気泡が出来て来たら、フライ返しで一気に引っくり返す。本当は、フライパンを軽く揺するだけで返せるのだけれど、子供の細腕では、鋼鉄製のフライパンを片手で操作するのは至難の業だろうから、初心者向けに失敗する確率の低い方法をチョイスした次第。これも、親心なんだろう。
再度、焼き目の付いた生地を引っくり返し、両面がキツネ色になっているのを確認してから、一枚目を皿に移す。我ながら、見本として綺麗に焼けたと自画自賛したい出来映えになった。
「さて。それじゃあ、ミキがチャレンジしてみようか」
「まるく、あわあわになったら、パンッ」
何やら呪文のように独り言を呟きながら、僕がバターを塗り直したフライパンへ、玉杓子で生地を流し込んでいく。
が、杓子の半球いっぱいに生地を掬ってしまった為に、ボウルからフライパンへと、点々と跡が付いてしまった。
ミキが、キッチンクロスで拭き取ろうとしたので、僕はクロスを取り上げ、玉杓子の持ち手に片手を添える。
「わっ! そこ、ちがうのに」
「慌てないで、ミキ。端に零れた分は、焼けた後で取れば良いから。まずは、こうやって……」
零れなかった分の生地をフライパンの中央へ流し、円を描くようガイドする。ただ、生地が少ないので、先程より直径が小さく、形もやや卵型になっている。
僕は許容範囲内だと思ったのだけれど、ミキとしては、どうしてもお手本通りに作ってみたいらしく、不満そうに口を尖らせていた。
その後も、引っくり返す時に中程で折れてしまったり、真円にしようと意識するが故に薄く伸ばし過ぎ、ガレットかクレープのようになってしまったりと、用意した生地が無くなるまで何枚か挑戦させてみたのだが、結局、ミキには、僕が焼いた一枚目と全く同じ生地を焼く事は出来なかった。
「慣れたらコツが掴めるから、また今度、頑張ろうね」
「パパみたいにできるまで、がんばる!」
「再挑戦するのは結構だけど、調子に乗って焼き過ぎよ。こんなに食べたら、ランチは、カナッペで丁度良いくらいじゃない」
文句を言いつつも、ミネは父と娘の奮闘の結晶の過半数を平らげ、空になった皿にナイフとフォークを揃えて置いた。
ママの胃袋は、底なし沼かブラックホールかもねと、僕が小声でミキに囁くと、ミキはメイプルシロップを掛ける手を止め、ニッコリと満足そうに笑った。