019
結果から言えば、無反応。いや、というよりも、僕が前に何を注文したか、ホンの長期保存メモリーには、まったく情報が残っていないようだった。
何を記憶して何を忘却するかは個々人によって異なるところで、それに異議を唱える気は無いのだけれど、どういう情報ならインプットされるのかは、気にならないでもないところで。
「上司が居ないと思って愚痴を零したら、いつの間にか背後に噂の当人が仁王立ちしてたのと、外回りから戻ってきた時に、エレベーターでリン様のボンキュッボングラマーを拝めたのが、午前のハイライトだな」
「そのまま社長秘書に手を出して、左遷されないようにね。手紙は出すけど」
「ひでぇな。俺が、そんなフシダラな輩に見えるのかよ」
大皿に山盛りに乗ったターメリックライスの中央にスプーンで盆地を造り、グレイビーボードからたっぷりと飴色のカレールーを注ぎ、仕上げにエッグスタンドの生卵を割って掻き混ぜつつ、ホンは心外そうに唇を歪めて言った。
胸に手を当てて考えれば、僕がそういう結論に至る原因に思い当たる節があると分かる筈なんだけど、自覚が無いのかな。
ともかく、僕はホンに横取りされないうちに、平皿から一つ目のサンドイッチを手に取り、四十五度の一端を丸く齧る。
「そんで、話を戻すけどさ。見た感じ、入社当時から変わらないけど、いくつだと思う?」
「若く見えるけど、四十は過ぎてるんじゃないかな」
「違う、違う。歳じゃなくて、スリーサイズ」
呆れた。伝え聞く経歴から真面目に年齢を見積もった僕が、馬鹿みたいだ。
ホンは、内心で僕が溜め息を吐いているのを察する事無く、そのまま呑み屋でするような話を進める。
「セキだって、考えたことあるだろう? あの火花バチバチのダイナマイトボディーでさ」
「悪いけど、昔から僕は、そういう事に淡白だし、第一、今はミネが居るから」
「ほぉ。セキは貧乳派か」
危うく、飲みかけの炭酸水を吹き出しかけた。ストローで飲んでなかったら、気管に入ったかもしれない。
ちなみに、ホンはストローを使わない派らしい。飲みかけのラッシーの入ったグラスの横には、封を切っていないストローが置いてある。その無造作な仕草に、僕は思わず、中蓋の存在を邪魔がるミネを連想してしまった。
「何の勘違いか知らないけど、貧乳だろうが巨乳だろうが、ミネはミネだ」
「ほほぉ。それは、アレか。胸の小ささで付き合った訳じゃなくて、付き合ってから小さい事に気付いたってクチか?」
ニタニタと面白そうに香辛料で染まった歯を見せながら問い掛け返して来たホンに対し、僕は言い返す気力を失くし、ズレた論点を修正する言葉を探す努力もせず、二つ目のサンドイッチに口を付けた。