002
ダイニングからリビングを抜け、廊下へ出た階段を上がってすぐの部屋が、我が愛しの一人娘の部屋。
ドアに「ミキのへや」と描かれたパステル調のプレートが掛かっているので、一目瞭然だ。
ちなみに、このプレートはミネが妊娠中に僕が作ったもの。ミネの芸術的センスは独特なので、もし彼女に任せていたら、きっと前衛的なアートに仕上がっていたと思う。夜中にうなされるレベルの。
「ミキ。朝だよ」
我が子とはいえ、もう六歳になる女の子なので、一応、ノックしてひと声掛ける。
反応が無いので、今朝は、まだ夢の中らしい。
「ミキ、起きて。朝だよ」
撚れた布団の角をめくると、枕の上に両足が乗っていた。大海原を自由に泳ぐ人魚になった夢でも見ているのだろうか?
寝る前に抱いていたお気に入りの猫のぬいぐるみは、ベッドガードの隙間から足を投げ出して挟まっている。
足と手の位置から頭の場所を推測して布団の別角をめくると、妻に似て赤毛で、くるくるとカールしたショートヘアが見えた。
朝日を浴びたことで、ようやく起床スイッチが入ったらしく、翠色の眼をパチパチさせ、僕の方を見た。
「むぅ……」
「おはよう、ミキ。もう朝だよ」
「ちがうもん」
「違わないよ」
「あさは、ママがたべちゃったから、もうないの」
どうやら、まだ眠たいらしい。言い訳の仕方が、いかにも子どもらしくて可愛らしい。
ご希望通り寝かせておいてあげたいところだけど、熱は無さそうだし、キンダーガーデンにも遅れてしまうので、心を鬼にして起こしにかかる。
「お寝坊さんは、悪い子だなぁ。悪い子には、お仕置きしなきゃなぁ」
「おしおき?」
「そうだよ。こうやって、ねっ」
「キャハハハハ!」
パジャマの上から脇腹をくすぐると、ミキは身を捩りながら大笑いした。これで、目が覚めたはずだ。
「起きたかな? まだ起きないなら、お仕置きを続けるよ?」
「おきた。おきたから、もういい!」
ミキは、ベッドから身体を起こすと、ようやく朝の挨拶をした。
「おはよう、パパ」
「はい、おはよう。それじゃあ、キンダーガーデンの服に着替えて下に降りておいで」
「はぁい」
「また寝ちゃ駄目だよ。今度は、ママに起こしてもらうから」
「ういっ。わかった」
何かを思い出してサーッと青ざめた顔をしたけど、僕の知らないところで、ミネは何かしたのだろうか。まぁ、大体予想がつくから、深く考えないでおこう。
パジャマを脱ぎ始め、赤みがかった肌が見えそうになったので、紳士らしく退場して、ダイニングへ向かうことにしよう。そろそろ、ミネも荒ぶる髪を鎮め、一つにまとめ上げた頃だろう。