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こぼれたミルク  作者: 若松ユウ
Ⅱ ボタンの掛け違え
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018

 午前中の仕事を、適度にストレスを与えられながらも恙無くこなし、軽い頭痛を覚えながらも席を立とうとしたところで、ホンに声を掛けられた。

 まったく。僕の行動を天井裏から監視するか、デスクかカバンにでも盗聴器でも仕掛けられているのではないかと思うほど、ホンはタイミング良く姿を現すものだ。

 例によって、その後はランチを摂りに出掛けた。行き先は、ホンの希望もあって、この前に行ったカフェにした。


「頑張る貴方のために、愛情たっぷりのランチを作ったわよ、マイウルフ。いつもありがとう、マイハニー。チュッ! ――みたいな展開にはならないのか?」

「いつの時代のメロドラマなのさ。お弁当を作るにしても、僕が作ってミネに渡す方が自然だよ」


 他愛もない話をしながらカフェの前に到着すると、この前と外観が大きく変わっていることに気付いた。


「壁の蔦、伐っちゃったんだ」

「ん? あぁ、枯葉が落ちるからだろう。秋口に伐っておけば、春先に虫が湧くことも無いしな」

「木漏れ陽がキラキラと路面にドットを作って、綺麗だったのに」

「どうせ、オーナーが伐れって言ったんだよ。金満家(ブルジョワ)の考えそうなことだ」


 利潤追求が悪いとは言わないけど、情緒が無くなるのは残念だと思う。取り去るのは一瞬でも、再び築き上げるのには、その何倍もの時間が掛かるのだから。


「センチメンタルに浸るのは結構だが、とりあえず中に入ろうぜ。腹と背が引っ付いちまう」


 外壁を見上げ、消えた自然の芸術に哀惜を感じている僕をよそにして、ホンはアンティーク調のロッキングチェアに立て掛けられた黒板を見て、何をオーダーするか決めたようだ。

 街も人も、変わらないようで変わっていくもの。そういうものだと頭で分かっていても、急に失ってしまうと、うら寂しい気持ちになってしまうものだ。

 かといって、いつまでも過ぎ去った後ろを向いていては、一歩も前に進めないので、程々の所で割り切る事が大切なのだろう。生きるということは、大小さまざまな出会いと別れを繰り返し、積み重ねていく事とニアリーイコールなのだ。


「おーい、眼鏡ポエマー」

「誰がポエマーだ」

「聞こえてるなら、返事してくれよな。何にするか、さっさと決めてくれ」


 ホンにずいッと腕を引かれ、僕は蹈鞴(たたら)を踏みながらメニューの前に立つ。白いチョーク書きの列の中にエッグレタスサンドの文字を見つけ、僕は少しだけホッとした。

 同じメニューを注文したら、ホンはどういうリアクションを示すだろうかと、どうでもいい事を考えつつ、ホンと僕はカランコロンとカウベルを鳴らし、店内に入った。

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