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こぼれたミルク  作者: 若松ユウ
Ⅱ ボタンの掛け違え
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017

 今朝は、ミキの見送りをミネに任せたので、シティートラムは最寄り駅からの乗車だ。

 住宅街の真ん中に位置する駅なので、乗客の顔ぶれも、誰が何両目に乗るかも、だいたい決まっている。

 例えば、いつもグリーン系のツーピースに真珠のネックレスをしたパーマヘアの婦人は、三駅先の改札口に近い前寄り二両目に乗り、大きなギターケースを背負い、眉尻や臍のすぐ上にピアスをし、ノースリーブの肩から髑髏(どくろ)を覗かせた線の細いハイスクール学生は、婦人とは離れた後ろ寄り三両目に乗るといった具合だ。

 

『二番線の列車は、十七系統、西部国際エアポート前、行きです』


 いかにも機械的な音声の自動放送とともに、ステンレス製の無骨な十両編成が入線する。

 駅員が肉声で雑談まじりに放送したり、車体を赤や青にペイントしたりすれば、もっと通勤通学が楽しくなるだろうにと思わなくもないが、ミネに言わせれば、公共交通機関に変な娯楽性を追求すると、余計な予算を使うなとクレームを入れる人が出てくるに違いないんだとさ。

 単なる移動手段として捉えれば、これで不足は無いのかもしれないけど、なんとなく潜在的なチャンスを逃している気がしてならない。


『ドアーが閉まります。ご注意ください』

 

 婦人とも学生とも違う前寄り五両目に乗ると、車内は珍しく混雑していた。

 いつもなら、七人掛けのシートそれぞれに、一人分か二人分は余裕があるものなのに、今朝は、どのシートも満席で、ドア横のポールや網棚前の吊り革に立っている乗客も少なくなかった。

 そして、何より気になったのが、車内の半数ほどの人たちが、こぞって同じチラシを持っていたことだった。

 三つ折りにされて配られていたと思しき光沢紙は、ビビッドな赤とシックな黒が効果的に使われた人目を惹くデザインで、中央には太めにレタリングされた文字で、堂々と新党の名前が書かれていた。

 ひと駅前か、あるいは、もう何駅か前あたりで大々的に配られたものらしい宣伝文をよく見ると、来週あたりに新党樹立へ向けた決起集会が行われるようだと分かった。

 チラシを持っている人物みんながみんな、その式典に臨む訳ではないだろうけれど、試供品が一つも付属していないチラシを、ここまで受け取る人が居るという事象の背景には、現状への不満と、将来への期待があるんだろう。

 この時点で僕は、漠然とした感覚だけれど、何かが足元から変わりつつあると思っていた。ただ、その感覚は間違っていなかったのだと、後々に思い知らされることになるとは、まったくもって予想していなかった。

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