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こぼれたミルク  作者: 若松ユウ
Ⅱ ボタンの掛け違え
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016

 慣れてしまえば、特別に意識せずとも出来るようになる事は多い。

 ただ、それを誰かに教えようとすると、言葉で説明できず、実際にやって見せる事でしか覚えさせる方法が無いということが、往々にして存在するものだ。

 だから、リボンやネクタイを、いつ、どうやって結び方を覚えたか、忘れてしまっていたとしても、不思議ではないのだ。


「ここを、さっきの輪に通す」

「えっ、どこ?」


 ミネがトーストと目玉焼きを準備している間に、僕はミキにネクタイの結び方を教えていた。

 キンダーガーデンの女児制服はリボンタイなので、蝶結びさえ出来れば問題無いのだが、学習意欲の芽を摘むのは良くないので、知りたい時に教えてあげるべきだと判断したまでだ。

 だけど、初めてネクタイを締めるようになってから何年も経ち、頭で考えずとも手が覚えているという段階に入っている行為を、まったくの初心者に教えるというのは、なかなか捗らないもの。


「パパ、もっかいやって」

「良いよ。よく見ててね」


 これで何回目だろうか。小剣を抜いて結び目を解き、大剣を引っ張って襟から一旦ネクタイを外して全体を見せてから、もう一度、締め始めた。

 すると、キッチンの方から、香ばしすぎるニオイが漂って来たので、首にネクタイを掛けたまま手を止め、フライパンの前に立つミネに近付く。ミキも、小鼻をひくつかせながら後に続く。


「ミネ。今日は、ちょっと焼き過ぎてない?」

「こげくさい!」

「文句を言わない。胃袋に収まれば、栄養価は一緒よ」


 フライパンには黒い焦げ跡が残っていて、平皿の上の目玉焼きは、両面とも黄身まで固くなるほどに火が通っている。

 贅沢を言えば、僕は両面焼き(ターンオーバー)で黄身は半熟、ミキは片面焼き(サニーサイドアップ)で黄身が液状のままくらいが好きなのだが、家事には不器用なミネに高等な調理スキルを求めるのは酷なので、やんわり注意する程度にしておく。

 料理に限らず、裁縫の腕前も似たようなレベルで、レースを編めば蜘蛛の巣になり、ぬいぐるみを作れば予想外のクリーチャーが出来る事は、新婚当初に実証済みだ。

 好みの焼き加減で食べたければ、自分で作れば良いだけの話だし、実際、僕が焼く時は、そういう風にしている。そういう現状があるので、ミキは僕に食事を作らせたがる。

 あと、余談だけど、ミネに散髪を任せると前髪が無くなるので、ミキのヘアカットは僕の担当で固定されている。すぐに伸びるとはいえ、生え際が見えるほど短く切られては、さすがに可哀想だからね。

 ミネは、どこまで切れば良いか目印があれば間違えないんだけど、なんて言ってたけど、チャコで引いた通りに縫ったり切ったりしてたら、あんな怪物(クリーチャー)は出来上がらないと思う。ミネの不器用さがミキに遺伝しなくて、本当に良かった。


「パパ。あしたは、パパのパンケーキがいい」

「パンケーキか。作り方は簡単だし、明日はお休みだから、ミキも作ってみるかい?」

「えっ、ひをつかっていいの?」

「一人では駄目だけど、僕が見ててあげるから。いっぱい練習しようね」

「やった!」

「ちょいと。そっちで二人して盛り上がってないで、バターやグラスを用意してちょうだい」


 明朝の献立も決まったところで、僕はネクタイの剣先をワイシャツの第二ボタンと第三ボタンの間に挟み込み、冷蔵庫からバターケースと牛乳パックを取り出した。

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