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こぼれたミルク  作者: 若松ユウ
Ⅱ ボタンの掛け違え
15/67

014

 十まで数えたら上がるように言ったら、八か九まで数えて忘れたフリをするという流れを三回ほど繰り返し、すっかり芯まで温まったところで強制終了してバスタブから上がる。タオルで髪と背中を拭いてからパジャマに着替えさせる段階で、狭い脱衣所内を逃げ回るのを掴まえる。二階に連れて行き、絵本を選ばせてからベッドに寝かせ、読み聞かせつつ毛布の上からトントンと胸を叩いて安眠を誘う。

 以上のスリーステップで、今日も今日とて子育ては重労働であると痛感した頃、中間管理職の板挟みに疲労困憊したミネが、ようやく帰って来た。


「ただいま。あ~、疲れた」

「おかえり。今日も、おつかれさま」

「ミキは、もう寝てる?」

「ぐっすりと。夕食なら、すぐに用意できるけど?」

「そう、ありがとう。でも、先に汗を流すわ」

「分かった」


 ミネが二階に上がろうとした時、僕は朝の郵便物の事を思い出し、電話台の引き出しを開けてハガキと公報を手にして階段へと向かった。


「待って、ミネ。今朝、これが届いてたよ」

「ん? あぁ、もう選挙の時期か。どこに投票しても変わらないだろうから、いっそ新党に票を投じてみようか……」


 郵便物を受け取り、目を細めながら、どこまで実現できるのか分からないマニュフェストが列記された紙面を斜め読みするミネは、軽い気持ちで、そんなことを口にした。

 この後、本当にミネが新党に投票したかどうかは、僕の与り知らないところだけど、蓋を開けた結果を先取りして言ってしまえば、低所得者層の票が、庶民の味方という旗印の新党に集中した事もあり、与党や既存の野党は大きく議席を減らす事になった。

 これに関連して、これより数年前のことだったが、僕が留学生としてカレッジに通っていた頃、この国は二院制を採用していた。けれど、当時は上院と下院の間で何度も法案や予算案が行ったり来たりするばかりで、一向に話が進まない事が多々あった。

 慎重な議論がされているという見方があった一方で、時々刻々と世の中が移り変わり、話し合うべき議題の数が増加傾向にある現代社会においては、二院制は相応しくないのではないかとの見方も無視できなくなったため、会議時間の短縮と効率化を目的に、一昨年度から、この国は一院制をスタートさせた。

 まぁ、この背景には、スピードアップだけでなく、議員定数を削減して公費を抑える狙いもあったのだろうけど。


「セキ。目薬、どこやったか覚えてる?」

「救急箱に入ってないの?」

 

 カラスの行水とでも言おうか、ミネのシャワータイムは、それでメイクを落として全身を洗えてるのかと疑問に思うくらいに短い。

 僕は、鍋をコンロから下ろしてミトンの上に置くと、リビングのチェストを探しているミネの横に立ち、一段上の引き出しから救急箱を取り出してみせる。箱を開けると、僕の予想通り、ビタミン配合の黄色い目薬が入っていた。ドライアイ気味のミネが、いつも使っているものだ。

 その目薬を手に、僕はリビングのソファーに座ると、片手の平で太股をポンポンと叩いて言った。


「さぁ、ここに頭を乗せて」

「私は、自分で点せる」

「いつも二回は外すのに?」


 暗に目薬の無駄遣いを指摘すると、ミネは苦々しい顔をしながらも僕の横に座り、そのまま身体を横に倒して頭を上を向けた。

 無駄に力が入ってるから、狙いがブレるんだよね。まずは、リラックスさせるところからかな。

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