012
案の定というか、なんというか。
生鮮食品や消耗品をカートに入れた後のこと。珍しくジャンクフードやソフトドリンクのコーナーを素通りしたので、一瞬、車内で話を聞いていたのかと思ったのだが、ミキの目的が別の場所にあっただけだった。
「パパ。これ、かって」
「お菓子は買わないよ」
「おかしじゃないもん。アイスだもん」
ミキが向かった先は冷凍食品のコーナーで、両手で袋の両端を握りしめるように持っているのは、コーラ瓶型のビニル製容器に入った、チョコレート味のラクトアイスだ。ちなみに値段は、六十シルバー。
ついでだから、ここで簡単に通貨について説明しておくと、この国では主軸通貨のゴールドと補助通貨のシルバーが使われている。一ゴールドは百シルバー。それから、僕の生まれた国ではマルという別の単位が使われていて、一ゴールドあたり何マルかは、日によって相場が変動している。最近は、一ゴールド二百マルくらいで落ち着いているけど、僕が留学して来た頃は、二百五十マル以上したと記憶している。
「アイスなんて食べたら、夕食が入らなくなるよ」
「ふたつあるから、いっこパパにあげる」
「そういう問題じゃなくてだね」
「おかいけいをべつにしたら、ママにはわかんないわ」
やれやれ。自分の主張を通そうという場面になると、いつも以上に知恵が働くものだ。
理論武装なんて、どこで覚えてきたのやら。
「ねっ? だから、かって。いいこにするから~」
だったら、今すぐに聞き分けが良くなってもらいたいところだ。なんて言ったところで、皮肉が通じるとは思えない。参ったな。ミネは、こういう時に、どう対処してるんだろう?
「おねがい、パパ。これかってくれたら、キャラメルもドロップもいらないから」
ミキは、今にも泣きそうな勢いだったので、他人が集まる前に白旗を揚げることにした。泣く子となんとやらには勝てない。
「わかったよ。今回だけだからね」
「わーい! ありがとう、パパ」
袋をカートに入れると、ミキは僕の腰に横から抱きつき、嬉しそうに頬を脇腹に押し付けてきた。柔らかな頬の感触や体温がシャツ越しに伝わってきて、なんとも面映ゆい。アイス一つで、ここまで素直に喜びを顕わに出来るのも、子供のうちだけなんだろうな。
「さっ。とけないうちに、はやくレジにいこう、パパ」
「はいはい」
ひとしきり喜んだ後、ミキはシャツのカフスを持ち、レジへと引っ張ろうとしたので、僕はカートを押し、キャッシャーと書かれた看板の下へと向かった。