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こぼれたミルク  作者: 若松ユウ
Ⅰ 平穏な日常
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001

 出窓から燦々と降り注ぐ朝日を浴びながら、髭剃り後に残ったシェービングクリームを洗い流していると、癖の強いロングヘアをハネ放題にした我が愛しの妻が、大口を開けて欠伸をしながらやってきた。

 どうやら、今日は昨夜より湿気が多いらしい。


「おはよう、ミネ」

「おはよう、セキ。今朝も、憎たらしいくらいイケメンね」

 

 そう言って、ミネはいつも起き抜けに、僕の髪を滅茶苦茶に掻き回す。サラサラヘアの僕に対する、ささやかな反抗のつもりなんだと思っている。

 ショートヘアにすれば良いのに、と言ったこともあるけど、短くしても朝の爆発は収まらないらしく、それどころか、却ってセットが面倒になるそうだ。

 そういうところが可愛いところの一つではあるんだけれども、せっかくセットした髪を乱されるのは癪なので、ちょっとだけ苦言を呈しておこう。

 

「イケメンだと思うなら、台無しにしないでほしいよ」

「ごめんごめん。触り心地が良いから、つい。今朝は、トーストで良い?」


 この国には、ミネと同じように赤毛の人や、それよりもう少し濃い茶髪の人は多いけれど、僕のように生まれつき色素が薄く、金髪で蒼い眼をした人や、逆に色素が濃く、黒髪で焦げ茶色の眼をした人は少ない。

 カレッジへ留学で来た当初は、会う人会う人みんなに珍しがられたし、今の職場でも少数派であることには変わりない。

 だけど、ミネとは出会ってから十二年経ってるし、童顔だけど、僕ももう三十歳になるんだから、いい加減に慣れて欲しいところだ。


 なんて愚痴は、胸の内に留めておくとして、ひとまず、ダイニングへ移動しよう。


「パンは、昨日で使い切ったんじゃなかったっけ?」


 背後から声を掛けると、ミネは冷蔵庫を開け、上段に何も乗っていないのを確かめながら言った。


「あっ、ホントだ。じゃあ、シリアルにしよっか。そっちは、まだあるでしょ?」


 そう言われた僕は、戸棚を開け、筒形のタッパーの中に充分な量のシリアルが入っていることを確認した。

 二日前にファミリーサイズを買って来たばかりだから、普通に考えれば無くなるはずが無いのだが、ミネの食欲を侮ってはいけない。

 あれは、結婚前にまだアパートで同棲していた頃のこと。夕食後に、二人で映画を観ることにした。その時、ポップコーン代わりに未開封だったシリアルの袋を開け、おもむろに食べ始めたミネは、なんと、映画が終わるまでに完食してしまったのだ。

 それがあまりにも衝撃的だったので、あの時、何の映画を見ていたかは、すっかり忘れてしまった。


「あるよ。僕一人では食べ切れないくらいに」

「まだ言ってる。顔を洗ってくるから、ミキを起こしてきて」

「はぁい」


 あの気の強そうなエラの張った顔で、鋭い翠眼に睨まれては、これ以上の皮肉は言えないな。

 あんまり揶揄うと、体力お化けのパンチやキックが飛んでくるリスクが高まってしまう。

 平和主義者としては、ここは大人しく、洗面所へ戻るミネと分かれ、二階で眠る愛娘を起こしに行こう。

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