3話 宿屋でそんな定番な。
「お買い上げありがとうございます。」
店主は深々とお辞儀する。
「いいものをお売りいただきありがとうございます。安いお宿ですのでお気をつけて。」
トルノさんと店主に別れを告げ、教えてもらった宿へ向かった。
ちょっと意味深なことを言っていたが、漫画でよくある展開でもあるかな。
向かう途中で、もじもじとリリィがしゃべりだす。
「ご、ご主人様、こんないい服をありがとうなの。」
「あ、ありがとう。」
ミディも、震えているが、尻尾がパタパタしている。嬉しいらしい。
「お礼言うことじゃないよーーついでに、ご主人様よりも要って呼んでくれたほうがいいけどなぁ?」
にやにやしながら言うと、りりィは元気に答えた。
「は、はい!要様!」
ううーーん。まだちょっと違う。様とか、気恥しいからいやだな。
「様もなんか違うけど、呼び捨てじゃダメなの?」
聞いてみる。
「だって、ご主人様を呼び捨てにはできないの。」
もじもじとリリィが答える。
少し離れているけど、そういえば、一人っ子の私は兄弟にあこがれていたんだったなぁ。
「えーー?なんか柄じゃないなぁ。かな姉って呼んでみ?」
「え、か、かな姉?」
にっこり微笑んでみたら、照れたようにリリィは応じた。
ちゃんと呼べたので頭を撫でる。あ、耳が当たった気持ちいい。というか、髪の毛もふわふわだ。
「うん!これから、あんたたちのお姉さんだから!良いも悪いもちゃんと言うこと!欲しいものは随時相談ね?あと、ミディももうちょっとしゃべりなさい?」
ミディはちょっと人見知りなのか、ずっとリリィの後ろで黙っていた。男の子がそれじゃ情けないぞ?
「えっと、か、かな姉。」
照れたように答えるミディ。やっぱり尻尾はパタパタしている。
「お、ちゃんと言えるじゃん。」
そういって頭を撫でてあげる。こっちも気持ちいい。
やっぱ、動物の耳とあまり相違がない。というか、毛質がまんま犬猫のようだった。
「とりあえず、さっさと宿に行って休もうか。あそこの環境悪かったみたいだし、お風呂あればいいんだけどなぁ。」
そういうと、二人の体がビクッとなった。りりィの尻尾はピンとして揺れているし、ミディの尻尾はくるんと股の間に収まってしまっている。ということは、怯えている?
「どうしたの?もしかしてお風呂?」
聞くと、二人で震えて抱き合った。
「お風呂怖いの・・・」
りりィは全身プルプルしている。
「お風呂はね、裸にされていじめられたんだ。痛いので、ゴシゴシされる。」
ミディのほうが説明してくれた。
うーん、あの怯え方はそれ以外もなんかあったっぽいなぁ。結構粗雑な扱いを受けてたってことか。
「お風呂はねー気持ちいんだよ?ちゃんと入れてあげるから、とりあえず今までは忘れて、私を信じてくれる?」
そういうと恐る恐る二人が離れてこちらに向き直った。
「うん、怖いけど、信じる」
「信じる!」
二人とも、短時間で結構懐いてくれている気がする。
服をあげたのがよっぽど嬉しかったのかな?
「よっしゃ!まあ、安宿みたいだし、風呂はあるかわかんないけど、行くかーー!」
教えてもらった先に宿は無事あった。入ってみると、居酒屋風の雰囲気。よく本で見る宿屋!って感じ。
カウンターっぽいところに行ってみる。
「三人泊まりたいんですが。」
受付の男は、少しだけ顔をしかめた後、
「三名ですと銀貨50枚になります。」
え?高っ。
「それ、本当の料金ですか??」
トルノさんの話だと、余裕だと言っていた。
「お一人であれば銀貨20枚です。三人部屋になると、50枚になります。通常、獣人奴隷は納屋になりますので、銀貨5枚です。」
なるほど。それで余裕ね。顔をしかめたのは、毛がつくのを嫌がったとか?
「一人部屋で、三人入っても?ベッドの大きい部屋ある?」
ダブルって言ってもわかんないだろうしなぁ。
「ベッドの大きい一人部屋は、銀貨30枚です。三人泊まられても問題はありません。」
多少高いが、まあいいか。りりィたちは小さいし、ちゃんと寝れるだろう。
「じゃあそれで。お風呂はある?」
「備え付けのシャワーがあります。お部屋は205です。食事は、そちらで食べられます。」
シャワーあるんだ。食事は、居酒屋風のところで食べるらしい。
「ありがとう。」
代金を払ってカギをもらう。
「おなか減ったし、食べようか。」
りりィたちを促して、空いている席に座る。りりィたちが何故か私のそばで地面に座った。
「え?なんで?椅子に座りなよ。」
びっくりして声を掛けると、りりィは困惑したような顔をした。
「え?でも・・・」
席に座らないと頼めない。早く座るよう促す。
「??いいから座って?」
急かすと慌ててリリィたちが席に座る。そのうち、すぐに店員が来た。
直ぐに声を掛けず、りりィたちを見つめている。なんだ?
「ご注文は?」
目線をそらして私に向き合ってから聞く。メニューのようなものはないらしい。
「りりィやエディは食べられないものとかあるの?」
犬は玉ねぎとか、聞いたことがあるが、猫はどうだろう。
「え、と、特にないよ?」
「僕も。」
二人とも大丈夫なようだ。しかし、注文しようにもメニューがわからない。
「ちなみに、食事はどんなものがあるの?」
まあ、聞くしかない。
「今ですと、パンに肉を挟んだものと、シチューがありますね。時間が遅いので、他はありません。」
まあ、仕方ないかぁ。基本はお酒なんだろうし。
「じゃあそれを三人分。」
頼んでみると、やっぱり訝し気な顔をする。
「同じものですか?パンだけとかもできますが。」
なんだその提案は。
「??なんかおかしい?」
少しイラっとして聞き返すと、店員は慌てたように、
「いえ、少々お待ち下さい。」
そういってそそくさと去っていく。そういえば、リリィたちをじろじろ見てたな。
頭に疑問符を浮かべていると、りりィが説明してくれた。
「かな姉、普通、奴隷には机で食べさせないし、同じ食事を与えないの。」
周りを見渡せば、確かに奴隷らしき人たちは床で何も挟まっていないパンをかじっている。
「マジかーーー確かに、そんな感じだな。ま、よそはよそ。うちはうち。」
あれが当たり前なのだから、訝しがられても仕方ないのか。しかし腑に落ちない。
「い、いいのかな?怒られない?」
りりィが心配そうに、居心地の悪そうにしている。
「さっきの店員も、顔には出てたけど、注意されなかったからいいんじゃない?」
隷従契約もしたが、私は二人をあんな扱いする気は毛頭なかった。
「かな姉、変な人だ。」
ミディがそういいつつ、二人とも嬉しそうなのと、落ち着かないのの半々といった感じか。
今度から部屋に運んでもらうようにするかなぁ。部屋に机とかあるのかな?
ま、次でいいか。
話していると、食事が運ばれてきた。
というか、二人の分が私のものより少ない。
「これはなんでかな?同じものをといったよね?料金払わないよ?」
再びイラっときて店員をにらみつける。
「し、失礼しました!」
「急いでね!」
店員は二人の分を回収して引き返していく。
「なんなんあれ。なんも言ってないのに差別じゃん。」
やり直させたが、腹の虫は収まらない。
「やっぱかな姉変だね。」
二人がくすくす笑った。笑ったの初めてじゃない?
なんだか俺も嬉しくなった。イラっとしたが、結果オーライだ。
二人の食事が運ばれるのを待って三人で食べた。
「おなか一杯食べたの、初めて。」
そういってリリィは嬉しそうに笑う。
「僕も。おいしかった。」
ミディも笑顔だ。
「そう?良かった。これからは、これが普通だからね?」
そういうと二人とも顔を輝かせた。
「本当?我慢しなくていいの?」
我慢、我慢か。奴隷として働かせるくせに、食事をまともに与えないのが普通なんだな。
それって効率も落ちると思うんだけどなぁ。
「嘘言ってどうするよ。それに、病気の時に栄養取らないとよくなるわけないじゃん。」
多少顔色はよくなったが、それでも、少しつらそうにしている。
「さ、部屋に行こっか。明日は、病院のこととか調べないとね。」
食事代を払って部屋に向かう。代金は銅貨15枚だった。
やっぱりあの串焼きは相当高いんじゃん!
微妙な憤りを感じつつ、部屋に入る。こじんまりとしたカプセルホテルみたいな部屋だった。
部屋の中をほぼベッドが占領している。これでシャワーついてるとか逆にすごいな。
「じゃ、狭そうだから一人づつ洗うね。」
まずりりィを連れてシャワー室に入る。しかし、石鹸が見当たらない。
脱ぐ前で良かった。リリィに待つよう言って、受付のとこまで下りる。
「ねぇ、石鹸ってないの?」
「せっけん?それはどのようなものですか?」
あ、そういうことか。存在しないらしい?
「あ、ごめん、聞かなかったことにして。」
そそくさと部屋に戻る。
「お風呂って水浴びなんだね。」
「?」
他に何があるのかと、りりィのかなりの疑問譜が頭についている。
「気にしないで。ブラシって、家畜扱いだったんだね。」
そういって、二人を抱きしめてやる。
普通必要のないことされてたってことだ。しんどかったな。
「どうしたの?かな姉。」
「ちょっと苦しいよかな姉」
二人がもぞもぞ動く。離れると、ちょっと恥ずかしそうだ。
とりあえず、二人を交代で洗う。りりィは終始くすぐったそうにしていて、ミディは恥ずかしそうにしていた。
気にしていなかったが、歳とか聞いておいたほうが良かっただろうか?
「りりィたちはいくつなの?」
「私は10歳。」
「僕は11歳。」
「私は17だよ。」
やっぱり、まだまだお子様だ。
「さ、さっさと寝よう!」
布団に転がって、ポンポンと二人に寝るよう促す。しかし、おどおどしてるだけで動こうとはしない。
「寝ないの?」
そういうと、二人とももじもじしている。
「一緒に寝ていいの?」
「僕らは床じゃないの?」
まさか、そんなわけがない。それにこの部屋、床がほぼない。
「おいおいーもうわかるだろー?何のためにこの部屋にしたのかってさ。」
にっこり笑って促すと、おどおどしながら布団に転がった。
私は、二人とも抱きしめながら、疲れていたのかそのまますぐに眠った。
明け方に目が覚めた。
二人ともよく眠っているが、やはりちょっと苦しそうだ。今日は早くどうにかしないと。
考えていると、ドアの向こうから人の気配がした。
んん?こんなにはっきりと、人数もわかるなぁ。3人?
ここは角部屋だったから、ドアの前にいるのは俺らに用があるってことだな。
というか、これは、殺気だな。盗賊と同じ気配がする。
こういうのもわかるようになったんだなぁ。チートってやつ?魔法とか使えないかなぁ?
使えたらすぐに治してやれるのになぁ。
そんなことを思っていると、鍵が開いた音がした。宿屋はグルか、脅されたのか・・・、どっちでもいいけど、宿代は回収かなーーー
そんなことを思っていると、りりィとエディが目を覚ました。
「かな姉、どうしたの?」
そう聞いてくるりりィの毛は逆立っている。
「わかってるんでしょ~警戒心丸出しじゃん。」
笑ってそういうと、二人はドアの方を向かって威嚇しだした。
「かな姉なんでそんなに余裕なの!」
焦ったように叫ぶリリィに、俺はいたって余裕だ。
「まあ、落ち着きなって。手は出すなよ。」
その間に男たちがどかどかと押し入ってきた。
もちろん手には各々武器を持っている。
先頭の男が口を開いた。
「起きてたのか。まあいい。大人しくしてれば痛い目見ないぜ?」
悪役の常套句か。顔も脂下がって下卑た笑いをしている。
「こっちの台詞だよ。大人しく引き返せば、あんた等も宿屋も痛い目見なくて済むぜ?」
同じように返してやると、奥の男がビクッとなった。よく見れば受付の男だ。
「へぇ。どっちかと思ったらグルの方か。じゃあ、遠慮することないな。」
宿屋を壊したら悪いと思っていたが、問題なくなった。
「粋がってるのもいいねぇ。可愛がってやるよ!」
男が動く。俺は、その顔を思いっきり殴りつけた。いい加減、気持ち悪かった。
男は気持ちいいほど派手に壁を突き抜けた。あ、お隣さんはいなかったようだ。良かった。
「てめぇ、やりやがったな!!」
二人目も襲い掛かってきたが、同じように殴り飛ばし、前の男に重なるように伸びた。
「ひ、ひぃぃぃ。」
それを見た受付の男が腰を抜かした。
「リリィ、その二人の懐探っといて。」
受付の男に詰め寄る前に、指示を出す。びっくりして放心していたリリィが、ビクッとなって動いた。
「さて、この落とし前はどうつけるのかね?宿代慰謝料で銀貨100枚もらおうか?金貨だと嬉しいなぁ。」
早速交渉だ。有り金を要求するつもりはない。
「そ、それだけでいいんですか?」
案の定、意外な要求に男は逆に聞き返してきた。
「別に、それで成り立ってんだろ?このぼろ宿。それとも、もっと要求されたいのか?」
別に、極悪非道なつもりはない。だが、何もなしは性に合わないだけだ。
「と、取ってきます!!」
受付男は慌てて下に降りて行った。
「リリィ、荷物をまとめてここ出るよ。」
さすがにそのままいるつもりはない。壁に穴空いたし。
「もうできた。」
エディが答える。意外としっかりしている。
「よし、さっさと出るよ。」