1話 衝突、そして異世界へ
「ちょっと、薬は飲んだの??」
朝、バタバタした家の中、俺も例外なくバタバタと家を出ようとしていた。
「飲んだ飲んだ!行ってきまーす!」
嘘を付いた。だって今日は、
「今日は家庭科で実習あるもんね!せっかく作るのに食べられないとか、マジないし!普段みんな弁当持ってきてるのに俺だけないんだよねーーどうせ食べないし、ある意味必要ないのはわかるけど、軽く疎外感だよ。まあ給食の時と違って、休み時間本読む時間にできるのはすごくいいけど、そうだ。授業の時間に食べられるんだから、お昼はやっぱ本読めるな。今日はあの続きでも読もうかな?」
俺はADHDだ。多動性障害という病気で、突発的な行動、行動の抑制がきかない、思考がまとまらないなどの症状がかなり強く出る。
いつものことだが、一人で走りながら無駄にしゃべる。思ったことが口に出るし、自分にしか意味の分からないこともずっと言っている。加えて、言ってはいけないことなども、言ってしまってから気付くなど多々あるため、友人は少ない。
あ、ちなみに、俺と言っているが女だ。今もセーラー服を翻し、公道をダッシュしている。
容姿は、あまり説明したくないほど普通よりも劣る。というか、太っている。太っているから普通より劣るのかと問われれば、痩せたからと言って可愛くなれるわけではないのを知っている。
そんな俺は、よく、本に出てくる気に入ったキャラクターの口調が移るのだが、中一の初め頃、男言葉で俺という女キャラに強いあこがれを抱いてしまい、移ったまま直らなくなってしまった。
正直、かなりしっくりくるから仕方がない。むしろ「私」ということに言いようのない違和感を覚える。
まあ、周りには不評だが。
本を読みながら、突っ込みを入れ、一人で百面相をしているのが日課だが、図書室では静かにといわれてしまうので、いつも屋上で読んでいたりする。
「今日は天気がいいから気持ちいだろうなぁ。」
薬を飲めば、その多くがマシになる、独り言が減り、口数が減り、突発的行動が抑制されるのだが、最大の難点は食欲が失せる。小さいころからそうだから、いい加減慣れたが、家庭実習のある時は故意に飲まないのもいつものことだ。因みに、普段は栄養補助食品のカロリアンを食べている。薬を使っていても食べられるし、小腹がすいた時は多少お腹に溜まるので便利だ。
調理実習は、薬を飲んでいないためか、つい余計なものを入れてしまって作るため、同じ班になるクラスメイトには煙たがられ、薬を飲んで来いと怒られるのだが…そんなもん知らん。俺だって食べたい。
そう、薬なんて、たまに飲まないことなんていつものことだった。
多少危険なことは何度もあった。飛び出し、蛇行、自転車に接触したことなど数えられない。
いつもは、悪運が強かったのか、飛び出しても車は来ず、接触したとしても軽傷で済んだ。
今日も、信号待ちの際、大人しくしていることが難しく、フラフラしていた。ついふらついて、車道に飛び出す。
いつものこと、慌てて歩道に戻ろうとした。
でも今回、いつもの悪運は消え去っていたようだった。
ききぃっドン!!ごしゃっ
ああーーぶつかっちゃった。今回はもろ当たったな。いつもはなんだかんだ平気だったのになぁ。薬ってやっぱり大事なんだな。血、は見えるけど、痛みはほとんどない。というか、全身の感覚もない。感覚が無いのはやばいよなぁ。あ、救急車来たっぽい。早いな。これもし生きてたら、後でかなり痛くなる感じ?生きてればだけど。すっごく眠いな。もっと筋肉があれば耐えられたかも?脂肪は・・・衝撃を吸収できるほど太っているわけでもないし、関係ないか・・・結構意識ってあるもんなんだな。あ、今日読む予定だった転生もの。あれ楽しみだったのになぁ。どんな内容だったっけ?
だいぶ考えていた気がするが、だんだん意識が薄れていく・・・
あーーー昨日買ったプリン、食べ忘れてたな・・・
「あ、ちょ、それ俺のプリン!」
がバリと起き上がり、周りを見渡す。プリンを食べようとしていた弟は居らず、むしろ家の中でもない。
目の前には気持ちのいい青空と草原が広がっていた。
「え?いやいや、いくらうちが田舎だからって、草原なんて近所にはないよ?」
そもそも俺の家の周辺でもない。ここはどこだ?
立ち上がり、うろうろと見渡すが、どこまでも草原だった。いや、後ろには鬱そうと茂った森と人が見える。
ん?人?大体3.4人いる。いつものように眼鏡を直そうと、顔に手をやる・・・が、眼鏡がない。
「あれ??眼鏡、メガネ・・・っていうか、見えてるし。」
結構な距離だが、人がいること、その人数が判別できている。ぼやけてもいない。
「えーーーあ、そういや事故を起こしたんだっけ?傷もないし感覚もあるけど。超回復能力でもあったかな。ついでに目も治ったとか?てか、なんもない草原に、あんな森、あの森もずいぶん広そうだし、なんだこのゲームみたいな場所。ていうか、事故そのものが無かった?にしても、こんなとこにいる理由がわからない。まさか、異世界転生!?いや、召喚?そうとは限らないけど、家はどっちだ?生きてるならプリン食べれるじゃんーーってか、実習!間に合う?って、どこが学校???」
考えを全部口にしながら、右往左往する。
「あ、かばんは持ってきてるのか。スマホは・・・ある。ええ!?圏外じゃん。っていうか、電線も見当たらないし、ド田舎でも電線くらいあるよね?圏外は圏外だろうけど。あ、愛用の腕時計はあるじゃん!サバイバルナイフもある。これ通販したときは楽しかったなぁ。何に使うでもなく買ったけど、意外と便利なんだよねーー鉛筆削るときとか。ま、人前ではできないんだけど。カッターとか、ハサミもあるなーーとりあえずサバイバルするかもだけど、何とかなるかなぁ。なるか?食糧確保とかどうしよう・・・あ、普段のお昼用のカロリアン多めに入れててよかったーーー二食分の箱が3つもあるじゃん。ペットボトルも二本ある。だから重いんだけど、無い時困るしなぁ。あ、鏡もある。割れてない。血とかついてないかな??」
鏡を掲げて、全身を見る。いつもの丸っとした顔。無駄に大きな丸い目は二重がキレイについていいかと思われがちだが、まつげがない。鼻は潰れているし、口はたらこなのに何故かおちょぼ口という謎バランス。可愛くはないし、男にも見えないし、かなり中途半端な女顔だ。いや、おばちゃん顔だ。
「うん。俺だ。まんま俺だ。でも、いつもよりはちょっと痩せてる?感じがするなぁ。俺にしかわからないけど。でも、思考回路は俺そのものだけども・・・体も、いつも通り、太っても小さめのバスト。中肉中背の体?いや、筋肉がきちんとついてる、ってか、これはあこがれのムキムキ・・・ってほどでもないけど・・・力強いかな?格闘技とか、繰り出せるようになってたりしないかな!?広めの肩幅と、中途半端に高い身長、は確認できないけど。俺にとっての理想の体にはある程度なっている。つい先日、数日間暴飲暴食したせいで太っていたはずなのに!てか、俺であって俺じゃないのか??やっぱ異世界!?召喚されるとき補正がかかった!?どうせなら美人さんにしてほしかった!!」
頭を抱えて叫ぶ。どうせ近くには誰も・・・
「お嬢ちゃん、どうしたんだ?」
急に声がかかる。自分の思考に熱中していて、遠くに見えた人が近づいてくるのに気付いてなかった。
「うおわぁぁぁ!?」
叫んだとこ聞かれた!てか、どこから聞かれた!?
遠くから見たときはわからなかったが、男が四人、全員、にやにやと嫌な笑みを浮かべている。
「おいおいおい、変わった格好の嬢ちゃんだなぁ?なんかしきりに話してたが、誰と話してんだ?格闘とか、異世界とか、何の話だったんだぃ?」
その男は、にやにやした顔で手にした獲物、太く湾曲した包丁とは違う大きな刃物を俺に突き付けてきた。
後半少ししか聞かれてなさそうってか、これは、剣?俺のサバイバルナイフじゃ太刀打ちできないじゃん!
「と、通り魔??しかも集団!?」
びっくりして、つい口に出た。男は下卑た笑みを少しゆがませ、理解できないような顔をする。
「トーリマ?俺たちはいわゆる盗賊ってやつだ!抵抗すると痛い目みるぜぇ?」
おう、通り魔が通じない。ってか、盗賊って言った??確かに、格好はよく本で見るような皮鎧を雑に着たザ盗賊だ。
ファンタジーですやんーーー異世界確定ーーー!?
軽く感動しているところに、男たちは俺を包囲した。それぞれ手にしている武器を俺に向けているが、切りかかってくる様子は・・・ない・・・?
状況的に慌ててもいいと思うが、現実味がないのかひどく冷静だ。
「ここは穏便に行こうよ?丸腰の女子高生に武器はいらないんじゃないかなぁ?」
囲まれているが、怖さはない。しかし、これは、ある意味身の危険を感じるような雰囲気を全員から感じる。
「女子こーせー?なんだそれは?まあ、確かに武器はいらなそうだなぁ?」
私が制止しようと突き出していた手を、男が徐に掴む。い、たくはない。だが、それなりの強さだ。
「ケガしたくなかったら暴れるんじゃねぇぜ?」
急な現実味、触れられるということにひどく驚いた。全身の毛が逆立つような悪寒がする。
気持ちそのままに、その気持ち悪い顔を殴った。
「触んじゃねぇ!!」
ついでに拒否の言葉も出た。
「んぐぉっ。」
小汚い呻きを上げ、吹っ飛ぶ盗賊。
「えあ?吹っ飛んだ!」
驚いていると、他の盗賊たちが色めき立つ。
「てめぇ!何しやがる!!」
しまった、他の三人が一斉に来る!焦ったのも束の間、切りかかってくる男たちの動きが、スローになった。
「ほお?スロースロー・・・?」
順番に顔を殴りつける。剣を振りかぶった状態で止まっているように見えたので、非常に殴りやすかった。
「ぐっ!」
「がっ!」
「げっ!」
それぞれ呻きながら吹っ飛んでいった。
「お・・・お、俺つえぇぇぇぇぇぇ!!!」
感動もひとしお、自分の両手をしげしげと眺める。殴った手も痛くはない。
逆方向に吹っ飛ばしたやつを引きずり、他のやつもひとまとめにした。
「盗賊って、自分で言ってたしな。悪い奴なら盗ってもいいよね?」
俺はほくそ笑みながら、盗賊たちの懐を探った。こういうのって、RPGあるあるだよね。
懐を探っていると、ちょうどよさそうな縄があったので全員縛り上げる。
というか、みんな縄持ってるな。縛り方は適当に見えてなかなか解けないものだ。本で見た。
剣と、弓、携帯食料っぽい干し肉に、硬貨に似たお金らしきものがたくさんあった。
最後のやつを縛ったころ、一人目を覚ました。最後にちょっと加減してしまったか?
「お、お前は何者だ!?」
縛られた状態なのでもちろん動けない。
「え?だから、一応女子高生だって。」
「だから、それはなんだ??舞踏家の流派か!?」
拳で殴ったから、舞踏家か。自分でもそんな気がしてきた。正直、かなり悦に入っている。
「ええ?そんなんじゃないけど・・・ねえ、普通の人がいるとこ無いの?」
どうにか逃げようともがく男に、近づき、さっき手に入れた剣を手に取った。早速武器が役に立つな。
「なんでそんなこと教えなきゃ・・・」
「うわ、偉そう・・・」
そういいつつ剣を突き付ける。
「あ、あああああっち!あっちのほうに行けば、しばらくしてブッチェーノってぇ町があるはずだ!!」
手が使えないので、男は一生懸命足で方向を示す。
「ふーん?ありがと。じゃ、あんま悪いことしてると又来るよ?」
無駄に脅してみる。倒せた自信が無駄にみなぎっている。
「は、はははははい!!」
しかし、縛って正解だった。あんな早く目を覚ますとは・・・
とりあえず、目を覚ました男をシバいてまた気絶させておく。
武器は、荷物になるから剣だけでいいか。
俺は、縛ったままの盗賊たちを置いて、自分の鞄にお金と携帯食料をしまい、言われた方向に歩き出した。
「ブッチェーノ?かあ。秒で忘れそうな名前だな。」
「え?なにこれ?しばらくってこんなに遠いの?方向間違えた?いや、なんか道っぽいのは一本道だったし?
しばらくって、本当にかなり歩いた。二時間ぐらいでやっと遠くに町であろう壁?が見えた。
俺は喜んで走り出した。そんなに疲れてないし、走ると早かった!
初めから走れば良かった…
そこそこの距離を休むことなく走って門?のようなところについた。何やら行列ができている。
上がっていもいない息を吐きだして、その列に並んでみた。検問?っていうのか?そういうのがあるらしい。
もうすぐ自分の番というところで、入場門の受付みたいなところに並んでいる人が板を差し出している。
「そういえば」
硬貨の袋の中にそんなものがあった。これがいるのかな?
「はい、札出して」
自分の番になった。見よう見まねで札を差し出す。
「商人さんね。ん?荷車はないし、かばんもそれだけ?」
じろじろ全身を見られる。ううーーん、あの札、商人用なのか。さっき言われた格闘家は、なんか違うな。
「あ、えっと、実は盗賊に襲われまして、命からがら逃げてきたんです。」
盗賊に遭遇したのは本当だし、これで何とか・・・
「そうか、さっきいい勢いで走ってきてたな。足が速いから逃げられたんだね。不応中の幸いだったね。商人ギルド紹介しようか?」
あ、見られてたんだ。逆に真実味が増したようだ。
「いえ、何とかなりますので。」
知ったかをしてみる。下手にしゃべってボロが出るのはここでは避けたい。余計なことしゃべるなよ俺!
「そうかい。何かあったらまたいいなよ。入って。」
割と簡単だった。そういえば、入るのを断られたような人いなかったな。
「ありがとうございます。」
多分、体裁を保つだけのための場所だな。
しゃべるなとは思ったが、言い訳に関してはそれなりに得意だ。ま、今回は必要なかったが。
昔からやってしまったことに対して言い逃れするのに、年々上手くなっていったものだ。
町に入ってみると、なかなかのにぎわい方で、町自体大きそうだった。
そういえば、商人ギルドなんてあるのか。聞いておけばよかったかな。
このまま行くと迷いそうだなと思ったが後の祭りだ。