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赤崎ケンジは死んでいる

今後もよろしくお願いします。

 校門を出て、南に進むと大きな十字路に着く。そこから西へ向かうと住宅街があり、東に向かうと商店街がある。更に南下すれば駅前に出る。

 ハルカは十字路を西へと向かった。

 ケンジにはそれが意外だったが、特に口を挟まずについて行く。普段の帰り道とは違うが、この時間帯ならばまだ安全だったことを覚えていたからだ。

 ケンジは念のためにアプリを起動し、周辺の通報を確認する。地図が描かれた画面に異常は見あたらなかった。

「あら、それなにかしら?」

 はっとした。

 いつの間にかハルカが目の前にいた。彼女は大きな瞳を輝かせている。好奇心の塊のような仕草は実年齢よりもずっと幼く思え、見た目とのギャップにケンジは狼狽えるしかなかった。

「な、なにって…アプリだよ。持ってるだろ?」

「いいえ。私、こういうのは持っていないわ」

「は?」

「ん?」

 不思議そうに首を傾げる仕草がまた可愛い。 

 そんな馬鹿みたいな感想を打ち消し、ケンジはハルカの言葉を反芻する。知らない、と彼女は言った。その事実はケンジにとってある意味最も衝撃的だった。

「あら、もしかして知らない私の方がおかしいのかしら?」

 違う、とケンジは呟いた。

 変なのはむしろおれたちの方なんだ、とはさすがに言えなかった。

 思考がようやくクリアになる。

 魅力的に見える少女はそのままに、不自然に高かった動悸がゆっくりと収まっていく。頬に感じた熱さも消え、かわりに少女を初めてまともに見ることができた気がした。

「なぁ、お前、なんなんだ?」

 ケンジの言葉に、ハルカは呆けた表情になる。

 数秒の間を空けて、ハルカは笑みを浮かべた。

 これまでの笑みとは違う、どこか挑発的な笑み。こちらの反応を探るような視線にケンジは身を強張らせた。

「それはこちらの台詞なんだけれど」

 要領を得ない言葉を残し、彼女は背を向けた。

 ケンジは遠くなる背中を見つめていたが、それが見えなくなる前に後を追った。

 ほどなく、目的地に着いた。

 住宅街の一角。六台分の駐車場とこじんまりとした外観。入口にはこ洒落た椅子が置かれ、その上にホワイトボードが乗せられている。カラフルな丸っこい文字がところせましに描かれ、本日のおすすめと値段が一目でわかるようになっている。

 からんころんと軽やかな音。

 白と茶色を基調にした内装は落ち着いた雰囲気で、微かに聞こえるジャズがよくマッチしている。ケンジたち以外に客はおらず、中年の渋い男がいらっしゃませの掛け声とともに満面の笑みを向けて来た。

 ハルカは窓際の奥の席に座る。ケンジはハルカの対面に座った。

 正直、ケンジはこの手の店に入ったことがない。雑誌でたまに目にする程度の知識しか持っていなかったが、初体験にしては好印象を受けた。

「デラックスパフェ二つとブラックコーヒーを二つ」

「おいっ?」

「あら、ブラックは苦手でしたか?」

「いや、それはいいんだけど」

「大丈夫。ここは私が奢りますから」

 そういう問題じゃないが。

 抗議をするのも面倒になり、ケンジは黙ることにした。ハルカはどこか得意気な笑みを浮かべている。

 …それが何とも可愛らしい。

 ケンジは熱くなった頬を無視した。

「どうぞ」

 渋いマスターが渋い声で満面の笑みを浮かべながらパフェと珈琲を持ってきた。

 デラックス、というにはどこか物足りない。

 ケンジは一目見てそんな感想を抱いたが、ハルカは違ったようだ。目の輝きが違う。血色のいい頬が仄かに赤く染まり、口元が緩く弧を描いている。

「いただきます」

 一口、二口、三口。

 小気味いリズムで消えていく生クリームの山。ところどころで変化するハルカの表情にケンジまで食欲を刺激された。

 生クリームを一すくい。

 甘ったるい味を想像しながら口元に運んだ。

「…うまいな」

「でしょう?」

 ケンジの口から無意識に言葉が漏れた。ハルカはにこにこ笑みを浮かべながら同意している。

 甘ったるい味を想像していたのに、どこか違う。

 甘いのは間違いないがくどくない。ひんやりとした冷たさが心地よく、掛けられたチョコレートソースの薫りと苦みが更なる旨みを引き出している。

 結局、ケンジとハルカはほぼ無言のままパフェを食べきった。

 食べきってしまった。

「ごちそうさまでした♪」

 軽やかな声に、ケンジは正気に戻った。

 目の前には空になったパフェの容器とコーヒーカップ。満足げな笑みを浮かべるハルカ。店内のBGMも穏やかなものに切り替わっている。

 その全てを堪能していた事実にケンジは愕然とした。

 何をやってるんだ、おれは。

「あら、どうかしました?」

 思わず頭を抱えたケンジに、ハルカは不思議そうに声をかけて来た。

 ケンジは説明するのも面倒で、というか、恥ずかしくてそんな真似もできないので上目遣いでハルカを睨み付けた。

 ハルカはただただ不思議そうに首を傾げる。

 その仕草ももちろん可愛らしかったが、ケンジはふつふつと腹の底で煮立つ何かを感じた。

「…なんでおれを連れて来た?」

「パフェを食べるために」

「ざけんなっ!」

 ケンジは思わず声を荒げた。

 思いの外響いた声にケンジ自身が驚いた。渋いマスターが目を丸くしてこちらを見ている。

 ハルカは涼し気な顔でケンジを見ていた。

 そのすかした態度にケンジのボルテージが上がっていく。

 言いたいことはいくらでもあった。

 昨夜の出来事はもちろんのこと、これまでの言動、接し方、態度。なによりケンジが気に入らなかったのはハルカがなにも言わなかったことだ。

一言もケンジに対して謝っていない。

そのくせこんな場所で談笑しているのだ。その不可解すぎる価値観が、ケンジにはとてつもなく気に入らなかった。

「怖い顔。けれど、私にだってあなたに言いたいことが山ほどあるのだけれど?」

「あ? 上等だ、とっと言え」

 ハルカの表情が変わる。

 余裕綽々だった態度に僅かながら苛立ちが見て取れた。笑みを浮かべた口元が引くついている。

 その変化だけでもケンジにすれば大きな収穫だった。

「いいわ。それじゃ、本題に入りましょうか」


「貴方、自分が死んでるってことに気付いている?」


                    *


「は? 死んでる?」

 聞き間違いかと思い、ケンジは素で問い返した。

 ハルカは真剣な眼差しでケンジを見つめるだけで、何も答えない。どうやら聞き間違えではないらしい。彼女は本気でケンジが死んでいると言ったのだ。

 馬鹿くせえ。

 そういって話を切るのは簡単だったが、彼女の言葉を無視できないことをケンジは理解していた。

 胸元を貫く刃とその痛みをケンジは覚えている。

「じゃ、なんだよ? おれはゾンビか何かってことかよ」

「少なくとも生者じゃないでしょうね。けれど、化生の類でもない」

「ケショウ?」

「どこから話しましょうか」

 ハルカは悩まし気に視線を外す。

 こめかみのあたりを抑え、瞼を閉じた。

「そもそも、何故自分が刺されたかわかってる?」

「わかんねーよ」

「そう。それはそうよね」

 ハルカはそれきり黙ってしまった。

 沈黙が続く。

 不意にケンジはこの沈黙の意味を

 考えてみれば日本刀を振りかざす女子高生がまともな人間なわけがない。ここまで連れてこられたのも、案外本気でパフェを食べるためだったのではないか。

 黙りこくったまま表情を変えないハルカを眺めながら、ケンジは半ばそう確信した。

「うん、わかりました!」

 ぱん、と両掌を合わせるハルカ。

 なにがわかったのかいまいちわからなかったが、ケンジはハルカの言葉に耳を傾ける。

「なんだよ」

「私は正義の味方です」

「帰るわ。ごっそさん」

「待ちなさい。私は嘘をついていませんよ?」

 ケンジは腰を上げたがハルカに止められた。細腕には見合わない力で掴まれ、ケンジは渋々ながら腰を下ろした。

「そういうのいいから。とっと理由を教えてくれ」

「私の実家は神職で、兄が跡を継ぐことになっていたのですが私にも才能があったの。幼い頃からその手の修行を積んだ。だから、わかるの」

「なにが?」

「あなたが死んでいるってこと」

「…だから、それがおれにわかんねえんだよ。実際、こうして生きて」

 るんだから。

 ケンジはそう言葉を続けたつもりだったが、何故か声が出ない。言葉を発しようと必死に喉と口を動かそうとして、ようやく気付いた。

「ね、死んでいるでしょう?」

 すらりと伸びた銀色の一本線。

 ケンジの視界に突然現れたそれは、ハルカが突き出した左腕から真っ直ぐにケンジへと向けられている。

それが何なのかケンジはすぐに気付いた。その線を伝って流れる赤い液体の意味にも。

喉が熱い。

言葉が出ないのは当たり前だ。どころか息を吸うこともできない。

視界はどんどん白く染まっていく。

なのに、動けない。喉元に突き立てられた刀身を抜くことも、掴むことすら出来なかった。その事実が、なによりケンジの心を折った。

「ぁ」

 刀身が引き抜かれる。

 何が起きて、何が終わるのか。

 ケンジの脳内は混濁し、目の前の出来事すらも処理できない。予感は絶望的で、なにもできないからこそ受け入れることを拒否している。

 意識の有無はもはや関係ない。

 待ち受ける運命に抗おうとする肉体に全てを委ねようとして、


「あ?」


 何も異変がないことに気付いた。

 喉元にあった熱も、混濁した意識も、呼吸すらも元に戻っている。

 ケンジは恐る恐る指先で喉元へと触れた。が、やはり傷どころか零れた筈の血液すら残っていなかった。

「…前より酷くなっているわね」

 嫌悪感を隠そうともしない声音で、ハルカは言った。

 ケンジは言葉の意味を数秒理解できなかったが、向けられた視線でほぼ正確に意図を読み取た。

 怒ればいいのか、悲しめばいいのか。

 それすらも判断できず、ケンジは何度も喉元を擦った。

「わかりましたか? 貴方はもう死んでいるの」

 さらりと言われた言葉に背筋が凍る。

 昨晩のことも、今目の前で起きたことも全てが現実であるとケンジはようやく実感することが出来た。

「それでは、本題に入るけれど」


「あなた、自分がいつ死んだか覚えてる? 残念だけれど、私があなたを殺したのはではないの」


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