第6話 犬と美少女(男)と陰気そうなガキ
最初の依頼。
それは、ごくありふれた討伐依頼だった。
ザブールの街からほど近い場所にある農場に、小鬼が出没するという。
正確な数は判らないが、おそらく二十匹程度。
ごく小規模な群れだ。
ただ、いくら小規模といっても農場主には脅威であろうし、働く人々にとっては恐怖だろう。
すぐに討伐要請が出されたが、ザブールを治める領主アンキモ伯爵の動きは鈍かった。
ひとつには、まだ被害が出ていないからである。
人的な。
非常に言葉を悪くいえば、たかが二十匹程度のゴブリンで騒ぐなよ、ということ。
国やそれに類する機関の動きなんて、そんなもんだ。
これが実際に人的被害が出たり、いくつかの農場が壊滅するようなことになれば伯爵が抱える私兵を動かしてくれるかもしれないが、それまではとくになにもしないだろう。
せいぜい、巡回の警邏兵に注意するよう訓令する程度。
おいおい領民をなんだと思ってるんだって話だが、結局のところ、国は王のもので貴族領は貴族のものなのである。
民なんてもんは、税を納めるだけの存在だ。
王様や貴族様に言わせれば、住ませてやってんだから文句なんか垂れずに税を納めろってところだろう。
それを、要求とか要請とか、ふざけてるのか、と。
で、領主がそういう対応だろうってことは、もちろん農場主だって充分に予測している。
動いてくれたらラッキー、くらいのものだ。
だから同時に冒険者同業組合にも依頼が出された。
そういうときのための組織だから。
農場で働く人々が武装したってゴブリンとは戦えない、ということはまったくない。
さほどの戦闘力のあるモンスターではないし数だって少ない。頑張れば勝てるだろう。
ところが、この頑張るって部分がネックになる。
農民たちは荒事の専門家ではない。戦えば損害をうけるのだ。
死者が出るかどうかはやってみなくては判らないが、怪我人くらいは絶対に出る。
怪我をして動けなくなったら、それはそのまま労働力の低下だ。
もちろん、戦っている間も農作業は滞る。
そこで冒険者の出番だ。
金銭によって、農場で働く人々の危険を肩代わりする。
が、農場主の思惑に反して、冒険者の集まりは良くなかった。
ハズレの依頼だからである。
報酬額が安すぎるとか、そういう理由ではなく、かなり長期に渡って拘束されてしまうからだ。
モンスターは神出鬼没。
いつ出てくるか判らないから怖いのである。
遠くからてくてく集団で歩いてくるモンスターなんぞ、怖くもなんともない。石を投げつけるでも矢を射かけるでもして、追い払うことが可能だ。
いつ出るか、どこに出るか判らないから警戒を怠れない。
巣を見つけることができれば一網打尽にすることも可能だろうが、そもそも巣を探すなんて簡単じゃない。
ということは、ずっと農場に張り付いていなくてはいけないのだ。
ゴブリンどもが諦めてねぐらを変えるまで。
さすがにこんな面倒くさい依頼を積極的に受けようって物好きは少ないだろう。
危険だって小さなものじゃないし。
「でも受けちゃうんだね。フレイは」
苦笑するミア。
「いや、だって簡単そうな依頼だし」
フレイがしれっと応える。
「あんた、わたしの話をいったいどこできいてやがった」
げしげしとエルフ娘が少年の脛を蹴った。
けっこう痛い。
どうして人気のない仕事なのかって質問したのはフレイなのに。
「いていていて。ちゃんと聴いてたって。巣を探せば簡単だってミアが言ったんじゃねえか」
「探せれば、よ」
ゴブリンの活動域はそんなに広くはない。
広くはないけど、一日二日の距離なら平然と移動するのだ。
たとえばそんな範囲の森の中を、どうやって探すんだって話である。
何百人もの兵士で山狩りをするならともかく、こっちはフレイとミアとデイジーの三人しかいないのに。
「足跡を追うさ。ゴブリンの足跡は特徴的だから見分けやすいしな」
なんでもないことのように言うフレイだった。
農場に着くやいなや、依頼主との挨拶もそこそこに、フレイは現場の調査を始めた。
地面に這いつくばり、雑草を掻き分け、慎重に見定めてゆく。
冒険者ってより、犬みたいである。
もう、依頼主としては不安しかない。
犬、美少女、フードをかぶった陰気そうな子供。
なんの団体なんだって話だ。
「大丈夫だよ! 村でもフレイよりたくさんイノシシを狩れるやつなんていなかったんだから!」
美少女がぱちっとウインクする。
中年の農場主は、それだけでめろめろだ。
視線はホットパンツから伸びる太腿に釘付け。
そんな軽装で大丈夫なのかって質問すらできないありさまだった。
ちなみにこの美少女、じつは男である。
あと、着てる服は魔法の品物だそうだ。
マリューシャー教の司祭が、丹誠込めて一針一針縫い、神宝処理まで施した逸品である。
肌が露出している部分にまで神の加護は及ぶので、虫に刺されたりとかもしないらしい。
すげーどうでもいい情報だ。
話をきいたフレイなどは、マリューシャー教の司祭というのはキチガイに違いないと確信したほどである。
「見つけた。意外と近くまできてるな。こいつは」
地面から顔を上げ、フレイがざっと仲間たちを見渡す。
急いだ方が良い、という意味だ。
「家畜とか、もうけっこうやられてる? 依頼主さん」
デイジーが訊ねた。
人当たりの良い彼が、主に交渉を引き受けている。
昨夜も鶏がやられた、という返答を得て、フレイが重々しく頷いた。
「だんだん大胆になってきてるんだ。攻撃されないから。何日かしたら昼間も姿を見せるようになるかもしれない」
「それでも攻撃されなかったら?」
「人を襲うだろうな。こいつらたいしたことねえって舐めきって」
押し殺した声のミアに応える。
彼女は他人のいる前ではほとんど口を開かないし、たまに喋ってもこのように低い声を出す。
もちろん意図的にだ。
女だと悟らせないための細工だが、結果として陰気そうなガキ、という印象になっている。
その分、デイジーの美少女っぷりが目立つわけだが、フードをとってしまえば、ミアの美しさはデイジーに勝るとも劣らない。
「すぐ追う?」
「ああ。今日中に片を付ける」
巧遅よりも拙速を選ぶフレイ。
理由がある。
農場まで侵攻されての戦闘になれば、従業員たちに危険が及ぶ可能性があるからだ。
ゴブリンは二十匹くらいと推測されているから、一斉にかかってこられたらなかなか厳しい。
であれば、こちらから動いて各個撃破したほうが、まだ安全だ。
農場が、という意味で。
「行くか」
「おっけー」
「了解よ」
膝についた泥を払って歩きだすフレイ。デイジーとミアが続く。
足跡を追ってゆくフレイ。
ときに立ち止まり、ときに地面に顔を近づけ。
まさに猟犬だ。
この場合は悪い意味でなく。
鋭い眼光が森を射抜き、じわりじわりとゴブリンどもを追いつめてゆく。
みえない鉄環を絞ってゆくように。
「二十よりはもうちょっと多そうだな」
「さすがフレイ! そんなとこまでわかるんだね!」
「これだけ数がいりゃあな。イノシシみたいに単独行動じゃないから楽なもんさ」
と、そこまで言ったところで、フレイが唇に人差し指をあてる。
近づいてくる気配を感じた。
耳を澄ます。
遠くで、がさがさと下草が鳴る。
ゆっくりと右手を挙げ、指を折ってゆく少年。
親指から順に。
数をかぞえていると悟ったミアとデイジーが注視した。
人差し指、中指、薬指。
小指は、折られなかった。
四匹。
軽く頷きあう。
すっと木陰に消える三人。
おそらく斥候だろう。
巣が近いため、周囲を警戒しているのだ。
まずはこいつらを各個撃破する。
近づいてくる足音。
ぎゃいぎゃいという鳴き声。
不意に、本当に不意に、ゴブリンたちが転倒した。
四匹同時に。
大地の手。
土の精霊に足首を掴まれたのだ。
もちろんミアの魔法だ。
その機を逃さず、身を低くしたフレイが駈ける。