第4話 悪の大司祭と気の良いおっさん
ザブールの街で主に信仰されているのは、豊饒の神マリューシャーである。
この女神は五穀豊穣と商売繁盛をつかさどっており、とくに後者が商売人の多いザブールで愛される理由だ。
信徒も多いし、教会なんかもまず立派なもの。
「司祭さま。少々お話が……」
一日、侍祭のひとりが申し出た。
司祭が可愛がっている信徒についての忠言である。
そのものは性格も良く、素直で、弱き者を慈しむ心をもった素晴らしい少年だ。
教会がおこなう奉仕活動にも積極的に参加するし、初級とはいえ回復の奇跡なども神から賜っている。
敬虔なマリューシャー教徒として、どこに出しても恥ずかしくない。
ある一点を除いて。
「私がデイジーに特権を与えすぎていると言いたいのか?」
じろりと睨む司祭さま。
背が高く、顔は威厳と慈愛に満ちた壮年の男性だ。
声量も豊かで、良く通る。
この声を聞きたくて礼拝にきている女性もいるとかいないとか。
「いえ? そこはべつに?」
しれっと応えるアコライト。
そんなことは、まったく、ぜんぜん問題ではないのだ。
「なんでデイジーにあんな格好をさせてるんですか。あなたは」
少女と見まごうような服装のことだ。
そりゃ似合ってるよ?
すげー女顔だし、スタイルもどっちかってゆーと女性っぽいし。
けどダメでしょ?
なんにも知らない男の子に、教団の制服だとか嘘こいて女の子っぽい格好させたら。
「可愛いからだ」
「…………」
「可愛いからだ。あと付け加えると、私が見たいからだ」
「…………」
いっそ厳かに宣言しちゃう司祭さま。
だめだこのクソ坊主はやくなんとかしないと、という言葉を、かろうじてアコライトは飲み込んだ。
「人を傷つけないための嘘は罪ではない。むしろ愛だよ。侍祭」
なにいってんだこいつ。
「……愛でございますか」
「彼の前には私が立とう。その服は女神により定められた正装だと謀ろう。回復の奇跡を用いるとき、軽く踊ったあと投げキッスをするのも、当たり前のことなのだと教え導こう。なぜなら、そのシーンを私が見たいからだ」
歌うように司祭が告げる。
荘厳な礼拝のようだった。
動機がバカみたいだった。
「愛だ。大いなる神の愛なのだよ。侍祭」
「そっすかー 愛っすねー」
ものすごい投げやりな同意するアコライトだった。
戦神にでも改宗しようかな、とか考えながら。
どうでもいい。
「ほんとだよ! 司祭さまが直々にくれたんだよ! 女神さまから下賜されたありがたい衣服だって!」
「いや、おまえぜったい騙されてるって。デイジー」
ところ変わって魔法屋である。
数年ぶりの再会を果たしたフレイとデイジーであるが、感動の前に驚愕が押し寄せていた。
そりゃね、三年前に引っ越していった無二の親友が、可愛い女の子になっていたらフレイでなくたってびっくりだよ。
「ちだもと。れこれだフレイ?」
ミアが口を挟む。
お? という顔をしたのは美少女っぽい少年だ。
「エルフ語だね。なになに? フレイのコレ」
右手の小指を立てたりして。
年頃の少年としてはべつにおかしくもない行動なのだろうが、年頃の女の子がやると、非常に蓮っ葉に見える。
これ。女の子がはしたないことをするんじゃありません。と、怒りたくなってしまうくらいに。
もちろんデイジーは男の子である。
「いや。そういうのだったらいいんだけどな」
頭を掻き、事情を説明するフレイ。
どうして魔法屋を訪れたのかまで含めて。
「ねくしろよ。よだとんしのマリューシャー。さうゆんしのフレイ。デイジーはくぼ」
頷いたデイジーがにっこりとミア笑いかける。
エルフ語だ。
「よいかついれいせ。ミアしたわ。のるせなは?」
嬉しそうな顔をしたミアがデイジーに右手を差し出す。
交わされる握手。
フレイくんおきざりですよ。
「デイジー。おまえエルフ語が判るのか?」
「教会で習うからね。少しだけ話せるよ」
ふふんと胸を反らすデイジー。
膨らみはない。
当たり前だ。
エルフ語が習えるなら俺も入信しようかなと一瞬だけ思ったフレイだが、ぶんぶんと頭をふって不吉な未来予想図を打ち消した。
女装まがいの格好をさせる教団とか、いやすぎる。
「でもまあ、ボクのエルフ語はカタコトだから、ちゃんと翻訳アイテムを買った方がいいかもね」
「そういえば、なんでおまえここにいるんだ?」
「ん? お手伝いだよ。ボクたちマリューシャー教徒は、修行の一環として町の人たちのお手伝いをしてるんだ」
ほかにも、フィールドワークとして危険な場所に赴く冒険者に同行したりもする。
困っている人や弱き者に手を差しのべる。
モンスターなどの不浄なるもの逐う。
それらは神の使徒たちにとって、崇高なる義務である。
これも神官への道だよー と、笑うデイジー。
可愛い。
おもわず目を逸らしちゃうフレイだった。
ともあれ、店の手伝いとして親友がいてくれたのはありがたい。
過大な期待は禁物だが、店主に口をきいてくれるかもしれないから。
「で、翻訳アイテムなんだけどよ。俺あんまり金もってないんだよな……」
「んん! みなまでいうな! ボクにどーんとまっかせなさい!」
どんとデイジーが胸を叩く。
そして強く叩きすぎたのか、けへけへとむせている。
あざとさの極致である。
「というわけでおじさん! エルフ語と大陸公用語の翻訳アイテムをみせて!」
もっのすごくストレートにオーダーしながら、とててて、とカウンターにむかうデイジー。
ホットパンツから突き出した太腿が眩しい。
ぷりっぷりだ。
「良いケツしてんな……あいつ……」
後ろ姿にぼそっと呟くフレイだった。
「れえかはもほ。のないたんへ?」
呆れたようにミアが肩をすくめる。
やがてカウンターに並べられたのは、いずれも頭冠タイプのマジックアイテム。
「これが一番やすいやつ。金貨四百枚だな」
恰幅の良い中年の店主が告げる。
安いといっても充分に高い。
貧しい労働者の年収四年分くらいだ。
ただ、魔法の品物として考えるなら、かなりの廉価だろう。
もっのすごく高いのだ。
マジックアイテムなんてものは。
「値段によって性能が違うのかな?」
フレイが首をかしげる。翻訳云々に性能とかあるのだろうか。
「いや。なんも変わらねえよ。台に使われている貴金属とか魔力が込められてる魔晶石の価値の差だな」
説明してくれる店主。
やたらと愛想がいい。
デイジーの紹介だから。
愛され少年なのである。
「でも高いよ。おじさん。もう少し負からないの?」
そのデイジーが、むぅと哀しそうな顔をした。
理由のない罪悪感に苛まれる店主。
だれだよ。この子にこんな顔をさせたやつは。
あ、俺だった。
脳内で漫才を繰り広げながら、デイジーの手を取り、てのひらに指先で数字を書き込む。
「ん! くすぐったいよ!」
「悪い悪い。こんなもんでどうだ?」
「わぁ! おじさんいい人! でも……フレイは新米冒険者だし……あ、そうだ。ボクの貯金を足せば買えるかも!」
「おいおい。バカをいっちゃいけないぜ。デイジー。いくら親友のためだっていったって」
親父さんが呆れる。
自分の貯金を切り崩してまで友達に尽くすとか。
「違うよおじさん。ボク、おじさんが困ってたって同じことするよ。誰だからじゃないよ?」
「デイジー」
きらっきらの瞳に見つめられ、思わず親父さんが空いている手で目頭をおさえた。
ええ子や。
そうだよな。困ったときはお互いさまだ。
「ようしデイジー。俺も男だ。これでどうよ」
かきかき。
「ええ! ダメだよおじさん! こんなに下げたら赤字になっちゃうじゃん!」
「デイジーは友達のために身銭を切ろうとしただろ? それと同じだよ。俺だってデイジーの友達なんだから」
「……おじさん。大好き!」
感極まったように、親父さんに抱きつくデイジー。
中年男の鼻の下が、にへら、と伸びた。
「なんだこの寸劇」
「よわいならしもてれかきにしたわ」
ぼそぼそと会話を交わすフレイとミアであった。
もちろん、互いに言っていることは判らない。