第25話 ミイラ男のサクリャク
「係員さん。大事なお話があるんですが」
「またきみかね。フレイくん。今度はなにをやらかしたのかな」
ものすごく嫌そうな顔を向ける冒険者同業組合係員だったが、正面に立つ少年の姿に、思わずぷっと噴き出してしまう。
「いや、用件をきく前に、どうしてミイラ男の仮装をしているのか、確認した方が良いだろうな」
「……仮装じゃありません。純然たる怪我です」
むっさい声が返ってくる。
ミアに殴られたり引っかかれたりしたのだ。
もう、コテンパンに。
「きみのチームには、マリューシャーの信徒がいたと記憶しているが?」
怪我なら治してもらえば良い。
そのための回復魔法だろう。
まったくその通りで、疑問を差し挟む余地はないのだが、ことこの傷に関するかぎり、デイジーは回復の奇跡を使ってはくれなかった。
つーん、と、つむじを曲げちゃって。
たったひとりで死地に赴くような人に、回復なんて必要ないでしょっ! みたいなノリだった。
「……いろいろあったんですよ」
「そうか。浮気もほどほどにな」
「してないよっ! 無実だよっ!」
「で、大事な話というのは?」
必死なフレイをさらっと流しておいて、本題に入る係員。
ひどい話である。
「また別室でお願いしたいんですが。ガイツのアニキも一緒に」
「ふむ」
A級冒険者の名前が出た。
尋常ならざる事態だろう。
あるいは、フレイの怪我とも関係あるかもしれない。
軽く頷いた係員が、カウンターに暫時離席のプレートを置く。
いつもどおり。
彼の予想は、少しだけ当たっていた。
フレイの怪我について、たしかに持ち込んだ問題と関係はあったのである。
ただし、まったく、こっれぽっちも重要な関わり方ではなかった。
こんなことより問題は、ガイツに伴われて入ってきた目深にフードをかぶって顔を隠した二人連れである。
自己紹介を受け、係員は腰を抜かしそうになった。
ダークエルフのパンナコッタは、まあ良い。
彼だって見たことくらいはある。回数こそ多くないが。
やばいのはもう一人の方。
フードの下から現れたのは見事な赤毛と赤い瞳。
そして側頭部に生えた角。
「お初にお目にかかるのう。儂はカルパチョ。魔王アクアパツァーの四天王がひとりじゃ」
と。
魔王軍の大幹部ですよ。
大物なんてレベルの話じゃないんですよ。
「……フレイくん。ちょっといいかな」
ぐいっと係員が顔を近づけた。
ちゃんと説明しろよ、この野郎、と、血走った目が語っている。
もちろんフレイは説明するつもりだ。
むしろ係員もこの事態に巻き込むつもり満々だ。
「魔王軍は、アンキモ伯爵領への侵攻をたくらんでいました」
咳払いして説明を始めるフレイ。
「俺たちとフレイチームで、なんとかそれを阻止したんだ」
ガイツが合いの手を入れる。
ザブールに帰還するまでの間に練られたシナリオだ。
もちろん事実から遠く離れては質問されたときにボロが出るため、あまり脚色はしていない。
伯爵領への侵攻を企図する魔王軍。
それに気付いたガイツチームとフレイチームは、協力してそれを挫くことに成功した。
具体的には、一騎打ちの末に紅の猛将カルパチョに勝利して、侵攻しないという約束を取り付けたのだ。
「そんな無茶苦茶な……」
係員がうめく。
「儂としては、そんな約束は反故にしても、べつに痛痒は感じぬのじゃがな。しょせんは人間と交わした口約束じゃし」
にやりと笑う魔族の女。
もっのすごく邪悪な笑みだ。
係員など、物理的な痛みを感じたほどである。
「なれど、儂も武人じゃ。同じ武人に対する礼節くらいはわきまえておるでな。フレイの仲間になってやることにした」
「は?」
論理展開に付いていけなかった。
思わす間抜けな声を出してしまう係員。
「判りにくかったかの? 儂も冒険者とやらになって、この街に住んでやろうというておるのじゃ。つまり儂がここにいるかぎり、魔王軍の侵攻はないということじゃ」
破格の条件である。
もしいま戦争ということになれば、アンキモ伯爵軍だけでは対抗しえない。
王国に救援要請を出しても、すぐすぐ戦力など整わない。
勝利は得がたいということだ。
紅の猛将は、わざわざ優位性を捨てるといってるのだ。
人間たちに準備の時間を与える、と。
「……期限は、いつまででしょうか」
絞り出すような係員の声。
飲まないという選択はない。戦争など起きてしまったら、何千という人が死んでしまうから。
しかし、彼一人で判断するには話が大きすぎる。
領主たるアンキモ伯爵の指示を仰ぐ必要があるだろう。
その前に、ある程度の条件を詰めておきたい。
「フレイが死ぬまで、というあたりかの」
人の悪い笑みを浮かべるカルパチョ。
それの意味が理解できないほど、係員は無能ではなかった。
人間族の寿命は六十年程度。魔法とかを駆使して頑張って延ばしても、百年生きられるものは稀だろう。
六十年と仮定した場合、フレイにはあと四十三年の時が残されている。
その間、魔王軍からの攻撃はない。
ものすごいことである。
平和の確約なんて、普通は得られないのだから。
ただし、フレイは冒険者だ。
いつ死ぬかわかんないような仕事なのである。
ではさっさと引退させて、健康に留意した生活をさせれば解決するか、というと、そういう問題ではない。
カルパチョは、「フレイの仲間になる」と言ったのだ。
安楽な生活を求めてザブールを訪れたわけではないのである。
変に気を回したようなことをしたら、かえって機嫌を損ねちゃうかもしれない。
つまり、これまで通りにフレイを扱うしかないのである。
たんなるC級冒険者として。
その上で、魔将軍カルパチョとダークエルフのパンナコッタがフレイチームに加入する。
もうね。
わけがわからないよ。
「わかりました。カルパチョ卿とそちらの方の冒険者登録については、便宜をはからいましょう」
判らないので、係員は考えるのをやめた。
どうにでもなれ。
あとは領主が考えろ。
くらいの勢いである。
「痛み入る。して、儂らの身分はE級かの?」
制度についての説明は受けてるよーん、みたいな態度のカルパチョだ。
「そういうわけにはいかないでしょう。よその組合から移籍してきたC級ということで取り扱います」
「世話をかけるの」
「ただし、組合ができるのはここまでです。滞在そのものについては、領主どのの裁可が必要になりますよ」
謁見についてセッティングするから、あとは自分らで説得しろ、と言外に語る。
戦争になるか、回避できるか。
そんな駆け引きなんて、冒険者同業組合の手に余る。
アンキモ伯爵に丸投げするつもり満々の係員であった。
「きみも一緒にいくんだぞ。フレイくん」
念を押したりして。
「俺も……ですか?」
「当然だろう」
やや面食らうフレイに頷いてみせる。
どこからどう見ても、キーマンはこの少年だ。
決闘うんぬんって話は眉唾として、ようするにカルパチョはフレイに惚れちゃったから付いてきた、ということなのだろう。
で、やきもちを焼いたミアに、フレイはオシオキされた。
魔王軍だの紅の猛将だの、大仰な単語を外して考えたら、見えてくるのはよくある痴話げんかである。
「モテる男はつらいね。フレイくん。まあ頑張りたまえ」
「とびきり美人な魔族の女とエルフ娘に惚れられるとか、羨ましいぜフレイ」
係員とガイツがぽむぽむと肩を叩いてくれる。
まるっきり他人事だ。
ガイツたちはフレイチームではないし、組合は領主にぽいっと事態を投げちゃう。
「……羨ましいなら代わりますよ? 係員さん。アニキ」
ジト目を向ける。
『HAHAHA! 友の幸福を奪うなんて、とんでもない!』
筋肉男と片眼鏡男が、声を揃えて笑う。
ここまで白々しい笑顔を見たのは、十七年の人生で初めての経験だった。
海よりも深いため息を吐くフレイである。