第12話 冒険者ならがめつくいこう!
曲がり角でばったりはちあわせ、ということにはならなかった。
敵がいることを知っているから。
お互いに。
コボルドどもは、その嗅覚によって。
人間たちはフレイの偵察によって。
だから、ごく正統的な正面決戦だ。
「うおおおおおっ!」
雄叫びとともにガルが突進し、縦横に斧を振るう。
粗末な盾で受け止めたコボルドだが、力負けして吹き飛ばされ、石造りの壁に叩きつけられた。
まずは二匹。
一瞬で前衛が崩されたコボルドたちだが、動揺することなく二段目が前に出て、錆びだらけの剣でガルに斬りかかった。
戦斧ががっちりと受け止める。
かん高い金属音が鳴り響く。
二匹からの同時攻撃にも小揺るぎもしない上半身裸の武芸者だったが、じわりじわりと押し込まれ、ついに左膝を突いてしまう。
残虐な笑いを浮かべる犬頭小鬼ども。
しかし、その笑いは極短命の寿命しか保ち得なかった。
ガルの肩に手をついて巨体を飛び越えたフレイが、横回転しながら蹴りを繰り出したから。
斬り結んでいたコボルドどもはたまらない。
防御姿勢も取れないままグリーヴで蹴られ、頸骨をたたき折られる。
ガルが膝を折ったのは力負けしたからではない。
フレイの踏み台となるためである。
そしてコボルド二匹を蹴り殺したフレイもまた、床にかがみ込む。
通る射線。
残ったコボルドどもが見たものは、両手をこちらに向けているエルフ娘だった。
放たれた火蜥蜴の槍が、哀れな小鬼を焼き尽くす。
「野良犬の丸焼き。あんまり美味しくなさそう」
殺戮の愉悦に歪む紅唇。
ミアのキチガイっぷりはいつものことなので、仲間たちはだれも気にしなかった。
ともあれ、完全なワンサイドゲームである。
「ボクの出番、ぜんぜんなかったよ!」
むうっとデイジーなどは頬を膨らませたくらいだ。
まあ、コボルド程度ならこんなものだろう。
苦戦するような相手でもない。
「はなっからデイジーの奇跡に頼らないといけないくらいの敵が出てきたら、諦めて撤退するしかないさ」
笑いながら、フレイがモンスターの死骸を漁る。
消し炭になっちゃってない四匹の。
期待薄だが、人型のモンスターの場合、金銭やアイテムを持っているケースがあるのだ。
おそらく人間を殺したときに、戦利品として奪い取っているのだろう。
「お。財布なんて持ってる。ラッキーだな」
小さな革袋を奪い取り、軽く放る。
ぱしんと音を立ててキャッチしたミアが中身を確認すると、数枚の金貨と銀貨。
ちょっとした臨時収入だ。
「野良犬は食べられないけど、これなら美味しいものは食べれそうね」
にやりと笑ってみせる。
「うんうん。死してボクたちの役に立ったんだから、このモンスターの命も無駄なものじゃなかったね」
祈りとともに空中に聖印を描くデイジー。
罪深き魔物だが、マリューシャー女神の御許へ誘われるようにと。
「幸先が良いな」
笑いながらも、刃こぼれがないか、斧を確認するガルであった。
さすがは武芸者である。
幾度かの戦闘に危なげなく勝利し、フレイチームが進む。
やはり不意打ちされないというのが大きい。
つねに五分の状態から戦闘を開始できるというのは、冒険者側の有利に働いている。
なんといっても魔物の恐ろしさは、神出鬼没さにある。
物陰からぐさり、というのが一番こわいのだ。
もちろん魔法職の存在にも非常に助けられている。
ミアの精霊魔法は、ときにモンスターを一網打尽にし、ときに前衛を的確に支援する。
デイジーの回復の奇跡があるから、ガルもフレイも躊躇いなく踏み込むことができる。
踏み込みが浅いためにかえって反撃を受けてしまう、ということがない。
「ボクたち、すごく強くないっ?」
きゃっきゃっとはしゃぐデイジー。
地下十二層。
チームを組んだばかりのE級とは思えないペースで進んでいる。
もちろん等級というのは冒険者同業組合での実績を示すためのもので、能力そのもの指標ではない。
単に戦闘力だけを考えれば、たとえばガルはA級冒険者のガイツともそこそこ良い勝負ができるだろう。
じゃあ登録してすぐにB級とか、そういう等級になるかって話だ。
そんなわきゃーないのである。
どのくらい確実に、かつ過不足なく依頼をこなせるかってのが等級だから、まだ仕事もろくにこなしてない新人に、実績もくそもない。
冒険者の能力とは、つねに結果で語られる。
もし仮に、ひとりでドラゴンを倒せるくらいの強者だったとしても、頼まれたペット捜しに失敗してしまえば、等級なんぞ上がらない。
魔晶石に刻まれる戦歴に、マイナスがつく。
そんなもんだ。
だからこそ、自分に合った依頼を受けるというのが大切になってくるし、同時に依頼主も、仕事に見合った冒険者を選ぶ必要がある。
荒事を得意とするタイプの冒険者にトラブルの調停などを頼んだら、もう失敗する未来しかみえない。
「油断するでないぞ。デイジー。好事魔多しといってな。順調なときほど陥穽があるものだ」
柔らかくガルがたしなめる。
「ごめんなさいっ」
自分の頭を軽く叩き、舌を出してみせるデイジー。
ホントに反省しているのか微妙だが、可愛いことだけはたしかである。
ガルの頬がゆるんでいる。
「さて、あんまり遊んでる場合じゃなさそうだぞ」
盛り上がっている仲間たちに注意を促すフレイ。
「何かいるの?」
すっと身を寄せたミアが訊ねる。
「わからないけど。すげえプレッシャーだ」
指さす先には扉。
かなり大きい。
フレイは見たことがないが、玉座の間とかに通じる扉、みたいな感じだ。
「……たしかに魔力を感じるわね。正確な数はさすがにわかんないけど、四十くらい?」
「いや。そりゃおかしい。俺が感じる気配は、ばかでかいのがひとつだけだ」
ぼそぼそと会話を交わす。
フレイの気配読みとミアの魔力感知が一致しない。
どういうことか。
「敵は一体。のこりの反応はマジックアイテムってことかしら?」
「だとしたら、大当たりを引いたってことだな」
魔法の品物は非常に高価だ。
いま作られている魔力付与品だって、金貨何百枚ってレベルの話なのである。
古代王国の遺物だったりしたら、しかもそれが未発見のモノだったりしたら、研究価値だって大変なことになるのだ。
まさに一攫千金。
「挑む? フレイ」
「それをきくかね? ミアさんや」
「だよね」
にやりと笑い合う。
これほどのお宝に挑まないとしたら、そもそも冒険者なんぞにならない。
故郷で実家の農業を手伝いながら、狩りでもして生活しただろう。
あるいは、エルフの森で、自然と寄り添って何千年って時を無為に過ごしただろう。
生きるか死ぬか。
のるかそるかの博打人生。
そんなもんに憧れてしまった大馬鹿野郎なのだ。
フレイもミアも。
ちらりと振り返るふたり。
意思を確認するように。
「強敵に挑まず何が修行か」
「ボクがいかなかったら、だれが回復するのさ」
苦笑混じりの声が返ってくる。
後ろの大馬鹿野郎たちからも。
頷き、扉に右手を掛けるフレイ。
仲間たちに見えるように左手の指を三本立てる。
カウントダウンだ。
中指を折る。
それぞれの得物を握りしめるガル、デイジー、ミア。
親指を折る。
武芸者が軽く前傾姿勢をとった。
エルフが邪悪な投げナイフをバックハンドで構えた。
マリューシャー信徒が口の中で詠唱を始めた。
人差し指を折る。
一呼吸。
ばんと扉を開き、一転しながら中へと踊りこむ。そしてそのまま一挙動で跳ね起き駆け出す。
「洞窟竜! 数はイチ!!」
叫びながら。
向かって右方向へ。
走るフレイを追いこしてクピンガが回転しながら飛んでゆく。
さらにそれを追うように武芸者が駈ける。
突然の闖入者。
不機嫌そうに、洞窟にすむドラゴンが長首をもたげた。