第1話 新米、お荷物に出会う
冒険者というのは貧乏である。
やたらと語弊のある言い方になるが、残念ながらそれは事実だ。
ちょっと考えれば判る話で、そもそも金のある人間が、こんなうさんくせー仕事を生業になんぞするわけがない。
役人でも商人でも、あるいは兵隊でも、世の中にはいくらだってまともな仕事があるのだから。
危険と隣り合わせで、しかも他人様から後ろ指をさされるような職業に就いている時点で、その人物がロクデナシだってのは誰にでも判る話なのだ。
「……受けられそうな仕事がない……」
依頼書が貼りだされた掲示板の前で、盛大なため息をついているフレイも、そのロクデナシのひとりである。
交易都市ザブールの冒険者同業組合。
近隣では最大の都市であるこの街には、仕事も金も集まる。
もちろん人も。
今年十七歳となった少年も、そうやって集まってきた有象無象だ。
農家の三男。生まれ育った寒村では食えなくて都会に出てきた。
そのへんにいくらでも転がっている話である。
で、都会にきたって貧乏農家の小倅には、たいした仕事なんかないってのも、いくらでも転がってる話だったりする。
これまた当たり前のことながら、仕事というのは実績のあるところに集まるものだ。
田舎から出てきたばかりの最低ランクに、大事な仕事を任せようって酔狂な人間は、そう滅多に存在しない。
依頼主が求めるのは完璧に依頼を遂行する能力であって、一生懸命さや真面目さではない。
実力社会なのだ。
だからこそ、脛に傷を持っているような連中だって、能力さえあれば仕事にあぶれることはない。
問題となるのは、フレイのように畑仕事や狩猟で鍛えた足腰ってレベルで通用するのかって話である。
その程度の連中は掃いて捨てるほどいるのだから、希少価値なんて認められない。当然、実入りの良い仕事なんて受けられるはずもない
じゃあ彼のような最低ランクは死ぬしかないのかってことになると、そういうものでもなく、実力が足りないのならば数で補うという方法が取られる。
ようするに何人かでチームを組んで仕事をするのだ。
ひとりあたりの取り分は少なくなるが、危険を分散させることができるというメリットもあったりする。
組むチームがあれば、という話だが。
「…………」
情けなさそうに周囲を見渡すフレイ。
彼はソロである。
故郷からザブールまで、一人で旅をしてきた。
友達がいないから、ではなく、冒険者になりたいなんて野心に付き合ってくれるほどの友情を育んでこなかっただけ。
まあこれは仕方がない。
一山当てて大金持ちか、野垂れ死にか。
そんな人生に、フレイとしても友人を付き合わせるわけにはいかないのである。
見るとはなしにホールを眺めていると、なにやら言い争っているグループが目に入った。
否、この表現は正しくないだろう。
彼より頭ひとつ分くらい背の低い子供が、一方的に罵られているだけだから。
役立たず、とか。
見かけ倒し、とか。
けっこうひどい言葉が聞こえてくる。
薄汚れたローブを身につけた子供は反論するでもなく、ただじっとしている。フードを目深にかぶってうつむいているため、表情は見えない。
もしかしたら泣いているのかもしれない、と、フレイは思った。
同時に腹が立った。
言いつのっているのはどう見ても大人の男だ。
それも三人ほど。
子供を囲んで言いたい放題。
それはちょっとないだろうってシーンである。
周囲の冒険者たちは、あっしには関わり合いのないことでござんす、とでもいうように無視を決め込んでいる。
組合の係員たちも、べつに止めようとしない。
そんなもんである。
冒険者なんてもんは基本的に自己責任。
他人の財布を覗かないのが不文律だ。
殴り合いでも始まったら、さすがに係員が出てくるだろうが、べつに仲裁するためではない。
余所でやれ、と、つまみ出すだけである。
だから、このときの彼の行動はけっして褒められるべきものではない。
冒険者としては。
「なあ、こんな小さい子をあんまいじめんなよ」
たしなめるように言って近づいてゆく。
子供をかばうようなことを口にしてはいけない、と、内心で作戦を立てながら。
村でもこんなシーンは幾度も見てきた。
対処法だって判っている。
「あ? なんだてめえ?」
リーダー格だろうか。筋骨隆々とした男が、フレイに視線を投げた。
「いや。見たところ、アンタすごい強そうだからさ。こんな人に凄まれたら、普通はびびっちゃうだろうなって」
ごく自然に男を持ち上げるフレイ。
お世辞を言っているのではなく、心からそう思っているという雰囲気で。
ちょっと男が鼻白んだ。
こういうケースで褒め言葉が投げかけられるとは、さすがに思っていなかったのだろう。
「A級だからな」
ふんと鼻を鳴らす。
冒険者としての等級である。
なんらの社会的な地位を持っていない無頼漢の冒険者にとっては、この等級が唯一の身分だ。
「そりゃすごい。俺はフレイ。今日登録したばっかりのE級だ」
「新人かよ」
「ああ。ついてる。初日にアンタみたいな凄腕と喋れるなんてな」
「おだてんじゃねえよ。気持ちわりぃな」
睨みつけつつも、ごくわずかに男が胸を反らせたのをフレイは見逃さなかった。
もともと単純な生き様をしている冒険者だ。
褒められれば調子に乗る。
まして命のかかっている場面でもないなら、なおさらである。
「おだてたつもりはないんだが。気に障ったなら謝る」
律儀にフレイが頭を下げた。
「いいってことよ。おめえ新人にしちゃ見所あるじゃねぇか」
へりくだった態度が気に入ったのか、男はがははと笑ってフレイの肩に手を回した。
一目で自分の実力を見抜くなんて、良い目を持っている、とか、駄弁を垂れ流して。
なれなれしさの極致である。
もちろんフレイは余計なことを言ったりしなかった。
訊ねたのは別のこと。
「で、あのチビはいったいなにをやらかしたんだ? アニキ」
しっかりとなれなれしさに便乗しながら。
「それがよ。フレイ」
いつの間にか男の仲間たちも加わり、もう何年もチームを組んでるって雰囲気である。
やがて明らかになった事情は、次のようなものであった。
あの子供は、なんとエルフで、しかも稀少な精霊使い。
冒険者として登録したのは最近のため、等級はフレイと同じ最低ランクだが、魔法職となれば話はべつだ。
すぐにスカウトに動いて仲間に加えた。ぜんぜん喋らないのが不気味ではあったが。
そしてまずは慣らし運転とばかりにザブール近くの遺跡に潜った。
「したらよ。指示はきかねえし、魔法も使わねえし、俺らが怪我をしても回復もしてくれねえ。そのくせ、自分に向かってきたモンスターだけはきっちり倒すときたもんだ」
男たちが憤慨している。
連携ゼロでも戦えたのは、まさに男たちが実力者だったからにすぎない。
全滅してモンスターのエサになってもおかしくない状況である。
それでも何度か戦えば連携力もあがるだろうと、辛抱強く男たちはエルフを使い続けた。
が、まったく、ぜんぜん、ちっとも、これっぽっちも協調性を示すこともなく、ただ後ろをとことことついてくるだけ。
ついに堪忍袋の緒が切れた男たちは、探求を断念して街に戻ってきた、という次第である。
「うわぁ……」
おもわず変な声を出すフレイだった。
そりゃどう考えてもエルフの子供が悪い。
協力し合わないならチームを組む理由はないし、組んだ以上はチームプレイに徹するのは大前提である。
自分が生きて帰るためにも。
暴言をやめさせようと割って入ったフレイなのに、非は子供にあった。
「俺、マヌケすぎじゃね?」
ぽつりと呟いたりして。
「ねいないさょじ、てっいりとくまうー」
すると、なにやらエルフが口を開く。
鈴を鳴らすような美しい声だが、なにを言っているかさっぱり判らない。
「…………」
「…………」
顔を見合わせるフレイと男たち。
ものすごく嫌な予感がする。
きっとそれは、チームプレイとか不文律とか、それ以前の話だ。
「……なあアニキ」
「……いやフレイ。それはありえないだろ。人間の街にくるのに……」
「だってそうとしか……」
エルフと向かい合ったフレイが、自分を指さしながら、
「俺の喋っている言葉がわかるか?」
と、訊ねた。
「すでかばはくぼ?」
首をかしげながらエルフが何か言う。
うん。
間違いない。
「……こいつ、人間の言葉を理解してない……」
絶望的な表情でフレイが宣言した。
「うそだべや……」
A級冒険者たちのあごが、かくーんと落ちた。