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海辺のコテージにて

作者: 彼方

 大学生活で楽しかった日々は夏休みなのではないかと思う。休みがたくさんあるからではなく、夏休みの間、祖父が所有していた海辺のコテージで、ずっと過ごせるからだ。ここで暮らせたら、本当にいいのに、という僕の言葉の通りに、そこは実際、僕のものとなった。

 祖父はそこで青春の日々を過ごしたのだと言う。コテージのテラスに出て、海辺の景色を何時間でも眺めながら、恋人と語り明かしたそうだ。そういうロマンチックなことはないにしても、その水色の景色をいつまでも眺められることが、落ち着いた静けさをもたらしてくれた。

 朝起きると、カーテンの隙間から、潮騒が聞こえてきた。僕の耳朶を優しく撫で、現実の世界へと引き戻してくれる。そして、頭の中もすっと冴え渡った。顔を洗ってテラスへと出ると、白い朝の光を受け止め、手すりに身を乗り出して、波が砂浜を洗う様子を眺めながら、その永遠のループに身を任せた。

 そこには静かな幸福しかなかった。そこにはあらゆるものが詰まっている。何一つ僕は手にしていないのに、たくさんのものをそこから分け与えられていた。リビングに戻ってパンにチーズとレタス、トマトを挟んだサンドイッチを作ると、テラスに戻ってきた。

 木製のテーブルで、海を眺めながら、サンドイッチを食べ続けた。トマトは熟しており、レタスはすっきりと歯応えがあった。チーズは癖のある味が最高だった。そうして腹ごしらえをすると、散歩をしていた人々が挨拶してきた。

 だんだん白い光が熱を帯び始めて、夏の暑さが戻ってきた。その頃になると彼女が愛犬を連れて現れ、相変わらず、楽しそうに戯れながら、砂浜をまっすぐやって来た。そして、「おはよう!」と元気良く挨拶してきた。

 彼女に返事をしながら、テラスの横の階段を下りて彼女に近づき、愛犬を挟んで立ち話をする。それは海辺でしか味わえない、日常の会話だった。

「こんな素敵なコテージを持ってて羨ましいな。私は街の方に家があるから、屋根で海が隠れてしまって見えないの。でも、白い雲と太陽がたなびく様子は、ベランダから見ていると、涙が出てくるようでさ」

「海は広いから、心洗われるんだろうね。キャンパスにいる時とは違う景色が、そこにはあるんだよ。だから、僕は、夏休みが好きなんだ」

 すると彼女はにっこりと笑い、「毎年来たらいいですよ」と、また犬と戯れ始める。僕はコテージへと戻って、カーテンの奥の彼女の姿を見つめながら、壁に掛かった写真へとふと目を留めた。

 彼が若々しく、カメラに笑顔を向けていた。そして彼の腕を肩に掛けて若い女性が微笑んでいた。祖母ではなかった。祖父の昔の恋人だ。思い出をこのコテージに残したまま、逝ったのだ。

 彼女の忘れ形見が今、こうして僕の目の前にいるのを見て、本当に感慨深く思った。写真の中の女性と本当に瓜二つで、写真から出てきて、そのまま砂浜を歩いているのではないか、と想像してしまった。

 でも、写真の女性よりも、元気一杯で無邪気だ。その孫であったかはわからないけれど、時の移ろいは海の永遠のループと常に隣り合わせにあるような気がした。

 浦島太郎はきっと砂浜へと戻り、その懐かしさに昇華したのだろう。

 祖父との思い出を噛み締めて彼女の愛らしさを絵に昇華させる。椅子に座ってキャンバスへと向かいながら、海岸で遊ぶ一人の女性と一匹の犬を描いた。そこにはきっと、このコテージに、祖父のものとは違う、新しい思い出が加わった証拠だ。


 了

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