詩の分類
大変長いお休みをいただきました。
詩は最も自由な文学だと前回断言しておきながら、分類だとか言い始めたのは何も心を折られて理念を曲げてしまったわけではありません。すなわち、私が今回行いたい「分類」というのは「整頓作業」ではなく「入口案内」です。何故って、詩は最も自由であるがゆえに多様な側面を持っています。いわば出入り口が数えきれないほどある迷宮です。読むにも書くにも目印があったら便利だろうかと思い、本タイトルに行き着きました。
お察しの通り、中学国語で習う「自由詩・定型詩・散文詩・叙事詩・叙情詩・叙景詩・口語詩・文語詩」は全く関係ないので、その概念は(今だけでも)忘れてください。
あくまで個人的な分類方法を紹介していくだけなので、「へー」と思いながらの流し読みでも充分嬉しいです。賛否両論、受け付けます。
まずは書き手側。詩を書くときに「あれを書きたいな」と「なにか書こうかな」というメンタル面の違いがあります。前者は受信した媒体を表現したくなる状態、後者は表現という行為そのものを欲する状態です。つまり自作品という「結果」を求めるか創造という「過程」を求めるか、ということです。正直創作行為が終わって何年か経つと、どの作品がどちらの感情キッカケで生まれたかなんて作者もハッキリ答えられないかも知れません。私自身、「なにか書こうかな」で生まれた作品がどれだったかなんて、余程完成した時のインパクト強かったものしか覚えてないです。それでも、入口案内としてはあるべき要素だと思いますので、書き記しておきます。
受信した媒体について表現したくなる「あれを書こうかな」状態は、別の表現媒体や感傷的出来事に接触して訪れる時と、「なにか書こうかな」状態で題材を探した結果として訪れる時があります。どちらにせよ、「今日はめちゃめちゃ寒いから、逆に冬の楽しみを題材に書きたい」「昨日の出来事を詩にして残しておこう」「あの猫ちゃん可愛い!題材にしよう!」といった感じです。「なにか書こうかな」状態から探した結果の題材でしたためる場合は、筆が進む時と進まない時とでギャップがあるかも知れませんね。
とにかく、題材をしぼってからは必要な情報を仕入れるも良し、イメージだけで書くも良し、関連する思い出を引っ張るも良しです。あとは自由なので(笑)
対して「なにか書こうかな」状態は「創作活動そのもの」に魅力を感じている人間が得られる感覚です。今まで読み手だったけれど急に書きたくなる、という人もいらっしゃると思います。何も不思議なことはありません。「他者の創作」に魅力を感じて触れ続けているのなら、「個人の感覚を表現して他者の心を動かすこと」に魅力を感じ、自分の感覚を創作物にと筆をとるのも道理です。
ただここで難しいのは、表現意欲が先行した場合に題材がなかなか見つからない、あるいは思い通りのクオリティに仕上がらない、というところでしょうか。書きたいけど筆が乗らない、という嘆きもそこかしこで見ますし、とてもよく分かります。でも書きたい、とてもよく分かります。じゃあどうすればいいのか、なんて偉そうに解決法の提示は出来ないのですが、私の場合どうしていくかだけ紹介しておきます。万能薬ではないので悪しからず。
表現意欲ばかり溢れ納得したものが書けない時、書きたいモノがどんな作品であろうがきっとつらい。やりたいことができないのは、つらいです。なので、その気持ちを深めて、置き換えをしていき、残してみます。私の詩集に『暗黒時代』という厨二病のようなタイトルがあります。詩に関してとんでもないスランプに陥った時に生まれたものです。正直作品として成立しているか自信ありませんが、「書けない、つらい」を「まるで○○になったみたい」とか「この状況はあんな状態に似てる」とか置き換えて表現してみました。表現するだけで、表現欲求はひとまず満たされます。納得できないから焼け石に水かも知れませんが。それでもぐるぐると脳内で「理想の作品」になるまで練り続けるのではなく、「理想になるまでの過程」として残して(アウトプットして)おいた方が、頭も心も少しは解放されるのではないでしょうか。
かなり大幅に逸れてしまったのでハンドルを切りまして。
「なにか書こうかな」状態の時は、飛び込んできた「なにか」についての印象・連想できること・思い出……などを直接的に書くも良し、フィクション仕立てにするも良し、上記のように置き換えて間接的に残すも良しです。
続きまして、書き手側の分類その2です。詩は「文学」という芸術作品だと思っているので、書き手側からすると制作過程として下記3パターンに分かれるかと思います。
パターンA:テーマが決まり、ストーリーや表現を深めていく
パターンB:キーフレーズから文脈に沿って広げていく
パターンC:メロディー設定のもと、音数重視で繋げていく
端的に、詩はその人の五感(心を含めれば六感)で得た「世界の断片」なので、キャッチしたものが既に言語化されているかどうかによってパターンが異なると考えています。
また、先ほどの「書きたいな」「書こうかな」分類よりも、こちらの分類は書き手が後から読んでも思い出しやすいイメージです。つまり、場合によっては読み手もそれが判別できるのではないかと思っています。
パターンAは「詩の世界観や全体像」が先行しています。Bはインパクトを与えるフレーズや繰り返される単語など目立つものを含んでいる傾向が強く、Cは見た目や音読した時のリズムで把握しやすいです。これらを把握したから何かが変わる、というのではないですが、書き手は自分の作風分析に繋がりますし、読み手は好みの詩を見つけやすくなるでしょう。
前回で述べた通り、詩は「共感」を得られにくい文学ではありますが、書き手は自身の感情を記しておくツールとして、読み手は新しい表現に出会うチャンスとして、どんどん詩に触れていってもらいたいと、この奥深いくせに出入り口はいつでもどこにでも存在している複雑怪奇な迷宮に挑んでもらいたいと、ことばの自由さに魅力を感じる一人の創作好きとして、強く感じるのです。