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小高い丘の上で、悪役令嬢の私はダンスを踊る。



「やぁ」



 間の抜けた、彼の声。

 きっと彼のことだ、これでも格好をつけているつもりなのだろう。

 彼の金髪は夜風に揺られ、たなびいている。

 そして、いつもの何を考えているか分からない、表情の読めない顔をしている。

 こんな姿を見せたくなかったのに。


「風が心地いいね。夜空も綺麗だ。丘の上からの眺めもいい。ここで吟遊詩人の演奏でも聞けたら最高だろうに」

「……なんで、私を追ってきたの?」


「君と話がしたくてさ」

「私は話すことなんてないわ…貴方いつ来たのよ?」

「その…君が彼女に平手打ちしている時かな」


 なら、こちらから説明する必要もない。私は自嘲の笑みがこぼれた…本当に最悪のタイミングじゃないか。でも、今更弁解するつもりもなかった。


「じゃあわかったでしょ?私がどういう人間か。放って置いて」

 私は彼に冷たく言い放つ。彼はここに噂の真偽でも確かめに来たのかもしれない。けど、どう見繕ってもどうせ駄目だろう。

 …それ以上に、あの女に復讐するならば彼を巻き込むわけにはいかない。


 彼は黙って私の話を聞いていた。


「早く行ってよ…なんで追ってきたの?文句でもいいに来た?それとも婚約の話を取り消しに来たの?別にいいわよ。まだ正式に婚約していたわけじゃないし、私があの男爵令嬢をぶった所を見てたんでしょ…私に幻滅したでしょうね」

「…」

「私って元々こういう性格なの。最低なのよ。貴方は私を素敵だと言ったけど、どこがそうなの?全然違うじゃない」


「……君は、自分のことをそんな風に考えていたんだね」


「当たり前でしょ?何よ今更。それに私って庶子なの。知ってた?貴方だってこんな婚約者は嫌だって本当は思っているんじゃないの?こんなどこぞの生まれか分からない女なんか」


 私は彼の心のうちを代弁してやった。

 彼もそう思っている。

 あの男爵令嬢をぶったところを見られたし、彼は取り巻きから、私のことをあることないこと吹聴されたのだ。幻滅しているに決まっている。


「………」

「もう行って!!」


 私は彼にありったけの力を込めて叫んだ。早くどこかに行ってほしい。

 これ以上、こんな私のことを見てほしくなんてない。


 彼は口を開いた。

 …まだ、彼に酷いことを言われる覚悟なんて出来ていなかったのに。


「そういえば…」



「そういえば、私は舞踏会に来てから、まだ君とダンスを踊っていない」



「はぁ?!」


 私は素っ頓狂な声を上げた。また彼は訳の分からないことを口にした。

 何故今そんな言葉を?疑問符が頭の中に充満する。

 けれど彼は、私のことなんか気にせず言葉を続けた。


「せっかく君とダンスを踊れると思って舞踏会を楽しみにしていたんだ。一緒に踊りたいよ」


「い、意味がわからないわ!今更そんなの出来るわけないじゃない!!」

「どうして?」


「どうしてって…貴方馬鹿なの!こんな状況で出来るわけないじゃない!貴方、何なのよ。意味が分からないのよ。本当最低…貴方といると調子狂うのよ。貴方みたいな人、大嫌い…何考えているかわからないし、変なことを言うし…」



「私は君が好きだ」



 何故、そんな言葉が言えるの。


「何でなのよ、貴方に怒ってばかりなのに。嫌味ばっかり言ってるのに。どうして?私たち出会ったばかりなのに…」


 彼は私の言葉に少し考えて、ニッと唇をゆるく引き、こちらに微笑んだ。


「私もなんでだろうって、考えてみたんだけど…よくわからないだ。君と出会ってから、いつも君のことばかり考えている。君がどこで何をしているのか気になって仕方がないんだ」

「…なによ、それ」

「何故、君がそんな風に自分のことを下卑するのか私にはわからない。どうしてそんな風に思いつめているのかも私は知らない…」

「……」


「だから結局、私にわかることは私が君を好きってことだけさ」



 私は目の奥が熱くなった。

 その奥の方がじりじりとした熱を持っている。

 まぶたが不覚にも揺れ、もしかしたら、涙が数滴こぼれてしまったかもしれない。


「実はもっと色々段階を踏んでから伝えようと思っていたんだが…泣くほど、その、嫌だったかい?」


「そういうわけじゃない。それに泣いてなんかない」

「君がそう言うのなら、そうなんだろうね」


 私たちは少しの間、ずっと押し黙っていた。彼は私が話し出すまで、黙って待ってくれた。


「そうね…どうしようかしら。私、貴方みたいに、人が弱ってる所につけ込む男って嫌いなのよ」

「そうか…」


「……でも、しょうがないわね。さっきまで沢山の男たちと踊っていたのだけれど、飽きて外に出てきてやったの。暇つぶしに…そう、しょうがないから貴方と踊ってあげてもいいわよ」


「ありがとうお嬢さん」

「その変な呼び方やめなさいよ。カンパネラでいいわ」

「ありがとうカンパネラ」


 私たちは丘の上で、そよ風に吹かれダンスを踊り始めた。


「貴方無作法ね、本当に王子なの?ほら、ちゃんと繋いでいない手を腰にあてて」


 彼は私の腰にたどたどしく手を添え、私の足の動きに、彼の足は数秒遅れであわせてくる。動きはぎこちなく、鎧を着ているせいもあるのかもしれないが、それでも、それでも…彼はダンスが下手だった。下手すぎだった。

 それに動くたびにガチャガチャと彼の鎧は鳴り、ムードもへったくれもない。


「貴方ってダンスが下手ね、動きがかくかくしてる。こんなに下手な人は初めてよ」


「…実はちゃんとダンスを踊ったのはこれが初めてなんだ。舞踏会に行くこと自体初めてだったから。ずっと騎士団の仕事を優先していたからね」

「ええ、そうなの?」


 彼は申し訳なさそう、そう言った。だが納得は出来た。だからこれまで舞踏会で彼に会うことはなかったのか。私は結構舞踏会に顔を出していたのだが、彼をついぞ見たことがなかった。


「…昔、家庭教師に教えてもらったやり方でやりましょう、私が踊りながら、『アン・ドュー・トロワ』って言うから、タイミングを合わせて動いてね」

「分かった。『アン・ドュー・トロワ』だね」



 彼は私のかけ声に合わせ、右から左に動き出す。

 王子として、元々ダンスの練習はしていたのだろう。彼は緊張しているだけだった様でリズムを取ってやると、すぐに私の動きについてきた。私が教える必要なんてなかったほどだ。

 ダンスの間、私たちは同じ呼吸をしていた。


「そう、さっきより上手になったじゃない」


「…私と結婚してはもらえないだろうか?」

 …ダンスの話をしていたのに何よ、急に。


「うーん、どうしようかしらね…そういえば、こうやって同じ相手とずっと踊るのはマナー違反なのよ?他のご令嬢にも失礼だし、一番多く踊った相手が婚約者だと思われるから」

「ここは舞踏会場じゃない。丘の上だよ。同じ相手と踊っても問題ないさ」


 私はワザとそんなことを言ったのだが、確かに彼の言う通りだ。


「ふふ、貴方そんな軽口も叩けるのね」


「…私と結婚したら大変よ?貴方、毎日こき使われちゃうんだから」

「それは大変そうだね」

「それと貴方に気遣いの仕方やマナーの勉強だって沢山させるわ。他にもうんと酷い目にあわせるわよ」

「君が一緒なら、それも楽しそうだ」

「ええ?そうかしら」

「うん、そうだよ」


「…でも、少し、待ってほしいの。私は他にやらなくちゃいけない事があるから」

「そうか…」


 私が彼に言ったのはレンナのことだ。彼女を立ち直らさなければならない。まずは彼女と話をしなければ。それにあの男爵令嬢やギュソーとのこともある。

 これからやることは山積みだ。


 だが、私の言葉とは裏腹に、彼は落ち込んでいる様だった。


 何故だろう?少し待っててほしいだけだったのだが。

 …もしかして、先程私が言った言葉を、婚約の申し込みを遠回しに断るものだとでも思ったのだろうか。

 恥ずかしいが、この際私の心の内を彼に伝えよう。

 ちゃんと答えなければ、彼に失礼だ。


「……さっき貴方に嫌いって言ったけど…鈍感だから気付いてないと思うけど、貴方が思っているよりも私貴方のこと嫌いじゃないから。だから私にふさわしい男になれる様に出来るよう努力なさい、わ、私も婚約くらいならしてあげる」


 彼は少し考えて、あ、と声をあげた。

 彼は何かに気付いた様だった。

 私がそういうと、彼は強張っていた表情をクルリと変えてこちらに微笑みかける。しかも「頑張るよ」なんて言っちゃって。なにか無性に腹が立つが…この際、それでよかったのかもしれない。


 …ありがとうマルテッロ。

 私を好きだと言ってくれて、嬉しかったよ。

 貴方に会えて、本当に良かった。


 ダンスホールが暗くなっても、演奏が終わっても、私たちは踊り続けた。

 観客もいない。必要もない。

 でも、私は満足だった。



 こうして私たちは婚約者になれたのだから。


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