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私の夢


 水を強く打ったような、大きな音がホールに響く。


 先ほどまで五月蝿かったフロアが静寂に包まれる。

「…痛いわ」

 彼女は頬を押さえ、ポツリと呟いた。


「…貴方には私に復讐する権利があると思うわ…でもね、それが関係ない人を傷つけていい理由にはならないでしょ!」


「な、なんのことですか」


 彼女は怯えてこちらを見てくる。こいつ、今更知らないフリなんかして。

 心配する周りの男達を無視して、私は彼女に叫んだ。

「ごまかさないで!!貴女が指示したんでしょう!」


「男爵令嬢の私が命令を出したとでも言うのですか!?そうよ、私を陥れようとしているんだわ!!」

 手で顔を覆い、隙間からにやりと彼女が笑った気がした。

 この期に及んで何を言っているの!?

 問い詰めてやる。

 私がそう思った時、彼女は何も言わずフロアから走り去った。


 その時、察した。私は嵌められたのだ、あの女に。


 先程まで静かだった辺りが、ざわめき出す。

 私は周りを見返す、もっと早く気付くべきだった。

 このフロアの人間の半数近くは私が顔を知っている人物じゃないか。

 ギュソーたちに気を取られ気づかなかったが、彼女の取り巻きは、レンナと彼女の元婚約者を囲んでいた場所だけでなく、そこかしこに存在していた。私がフロアに入った入り口にも、給仕をしているメイドたちの近くにも、彼ら同士の距離は一定の間隔をあけ、まばらに、不自然なほど規則的に。


 そして、ヒソヒソと陰口が始まった。


 ギュソーたちが噂を流し始める。彼らの狙いはこれだったのだ。

 やはり彼女は演技をしていたのだ。

 私があの女の頬を叩くのも計画通りだった。まんまと嵌められてしまった。 

 私を庇う貴族もいたが、そういう人物の隣にこそ、取り巻きたちが立っており、何か囁いている。

 同情的だった彼らの瞳が、今では憎悪に包まれている。


 私の立場が弱いこともあって、私が悪者ということに話は収まりつつある。

 周りの心象は最悪だ。曰く、あれが本性なのだとか、所詮庶子なのだとか、悪女だとか。

 そして最終的に私の味方は一人もいなくなっていた。


 何せ、目の前で今の出来事を見ていたのだ。王姫の時は令嬢しかいなかったが、今日は様々な人間が今の様子を見ていた。それに当り前だ、私に元々味方なんていなかったんだから。

 私がもう少しうまく立ち回れたらよかったのかな。

 あの場に出て行ったことに後悔はないが、自分の愚かさ加減が嫌になる。

 私のせいで、レンナを傷つけたことが本当に嫌になる。


 ふと、入り口の方に視線がいった。

 そこに彼がいた。

 私の呼吸は一瞬止まった。どうして彼がここに?


 マルテッロが見ていたのだ。

 警備の仕事から直接来たのだろう、彼は鎧を身にまとっている。何が起きたのか分からない、不思議そうな顔をしていた。いつ彼が来たのだろうか?あまりの騒ぎに気付かなかった。そこまで、頭が回らなかったということもあるが。

 彼の隣には、私の取り巻きだった男が、彼に何か耳打ちしている。

 胸が締め付けられる様な気持ちになる…彼にだけは知られたくなかったのに。

 そして、彼と目が合った。


 私はたまらず、その場を逃げだしていた――




 私は…

 私はあの家に引き取られ、いつも周りの貴族に引け目を感じていた。


 半分は貴族だが、もう半分は顔も知れない母から生まれた。妾の子として。

 苦手だった勉強や社交マナーも寝る間も惜しんで頑張った。何度も家庭教師に怒られて何とか身に着けた。父に見つけられるまで、修道院で育てられた私はそんなこと教えられずに育ったし、本当は修道院の皆とやった土いじりの方が得意だし、好きだった。

 ふとした拍子に思い出す。あの頃は楽しかった。

 夏の日差しの中、いつも食べ物を分けてくれる老婦人の農家の手伝いをしたのだ。

 鉛のスコップを片手にラディッシュを植えた。皆とどっちが早く植えられるか競争したりもした。日が落ちる頃には全身泥だらけで、あの頃はミミズなんかも手で鷲づかみに出来たっけ。

 私に親切にしてくれたあの人達は今でも元気だろうか。

 あそこには何年も顔を見せていない。


 父は修道院に面会に行くことに賛成してくれたが、後妻のあの人がなんて言うか…怖くて行けなかった。

 後妻のあの人とはもう、ほとんど口を利いていない。


 いつも身近にいる家族よりも、何かあると修道院の皆のことを思い出してしまう。

 私が家に戻れば、実家は私が育った修道院に定期的に寄付を行うと告げた。

 私は二つ返事でうなずいた。

 それにその話を聞かされたとき、期待していた。

 童話に出てくるシンデレラの様になれると。

 でも現実はそう都合の良いものではなかった。

 今の家に行ってから私はいつも肩身の狭い思いだった。だから頑張ったのだ。そうすれば父の期待に応えられると、新しい母から認めてもらえると思っていた、けど駄目だった、私なんかでは。


 それから幼い私は考えたのだ。

 半分汚れた血が流れている私が、政治の場や社交界に参加できるほど立派になれば皆に認められると、好きになってもらえると思っていた。手始めに貴族や成り上がりの商人に近づき、口添えをしてもらうことにした。男たちが欲している言葉を告げ、彼らが好きな女性に変身して、その過程で色んな人に嫌われてきたと思う。手段と目的が逆になってしまったような気もするけれど、さして問題ではない…結局これから無駄になってしまうだろうから。


 私は認めてほしかった人にこそ僻み、妬まれ、汚らわしい物を見るような眼を向けられた。

 そのうち、私も内心あざ笑うようになった。

 そんなに羨ましいなら、アンタ達も成り上がればいい。私みたいに美貌や教養、世渡りの才能があればだけどね、と、そう思い彼らを遠ざけた。私の考えが態度に出ていたのか、そんなことを繰り返していたら…


 私の周りには、もう誰も居なかった。彼女以外。


 でも、いいんだ。


 そんな私にも夢が出来た。そのためにこれまで頑張ってこれた。

 動機は不純なものだった、誰かに認めてほしいというのが私の始まりだった。

 けれど、今は違う。


 私の夢は、私の様な子供が幸せになれるよう、修道院のような慈善施設をこの国にたくさん作ることだ。

 親の居ない子供達に笑顔になってほしかった。

 私が大事にしている夢だった。


 そのために、第七王子であるマルテッロの領地が、資金が必要だった。

 でも、もう無理だろうな。きっと、あの騒ぎで貴族だけでなく、商人たちからも見限られただろう。

 マルテッロだって…そうだろう、彼は私が綺麗だったから、あんなにやさしくしてくれたんだ。

 私の醜い部分を知れば、きっと一緒に居たいとは思わないだろう。

 今度ばかりは本当に駄目なんだ。



 「…ここは、丘の上?」


 私はダンスホールから飛び出して、庭園を抜け、今はその彼方。

 見晴らしのいい丘の上に立っている。


 辺りは薄暗く、何もない。静寂がこの場を包み、緑色の地面が一面に広がっている。

 遮蔽物がないせいか、春なのに肌寒い風が吹いていた。

 ダンスホールにいて時間を確認していなかったが、やはりもう夜なっていたのだ。


 緩やかな傾斜の向こうにはダンスホールがポツンと見えた。

 明かりがほのかに輝き、演奏がかすかに聞こえてくる。


 かなり走ったつもりだったが、そこまで距離が離れていないのかもしれない。それでもあの場所からは離れることは出来た。


 私は地面にそのまま座る。荒れた呼吸を整え、一つ深呼吸をする。

 夜風もあったせいか、頭が少し冷静になれたかもしれない。


 私どうなるんだろう…

 いや、落ち込んでもしょうがない。

 こんな風に悩んでも、王子様が助けに来てくれるわけじゃない。

 いつだってそうだった。それにもしそんな人が居たのなら、私がこんなになる前に現れてくれるだろう。


 …これからの事を考えよう。

 ここまで走ってきてしまったが、どうしようか。レンナを家まで連れて行ったのだ馬車が戻るまで時間がかかるだろう。それにおめおめ、あの舞踏会の場に戻るのはしゃくだった。


 私が気がかりだったのは、色々あるが…やはりレンナのことだ。


 私のせいで彼女を傷つけてしまった。

 あの男爵令嬢はまさかここまでするとは思いもしなかった。

 私の周囲の人間まで傷つけるようなことはしないと高を括っていたが…私だって今回ばかりは彼女を許せそうにない。

 彼女には落とし前をつけさせる。勿論私も。


 私が責任を取らなければならないことだ。


 それに、もうすぐ失うものもなくなる。

 貴族たちにも、商人たちにも、家族にも…マルテッロにも、全てに見放されるだろう。


 いつも、こうなのだ。

 色々な人に嫌われないように随分頑張ってきたけど、つい地が出てしまって駄目にしていた。

 そして私は結局失うのだ。


 私の夢もきっともう駄目なのだろう。それを心の支えに今まで頑張ってきたが。


 …全てをこれから失うのなら、あいつらが望んでいた悪党になってもいいのかもしれない。

 どうせ私は、元々善良な人間ではない。

 周りの人間にずっと悪い人間だと言われてきた。

 だから、本当にそうなっても、いいのかもしれない。

 それに皆が望んでいることだ。

 あの女を徹底的に傷つけてやっても、復讐してやっても…いいのかもしれない。




 その時、ふと。

 …目の前に彼がいた。


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