男爵令嬢現る
あくる日も私は昨日と同じダンスホールを訪れていた。
マルテッロがまた遅れるらしく、今は私一人だ。
何とか今日だけは来れるらしいが、演奏が終わる前までに舞踏会場に来られるかは不安を感じている。
連日開催される舞踏会は和気藹々とした雰囲気だった。
皆、昨日より少し馴れたのか、周りの令息、令嬢は先日踊った相手と挨拶を交じわせ、和やかな雰囲気で談笑している。中にはお互い意中の相手を昨日のうちに見つけられたペアもいるようで、照れあっている姿も見受けられた。
本当に忌々しい。
一方、私の周囲には人がいない。
寄り付こうともしない。
昨日踊った相手が照れ顔で挨拶に着たが、すぐさま回れ右して元の場所に帰っていった。
私の機嫌がとんでもなく悪いからだ。
私はむしゃくしゃして、スカートの中の足でヒールを小さくカツカツ鳴らす。
それにもしかしたら、周りには目つきの悪さが一層悪く見えたかもしれない。
私の腹が立っているマルテッロが遅刻してくるからではない、例の男爵令嬢がこの舞踏会に今日、参加しているからだ。
今は、マルテッロよりもあの男爵令嬢の方だ。
パトロンの商人には、あの男爵令嬢を参加させないよう伝えたはずだった、なのに舞踏会に来ている。
理由を問いたださなければいけない。
私は今、この場に立っているフリをして、出来る限り商人を探している。
するとフロアの隅の入り口から、ひょっこりとその商人が出てきた。
慌ててはいけない。こういう時は怒鳴り散らしてはいけないのだ。周りの見る目だってある。私は一つ深呼吸をして、自分を落ち着かせる。そして早歩きで、その商人に元に向かった。
「ごめんあそばせ、今よろしいかしら?お尋ねしたいことがありますの」
「おお、カンパネラ様、いかがなされましたか」
彼はこちらに気付き、大仰しく驚いて見せた。
私は出来るだけ、自分の機嫌を彼に悟られないよう平坦に尋ねる。
「実は、こんな事尋ねるのは失礼と存じますが…何故、あの男爵令嬢がこの舞踏会にいるかお尋ねしてもよろしいですか?」
「…ああ、彼女ですか。実は彼女に頼まれたというのもあるのですが、カルロンゾ公爵の嫡男がどうしてもと参加させてほしいと…」
商人は小さくため息をつき、すまなそうに答えた。
「そうでしたか…」
カルロンゾ公爵の嫡男…ギュソーの奴か。
その名前を聞いた時、私のギリギリと胃の中が痛くなってきた。
男爵令嬢がこの場に来ているということは、彼もここに来ていることは不思議ではない。
ギュソー・カルロンゾは以前、私の取り巻き…友人だった。
けど、今は例の男爵令嬢の連れだ。
彼は公爵の息子ということもあり、仲良くしておいて損はないだろうと思って一緒にいた。上位貴族には珍しく、彼はよく下級貴族たちと一緒にいた。
彼は、赤毛でさわやかなキザなところを除けば、紳士的で何かあると私のことを褒めてきたり、私のような立場の人間にも優しくしてくれる。前は私も彼のことを少しは悪くないかな、と思ったこともあったが…例の事件がおこり、私の立場が悪くなるとすぐさま男爵令嬢の味方になった。
まぁ、彼女に味方した人間はほかにも多数いるので、彼一人を責めるつもりはないが、私を裏切った人間の筆頭人物ではある。
ギュソーの父上、カルロンゾ公爵は最近体調を崩してはいるが、変わらず素晴らしい人物だと聞いている。上位貴族だが、下位の者にも礼節を守り、周りに顔が利いていた。
貴族だけでなく、商人たちにも尊敬されている人物だ。彼の頼みであるのならば、どう頑張っても私の意志は尊重されないだろう。
商人たちもビジネスで動いている。同じ公爵位でも、庶子と立派な家系であるならば、どちらを優先するか明白だろう。しかし、そこまでして彼らがこの舞踏会に参加する目的はなんだろうか?拝謁式の復讐でも考えてなければいいのだが。
「あら、ごきげんよう、カンパネラさん」
後ろの方から、あの女の声と、ぞろぞろと足音が聞こえてくる。
この声は…彼女だ。返事なんてしたくないが、しょうがない。
私は振り向き、作り笑顔をして挨拶をかえす。
「ごきげんよう皆さん、それと お嬢さん」
私の隣にいた商人はさっと彼女の方に足早に駆け寄る。
「おお、オルテンシア穣、ギュソー殿。お会いできて光栄の極みです」
「ええ、こんばんわ。今日は私達をこの舞踏会に参加させて頂きありがとうございます」
彼女の後ろには何人かの男たちが従えている。
それも地位の高い者から、最近成り上がった新興貴族の息子まで取り揃え…そしてギュソーも隣にいる。彼は男爵令嬢と腕を組んで並んでいる。彼と目が合うが、冷ややかな侮蔑の目をされてしまった。
「私の名前はオルテンシアよ。そんな風に呼ぶなんて、本当にお高く止まっていますのね」
そういえば、彼女そんな名前だったな。
そして、男爵令嬢は勝ち誇り、(私から見て)悪そうな笑みをたたえている。首元には男達に貰ったであろう高級な首飾りをしている。そして私に対する怒りを隠しきれていないのか、そこそこかわいい顔立ちをしているのに、眉間に皴が寄り、目に怒りの炎を纏わせて台無しにしていた。
よくこんな女が男達に人気なのか不可思議だ。
淑女らしからぬ快活な喋り方、さばさばした性格、健康そうな肌。
そして新興貴族の男爵令嬢として成り上がった彼女のはっきりとした言い様。それらが物珍しく色々な貴族の男性陣に受けた。そしてたまにのぞかせる切なそうな表情に、男たちはクラリとくるらしい。
私はそれは演技ではないかと疑っている、私も似たようなことをしたことがあるので、ちょっとわかるのだ。それに実際の彼女はネチネチした性格をしている。
「あら、ごめんあそばせ。お高くとまっているのは貴族ですから当然ですわ。貴方と違ってね。それに私って興味ない人の名前って憶えられないの」
「カンパネラさんらしいですわね。男をとっかえひっかえしていると、人の顔も憶えられないのかしら」
男をとっかえひっかえしているのは自分のほうだろう。私のほうはビジネスだ…大声で彼女を否定出来ないのは確かだが。
「あら、貴女に言われたくないわ」
私は彼女のまわりの人間に視線をやった。
私と顔なじみだった貴族達も彼女に連なっている。罰が悪そうなのと、悪びれもしないのが半々位だ。
「負け惜しみですか?元は貴女とご友人だった方もいますけど」
「ごめんなさい、こんな人たちのことも全然憶えていないわ。そういえば、私の悪い噂を風潮している人がいると知人から聞いたのですが、貴方ご存知ですか?」
「いいえ、全く。ですが、他人に悪事を行えばそれなりに仕返しされるということわざはご存知?」
「風をまき散らす者は嵐をつかむということわざもあるわね…ねぇ、こないだの事は何度も謝ったじゃない。それに貴女にお詫びのしるしに贈り物もしたのに」
「いいえ、あれで貴女が反省しているとは思わないわ。どうせまた何かたくらんでいるに違いない。貴方の悪い噂はよく聞くから。私は絶対に貴女なんかに負けない。ギュソー様だって…」
それは被害妄想ではないだろうか。あれから彼女には関わらないようにしているのに。
「そこまでだ、オルテンシア。こんな女と交わらせる言葉など必要はない」
ギュソーが割って入った。
彼は私を庇ってくれたのかと思ったが、どうも違うようだった。
「彼女から色々と聞いているよ。色々とね…一緒にいる時は気付かなかったが、君は本当に酷い女だよ。行こうオルテンシア」
こちらを一瞥し、ギュソーは男爵令嬢の手を取り、隣のフロアに向かっていった。
どうせ彼女から聞いた話なんてろくなものではないに違いない。どうしてそんな女の話なんて信じてしまうのか。
「ええ。それと今日は面白い出来事があるから楽しみにしててカンパネラさん」
そういって不敵な笑みを彼女は浮かべていた。ボソッと呟いた。
いつもの彼女と違い、何か余裕を感じる。何だろう、この違和感は。
その違和感が私の心を侵食し、私の両手、両足が重くなった錯覚すら覚える。
「庶子のくせに、今に見てなさい」