令嬢たちは皆踊る 後編
「カンパネラ様!」
私が舞踏会が本格的に始まる前に貴族や商人たちに挨拶周りをしていると、後ろの方から聞き覚えるのある声が聞こえてきた。彼女だ。
声の方を振り向く、やはりレンナじゃないか。
彼女は大勢の令息や令嬢たちをかきわけ、こちらに駆け寄ってくる。
「カンパネラ様も来ていらしたのですね!」
「ええ、レンナ。ごきげんよう。貴女ねぇ、人前で走る様なはしたない真似は慎みなさいって言ったでしょ?」
「ごめんなさい、でもカンパネラ様とお会いできて嬉しくて、つい」
「そう…あら、そのドレス似合っているじゃない」
彼女は、葡萄色の大きな瞳を携え、肩まで伸びる高級リネンに使われる様な亜麻色の髪の毛をしている。髪に綺麗なウェーブがかかり、髪色に似合う白と薄紅色のパーティドレスを着ている。愛らしい顔の彼女に、似合う服装だろう。
「似合っているって…このドレスはカンパネラ様が選んだものじゃありませんか?」
そうなのだ、彼女の着ているドレスは私が選んだものだ。
私のセンスは本当に素晴らしい。
彼女は遠方の領地を古くから守る由緒正しい子爵令嬢の娘だ。
田舎貴族の彼女は夫になる人を探して、現在、王都の親戚の家に下宿している。
以前、舞踏会で彼女を見かけ、私が声をかけた。
あの日の彼女は、田舎から出てきたばかりで、右も左も分からず舞踏会で壁の花になっていた。その時の衣装は特に酷いもので、流行の過ぎた古臭いおばあちゃんが着るようなドレスだった。髪型も美しい髪の毛を台無しにするみつ編みでまとめられ、シャンデリアの明かりに照らされたおでこはキラリと光っていた。
その有様に、傍から見ていた令嬢達に陰口を言われる程で、見かねた私は貴族とのダンスを中断し声をかけたのだ。
その日の舞踏会を終えた後、彼女に私がいつも使っている洋服店と理髪店を紹介した。
一緒に買い物について行き、服も私が選んだ。素材自体は元から良かったようで、衣装と髪型を整えてやると、別人の様に見違えた。彼女は一躍パーティでもチヤホヤされるようになった。以降、彼女に懐かれ、会うたびにこの様な反応をされる。彼女との経歴はそんな感じだ。
そして彼女は男爵令嬢との事件が起きた後でも普通に接してくれる数少ない人物だ。彼女自身に言うことはないが、その事を心の中でとても感謝している。
「そういえば、聞きましたよ。今度第7王子のマルテッロ様と婚約するかもしれないのですよね」
「まだ顔合わせだけよ」
最近の彼女は友人の令嬢もでき、噂話にも目ざとい。
そういうのも含め、どこからどう見ても立派な淑女だろう。
「もし、結婚式をお開きになられるのでしたら是非私もお呼びください、父に頼んで一家総出で盛大に祝いますので!」
けど、根はあまり田舎から出た時と変わらないようで、目を輝かせ、真面目な顔でこんな事を言うのである。彼女に頼まれなくても、結婚の席になったら呼んでやるつもりだった。
「ありがとう、そうね。もし婚約出来たら、貴女のこと招待させてもらうわ。勿論家同士のことがあるから、ちゃんと調整しないと駄目だけど」
私達が会話をしていたら、隅っこのグランドピアノに集まっていた楽士たちがようやく演奏を始めた。彼らの手には各々楽器を構え、美しい音色を奏でる。周りの男女が自然とペアを組み、音楽に合わせてダンスを踊りだす。すでにクルクルと回っている組みもあった。
「私、もう戻りますね。これからダンスを踊る相手を待たせてて」
どうやら、今日の彼女はダンスの相手がいるらしい。
「そうなの?良かったわね。ちなみに相手はどんな方か尋ねてもいい?」
「…そ、その。ごめんなさい、カンパネラ様にもまだ秘密です。私もちゃんと話が決まってからお伝えしたくて、実は以前からお会いしてる方なんです。私がよければ婚約したいと言ってくれて…」
「ふーん、そうなの」
「はい、でもとても素敵な方です!わ、私その人のこと本気で好きなんです」
両手に力をこめて、彼女は力説してくる。
彼女の表情は真剣そのもので、彼女の頬がリンゴみたいに真っ赤に染まっていた。
今、彼女はその相手のことを考えているのかもしれない。
良かった。心から、本当にそう思う。
もしかしたら、彼女のことを理解してくれる相手が現れたのかもしれない。レンナは田舎出身で、ちょっと鈍臭いが、本当にいい子なのだ。変な相手でなければ、きっと彼女なら幸せになれるに違いない。
「…なら聞かないわ。私こそ引きとめてごめんなさい。それと気をつけなさいよ。その相手とのダンスの時、転ばないようにね。貴女そそっかしいんだから」
「それはカンパネラ様の方こそ…いえ、なんでもありません」
「よろしい、それ以上言えばどつく所だったわ」
私の機微を察したのか、彼女はすぐに言葉を取りやめた。
たく。
…そういえば、彼女はちょっとマルテッロに似ている。少し変な所とか、どこか抜けている所とか。
こんな私に付き合う所とか。
「それではまた明日、カンパネラ様!」
「ええ」
彼女は別れの挨拶を済ませると、少し離れたところで何を思ったか、クルリと向き直す。
そして、笑顔で大きく右手をこちらに振ってきた。
先程、はしたない行為は慎みなさいと言ったばかりなのに、彼女ときたら…
私は周りが気付かない程度に、小さく手を振り返す。
彼女の笑顔にきちんと微笑み返せたらいいのだけれど…演技で笑顔になるのは得意だが、ああいう表情にちゃんと答えるのは、私は少しばかり苦手なのだ。
私はその後、適当な男を見つけ、舞踏会が終わるまでダンスを踊り続けた。
そして今日は、何事もなく舞踏会を終えることになる。